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二章 転生の剣と春の若葉

16.繰り返される転生

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「ゼネス?!」

 報告の為に館へ戻って来ていたレガーナは驚き、ゼネスと彼に抱き抱えられた王の姿を見て、急いで駆け寄る。

「あちらに陛下の寝室がある。案内するよ」

 亡霊達が慌てふためく中、すぐに状況を理解した彼女はゼネスを誘導し、シャルシュリアの寝室へと共に向かう。
 何層にも瑠璃色の帳が降ろされた先に、隠されるように佇む一枚の白い大扉。

「ここだ」

 レガーナは扉を開き、ゼネスは急いで中へと入った。
 寝室は広いが、違和感があった。
 大人二人が横になっても充分に広いベッドの皺の無い紺色のシーツ、大小合わせ6個置かれた枕に型崩れは無く、天蓋のまとめる金の紐は固く結ばれたままだ。
 綺麗に清掃されていようとも、寝室であればどこかに生活の香りは残る。だが、ソファもテーブルも、羽ペンも、インクの入った瓶も、何一つ使われた痕跡が無い。ただそこに、置いてあるだけだ。

「寝かせる前に、手当てと装飾品を取らせてくれ」
「あぁ、わかった」

 レガーナはシャルシュリアの耳、首、腕を彩る装飾品を慎重に取り外し、手早く首の手当てをする。
 作業が終わると、シャルシュリアはゆっくりとベッドの上へと寝かされた。冷汗は出ているが先程に比べて呼吸は穏やかになり、容態は安定しつつある。

「陛下と何があったんだい?」

 レガーナは神妙な面持ちで、テーブルの上へと装飾品と短剣を置く。

「実は……」

 ゼネスは花畑での一連の出来事を彼女に話した。レガーナは一瞬驚いた表情を見せたが、冷静さを保っている。

「その短剣は、一体どういう代物なんだ?」
「これに切られた魂は、新たな肉体を得る事が出来る。所有者である陛下であれば、任意にその肉体を指定できるそうだ」

 五人の裁判官とシャルシュリアによって最終判決が成された魂の中には、転生を迎える者がいる。この魂は前世と冥界を忘れるために、忘却の神より与えられる水を飲まなければならない。そして、無垢となった魂は蝶や蜻蛉の姿となり、天上に住まう生命の女神の元へ誘われる。
 シャルシュリアの持つ転生の剣は、切った者を文字通り転生させるだけでなく、その輪を断ち切る力がある。亡霊や苦園の囚人達が例え地上に脱出できたとしても、輪が断ち切られた魂では生前の姿を取り戻せなくなってしまう。その輪を直す事が出来るのはシャルシュリアのみであり、その事実を囚人達は知る由もない。
 全てにおいて対策が成された冥界は、何人たりとも逃れる事は出来ない。

「これまでも、あったのか?」

 至って冷静に見えるレガーナに対して、ゼネスは怒りが湧きそうになるのを抑える。

「……2人目の陛下の時からやっていた」

 返って来た答えを紡ぐ彼女の声は震えていた。

「私や妹達が最初にお会いしたのは2人目だった。声も姿も、今とは違っていた。1人目は今の冥界の基盤を作る為に、2人目は番人を生み出す為に、3人目は冥界をより盤石にする為に犠牲になられた。私達も、何度もやめて欲しいと頼んだよ。でも、無理だった」

 彼女が気づいた時には、すでに最初のシャルシュリアは贄になっていた。その事実を突き付けられた時、彼女は何を思ったのか。

「それは……辛かったな」

 シャルシュリアの首から流れる血を思い出し、ゼネスは頭を抱えた。

「冥界の事を教えてくれないか?」
「……もちろんだ」

 現在、世界を統べる天神は神の中で三世代目だ。無より生じた隙間より現れた混沌の神は世界の卵を創造すると、その中から宙、星、太陽、月、運命、時の6人の神が産まれ、彼等は殻を使い天、地、海を生み出した。
 かつて地下の世界は、月と夜の女神ニネティスが混沌の神より与えられた領域であり、今の冥界と同じように、死者の魂が行きつく場所であった。だが、徐々にその許容量を上回る速度で魂が送られるようになり、夜の帳を卸す役目に支障が出始めた。
 人口増加、戦争、そして疫病。文明の急速な発展と共に戦争の頻度は増し、犯罪は多様化し、不衛生な環境は病気を発生させた。そして、夜の帳の僅かな延期は星の軸がずれを生じさせ天災が多発した。
 そこで宙の男神と星の女神より生まれた3人の神は話し合い、長子であるシャルシュリアが地を治める冥界の神となった。3人の間でどの様な会話が成されたのか、他の神々は知らない。だが彼が主となった直後から、冥界の環境は激変し、世界は安定をしていった。

「シャルシュリア様が、俺が儀式を中断させたのは混沌の神の仕業だと言っていた」

 混沌の神について、ゼネスは母から教わっていた。天神の目すら捉えきれない次元の狭間に身を隠しているとされ、表に姿を現したのは創世期のみだ。若い神にとっては伝説上の存在と言っても過言ではなく、シャルシュリアからその名前が出た時は、内心驚きがあった。
 冥界の理へ容易に介入できるのは、神々の掟に縛られない混沌の神のみ。
 あの時、シャルシュリアを抱えていたゼネスは、導かれるように無作為に咲く花畑の中から道を見出し、館へと辿り着いた。
 金の首飾りに見せかけてゼネスを四層まで移動させたのが混沌の神であるならば、何故シャルシュリアの儀式を中断させるように仕向け、尚且つ手助けをしたのか。

「もしかして、冥界は危機的状況なのか?」
「いいや。しっかりと機能し、安定しているよ。人間が今よりも増加した場合、冥界を拡大させる計画が立てられる程だ。ここには、私達姉妹の他に、眠りと夢の双神、魔術の女神……多くの神が冥界を支えている。なにより、夜の女神である私達のお母様がいる。冥王陛下が1人で背負い込まず、せめてお母様に相談してくだされば……」

 かつて冥界の主であり、今はシャルシュリアの補佐役を務める夜の女神ニネティス。原初の神であり、その力は今も健在である。彼女に頼らず、1人で全てを背負うシャルシュリアをレガーナは心配している。

「…………おまえ達、うるさいぞ」
「へ、陛下!」

 シャルシュリアが目を覚まし、レガーナは彼が起き上がる補助をする。

「お加減はいかがですか?」

「……最悪だ。左足に感覚が無く、右目の視力が低下している」

 眉間にしわを寄せるシャルシュリアは、左手で長い銀髪を掻き上げた。

「そ、それは……」
「魂と身体が一時的に不安定になった影響だ。そのうち治る」
「でしたら、しばらくの間お休みください。ここ二千年、働き詰めではありませんか。冥界が安定している今、少しでも身体を」
「休んでいる暇など無い」

 シャルシュリアはレガーナの言葉を遮る。

「おまえも知っているだろう。人間の数は年を追うごとに増え、国と国が繋がり、急速に発展し、宗教が広まり、複雑になってきている。資源と財源の取得、思想と宗教そして文化の統一、支配し利益を得るために戦争が頻発する。人が集まればそれだけ事故と事件は増え、多方面から持ち込まれる毒と病気に蝕まれる。より円滑に、迅速に対応するためにも、冥界はより力を持たなければならない」

「でしたら尚の事、貴方は休むべきです」

 レガーナに似ていながら違う涼やかな声が、部屋に響いた。
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