白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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六章

69話

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 シャングアは1人廊下を歩き、そしてある部屋の前へと辿り着いた。

「入るよ」

 確認もせずに扉を開け、センテルシュアーデの私室に入った。

「おや。エンティーさんはどうしたんだい?」

 穏やかな笑みを湛えるセンテルシュアーデ。お茶の相手をしているのはフェルエンデだ。扉の近くではトゥルーザが控えている。シャングアは都合が良い状況であり、センテルシュアーデが用意したのが目に見えている。

「彼は、エンディリアム様達と話をしているよ」

 話を聞き終えた後、エンティーはシャングアに気を利かせ、センテルシュアーデ達に会うように促した。彼はその厚意に甘え、ここまでやって来た。聖皇の手によって、今回の事件が片付くとしても、兄弟の間ではまだ終わっていない事が山積みだ。

「本当にごめんな」

 フェルエンデは素直に謝り、シャングアは小さく首を振った。

「ちゃんと最初から話を聞かせて」

 シャングアは2人へと歩み寄る。

「最初か……えーと、エンディリアム様と最初に接触したのは5歳の俺。母さんが白衣の医療団経由で外に連れ出してくれていたんだ。目が見えないから神殿では透明人間扱いで、監視の目が緩かった」

 フェルエンデの母は、全盲でありながらも物覚えの良い彼の為に、神殿とは違う環境に触れさせ、伸び伸びと育てた。王位継承の順位は障がいによって誰よりも低く、出来る事や行動範囲が限られると軽視された結果、神殿に白呪を入れる隙を生み出した。

「周囲の存在を探知できる奇蹟は、エンディリアム様から教わった。それを使い始めて以降、皆の体に変な力が纏わりついているのが分かって、御婆様に相談したんだ。そして、御婆様とエンディリアム様は密かに接触し、情報を交換するようになった」

「それに次いで、先代聖皇メルエディナ様に育てられていた私が情報を頂いた。だが私もフェルエンデも、子供だったので深くは教えてもらえなかった」
 センテルシュアーデは〈祖母〉と言わずに、話をする。

「……御婆様殺害を阻むことは出来なかったの?」
「私は安全の為にあの場から隔離され、先代の手記によって知った身だ。先代の予知によれば、死亡したのは2人。あの場で、先代が身を挺していなければ、嫡子である君も殺されていた」

 母アリアナが聖皇殺害だけでなく、我が子も殺そうとしていた。その可能性を一切考えていなかったシャングアには衝撃的だったが、これまでの話を整理すれば納得が出来た。
 革新派である現聖皇の嫡子。イルディナータにとっては、どの第二の性であろうと邪魔になる。Ωであれば洗脳は効かず、αやβであれば勘付かれ対策をされかねない。

「あの男は〈気の狂った母親が心中を図った〉とでも言うつもりだったんだろう」

 護衛の筈の兵士達は全員洗脳され、メルエディナとシャングアを守らない。この状況で彼女は、自分の命を犠牲に未来ある孫を守る事を選択した。心中が未遂に終わり、イルディナータは計画を変更し、シャングアを洗脳しようとしたが失敗に終わる。

「シャングアをこれ以上危険な目に遭わせず、奴の計画を更に変更させる必要があった。私は即位された聖皇陛下の了承の元、自らを皇太子と名乗り上げた。未熟児で生まれ、長年治療を受けていた為、表に出てはいなかったと偽装してね。アリアナ殿の精神が病んだ原因も私がきっかけであるとした。当時はこの話題で持ち切りとなったが、私には洗脳の奇蹟は効かない。Ωの性により耐性のあるトゥルーザを傍に置き、協力関係を結べる貴族の誓約者を選りすぐり、私自身の奇蹟を使いながら勢力を拡大させた。あの男と同じ手法を使うのは不本意であるが、それしか無かった」

 敵が誰なのか分からず、常に監視されているも同然の状況。籠の中の鳥である聖徒が、洗脳の脅威から免れる方法は限りある。センテルシュアーデは自ら的になる事で、シャングアに集まる筈だった視線を集めた。洗脳が未完成で終わったシャングアの行動は、問題児と認識されるようになり、それに拍車をかけた。

「イルディナータの母方である第二位の貴族とその囲いは、初代聖皇の亡くなった後から長年暗躍していた。地下で押収された書物の中には、Ω達に投与された薬品についての記載があった。奴の暴走によって、証拠が出揃った。あの男を人柱に逃げることは、もう出来ない。彼らも罰を受けてもらう」

 エンディリアムを神殿が入れずにいた理由。そして、奇蹟や神力の研究とそれに伴う医療の発展の妨害していた根源だ。神殿の存在を脅かし、揺るがす内容であると知りながらも、続けられてきた。

「……エンティーのお父様や、彼については?」

「エンディリアム様の話によれば、15年前の島全域で伝染病が流行した際、幼児であったエンティーさんも感染した。先代が、混血である彼の治療をする為に父君と共に神殿へ呼び寄せた。両者は、彼らが神殿と白呪を繋げるきっかけになると思ったそうだ。だが、途中からイルディナータの介入があり、彼の父は地下に投獄されてしまった。病気の治療中であった事が幸いしてエンティーさんは、白衣と一部の青衣によって、聖徒に迎えられるはずだった病死の子供とすり替え、難を逃れた。私がそれを知れたのは、20歳になってからだ」

