白銀の城の俺と僕

片海 鏡

文字の大きさ
49 / 71
四章

49話

しおりを挟む
「俺……シャングアに、謝らないといけない事があるんだ」

 10分程したのち、涙が治まり始めたエンティーは話を始める。

「どうしたの?」

 謝られるような行為をされた覚えが無く、シャングアは不思議に思う。エンティーは収集室の標本箱を落としし、みだりに剥製に触り壊すような人ではない。
 まさかこちらの対応が悪く、エンティーが謝らないといけないと思わせる行為があったのか、とシャングアは過去を思い返す。

「今日はフェルエンデさんのところに行って、発情期が来ていないのはどうしてなのか診てもらおうと思ったんだ」
「うん」
「俺は、ちょっと前まで発情期になっていたみたい。抑制剤は飲んでいたけれど、俺から少量出ていたのは予兆じゃなくて発情期の媚香で、シャングアはそのせいで大変な思いをしていたんだ」
「そうだったんだね。僕も初めてだったから、分からなかったよ」
「あの時は、ごめん……」
「エンティーを驚かせてしまったのはこちらだから、お互い様だよ」

 Ωの媚香が二種類あるとシャングアも本で読んで知っていたが、実体に嗅いだ経験が無かったので少し驚いた。性質に違いはあるが、媚香の香りは同じなのだろう。我を忘れるようにエンティーの腕に甘噛みをしてしまった時は、お互いにベッドへ寝そべっていた状態だった。普段よりも鼻に近い位置に彼の首筋があったからだ、とシャングアは納得しつつ、活性化状態にあった自分が巻き起こした騒動である事に変わりないと思う。

「発情期をちゃんと知ったのは今回が初めてで……今までの症状が、中毒によるものだったんだ」

 長期に渡る禁止薬物混入の抑制剤が使用された結果、平民の間ではΩの発情期がそういうものだと認識され、ほとんどの者がエンティーの症状を心配しなかった。リュクの様に抑制剤がおかしいと気づく者も居たが、その発言は管理者達に揉み消されていた。

「今までも発情期には入っていたけれど、それよりも抑制剤の中毒の症状が強く出ていて、そっちが発情だと思っていたんだ」
「大変だったね。体は大丈夫?」

 依存症は精神だけでなく、目つきや顔つきの変化、身体の健康被害も大きく見られる。
 頻繁に禁止薬物を常用した場合の健康被害について、シャングアはいくつか調べていた。
 血管の縮小により血管組織に大きな損傷を受けた結果、皮膚組織が弱まり炎症や傷ができやすくなり、栄養が体内に行き渡らず2年から3年程度で一気に老化。体内を虫が這いまわる様な幻覚の結果、身体を掻き毟り、顔には至る所に炎症やかさぶたが出来る。
 薬物によっては、服用時は睡眠や食事の必要が無くなり、寝不足になり急激に痩せる。人によっては暴飲暴食になり、興奮状態から歯を磨く生活習慣が無くなり虫歯になる。また、唾液の分泌低下により酸の中和作用の低下から虫歯だけでなく、歯の欠損を招くうっ蝕が促進され、ボロボロになってしまう。

「うん。今のところは、大丈夫。前にやった精密検査でも、身体は問題無いってテンテネが言っていたよ」

 エンティーは小さく頷いた。栄養状態が改善され肌艶が良くなり、体つきは細いが痩せている状態から脱している。表情は昔に比べて明るさがあり、声は張りが出てきた。

「悪影響が無くて良かった」

 今回の禁止薬物が、どこまでエンティーの体を苦しめているか不明だが、シャングアは安定している様子の彼をみて安心をする。
 歴代の平民の居住区管理者とその関係者の身柄を拘束し、事情聴取によって、徐々に明るみになり始めた事実は、非情なものばかりだ。抑制剤は月に一度の配給だが、薬物依存症になったΩはそれを求めて管理者達と関係を持っていた。あるΩには無理やり服用させ、放心状態になった所を襲った。過酷な生活をさせる事で、Ω達の薬物の症状を隠していた。外道の話ばかりだが、彼らは抑制剤の製造元やその管理者等の更に深い根の部分を口にしようとしない。

「……依存症については、フェル兄さんから聞いた?」
「うん。依存症については無いように見えるけれど、ふとした時に出てしまうかもしれないから、様子を見ようって話になった」
「そうだね。長い付き合いになるけれど僕も君を支えるから、一緒に頑張ろう」

 白衣の医療団より、Ωの依存症患者と禁止薬物の報告書がシャングアの元に来ているが、約2か月では全貌が見えてはいない。禁止された初代聖皇の時代から医療技術が発展した今、絶滅した又は近縁種の竜の血液を使用した薬物を改めて分析し、研究しなければならない。その薬物の中毒、依存に関して簡素に書かれた資料しか残っておらず、未知と言っても差支えが無い程だ。白衣の医療団はこまめに記録を取り、試行錯誤をしつつ、Ω達に治療を施している。
 他の違法薬物同様に、依存症の治療は長期戦を強いられる。

「迷惑じゃないの?」

 エンティーは申し訳なさそうに、シャングアに問いかける。

「え? どうして?」

 どこが迷惑なのか分からず、シャングアは思わず聞き返してしまう。

「だって、依存症を持ったΩだよ。何をするか分からないし、ふとした瞬間に薬を欲しがっておかしな行動をし始めるかもしれないんだ。そんな奴と一緒にいるのは嫌でしょう?」

「大変な事だとは思うけれど、僕は嫌じゃない」

 不安そうに言うエンティーを安心させるようにシャングアは彼の手に自らの手を添える。

「エンティーが自分の病と闘おうとしているのに、見て見ぬふりは出来ないよ」

 禁止薬物が判明し、数少ない資料と病棟にいるΩ達の症状から、エンティーにも依存症が残っているとシャングアは思っていた。知らないながらもずっと闘ってきた彼を見捨てるつもりは毛頭ない。

「本当に、良いの?」

 エンティーは不安が拭いきれず、再度確認をする。

「もちろん。エンティーさえ良ければ、これからも君を支えさせて欲しいな」

 安心させるようにシャングアが微笑むと、エンティーの表情が和らぐ。

「良かった……俺、君が好きだから、嫌われたらどうしようかと……」

 安堵したエンティーは口を滑らせてしまい、すぐに気づいて顔を赤くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。

音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。 親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて…… 可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...