 シャングアは感染しなかったが、海外から来た伝染病の被害状況については教わっていた。今は治療薬と予防接種によって、治る病気となったが、当初は患者が病院から溢れかえる程であった。特に子供達の被害が大きく、死者の大半は彼らであった。医療現場の混乱に乗じてエンティーは、人体実験を受ける最悪な未来を回避した。

「あの男も、エンティーさんの情報を得ていた。シャングアを守る為に的になる事を選んだが、それが裏目に出てしまい、私はエンティーさんに近付けなかった」

 協力者としてリルを宛がいエンティーとの接触を試みようとしたが、周囲の視線から難航した。リュクの静かな抵抗、そして不完全の洗脳状態であったシャングアがエンティーを誓約者に迎え入れた。
 番狂わせとなり、劇的に事が大きく運んだ。

「どうしてセンテル兄さんは、そこまでして僕を守ったの?」

 シャングアは、現聖皇の番の子供。嫡男である。センテルシュアーデが的となり皇太子として立場を固めてきたが、この事実が明るみになれば地位は一気に逆転するどころか、大罪人の子供の烙印を押される。祖叔父とは血の繋がりのみであり、多大なる功績によって新たな地位を与えられるとしても、罪の歴史を背負わされてしまう。

「私は君の兄になると決めたからだ」
「え……?」
「まだ君は赤ん坊だったからね。知る由もない。どこにも居場所がない私は、君が羨ましくて仕方がなかった。首を絞めてやりたいとさえ思った」

 他愛ない会話をするように語られ、シャングアは目を丸くする。

「ある日、私へ君を差し出した陛下は言ったんだ。おまえは今日からこの子の兄だ、とね。首の座らない君を抱かせてもらった時は驚いたなぁ。数字では軽いと思っていたのに、とても重く感じたんだ」

 紡がれる言葉に愛情が滲み出ている。センテルシュアーデは全て覚悟の上で行動をしていた。

「僕は、2人がエンティーを危険に晒し続けた事や遠巻きに見て助けてくれたかった事を許せない。全部隠して、教えてくれなかった事は、今も怒っている」

 ある程度流れを聞き、シャングアは自らの考えを言う。

「そうだろうな」
 フェルエンデは言い訳をせず、同意をする。

「…………けど、感謝はしている」
「嫌ってはくれないのかい」

「そこまでの理由が無いし、いつも僕の手を引いていたのは貴方でしょう?」
 センテルシュアーデの微笑の仮面が崩壊する。

 薄っすらと残るシャングアの小さな頃の記憶。長い間留守にする母の代わりに、センテルシュアーデがシャングアの手を引いて散歩をしていた。イルディナータを心酔する母を避けつつも探そうと嘘を付いて、弟が寂しくて泣かない様に歩幅を合わせる日々。

「ほら、やっぱりシャングアは賢いだろ」
 フェルエンデはそう言って、硬直するセンテルシュアーデの頭を軽く突いた。

「フェル兄さんは、どうして協力関係を続けていたの?」

「利害の一致と神殿の喚起がしたかったから。産む役割を担っている人が毎回責任負わされて、被害に遭うっておかしいだろ。まずは薬物のせいで悩むΩを助けたいって思った」

 目の見えない彼に寄り添い続けたΩの母親。障がいを持って生まれたのは母親の責任だと矢継ぎ早に言われ続けたのだろう。愛情深く育て、外の世界に触れるきっかけを与えた母親は、フェルエンデとって父親よりも遥かに大きな存在である。寄り添い続けた母のお陰でΩに対する固定概念は彼に定着せず、医学への道を進むきっかけを生んだ。

「違法薬物の横行とその理由が、原始回帰って……どうして一定の水準まで文明と技術を発展させた人間は、退行しようとするのかね。俺には到底分からない話だ」

 フェルエンデは大きくため息を着くと、椅子から立ち上がった。

「それじゃ、まだ話が続きそうだから、俺は帰る。2人とも、仲良くしてくれよ」
 緩和材はいらないだろうと言いたそうに、フェルエンデは2人が止める間もなく、さっさと部屋を後にした。

 2人、そして控えるトゥルーザが残った空間は、自然と静かになる。

「シャングア。すまなかった」

 沈黙を破り、センテルシュアーデがシャングアへ改めて謝罪をする。
 先程までの軽やかな声は重く、彼本人から紡がれた言葉だ。全てを秘密にしていた事、ちゃんと助けられなかった事、エンティーの事、一言であるが多くを乗せられている。

「あの、センテル兄さん」

 許さないと言ったが、シャングアは彼を責める気は無い。出生から何もかも、20年以上もがき続けたセンテルシュアーデに、これ以上背負わせるものは無いとすら思っている。
 だが彼は、許されたいと懇願する人間ではないと、シャングアは理解している。

「……僕は、まだ皇太子の立場には成れない。少ししか、皇族の立場や政治について知らないんだ」

 ならば、弟として兄に頼もう。昔のように甘えてみよう。

「教えてもらえないかな?」
「あぁ、もちろんだ」

 シャングアは恥ずかしそうに頼むと、センテルシュアーデは穏やかな表情を浮かべる。
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