暗き冥界の底で貴方の帰りを待つ

片海 鏡

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四章 大河に告げる夏の小嵐

35.後先考えず花を紡ぐ

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 結局、真面目な話が大半となってしまった。けれど、お互いに冗談交じりに話す様な性格ではないのだから、これ位が丁度良い……

 いや、悩み相談の様に会話が移り変わってしまったので、これではダメだ。

 やっぱり年下だと、何かと知識と経験が不足しているから、頼りなく見えてしまうのだろう。自分も結局頼ってしまっている。これでは前進したくとも、出来ない。

「やっぱり、花かな……」

 ゼネスは両掌を見ながら、呟いた。
 彼は、楽しみにしている、と言ってくれた。
 他の神々と唯一違う点は花のみだ。一日で消える様な貧弱さを無くし、冥界の館を飾る程の大量の花を生み出せるように成れば、信頼に足る力が付いた証拠になる。

「よし。練習するか」

 両掌に力を集中させ、ゼネスは様々な花を生み出し始める。
 掃除を兼ねた捜索の合間。休憩の時間を取らず、花と格闘した。

 シラー、ヒマワリ、シュウカイドウ、サンビタリア、パッションフラワー、ブーケンビリア、アンモビウム……

 様々な花を生み出し続け、その中でも一番美しいものをシャルシュリアへと贈る。
 楽しみにしてもらえていると知ってからは、静かに喜ぶ彼の姿を見るのがより嬉しくなり、ゼネスはより一層の努力を重ねていく。

 来る日も、来る日も繰り返す。

 もっと美しく。もっと。もっと。もっと。



「おーい。ゼネスの坊ちゃん。酒飲まなーい?」


 5日ほど経った頃、シャルシュリアの力の影響を受けた弟妹達の報告書をようやく届けたエーデは、酒場へゼネスを誘おうと煙管片手に客間までやってきた。
 酒のついでに、川から見た地上の情報も教えてやろう。
 そう思っていたエーデだったが、ゼネスからの返事が無い。つい先ほど亡霊から、今は客間にいると教えてもらったので、いるのは間違いないはずだ。扉を軽く何度か叩き、聞く耳を立ててみるが、中からは何も聞こえない。

「入るぞー?」

 眠っている可能性もあるが、念の為様子を見ようとエーデは扉を静かに開ける。
室内に溜まっていた甘い香りと共に、花が廊下へと雪崩れる。

「うっわ……」

 花だけでなく、鼻に纏わりつく様なその香りに対して、エーデは顔をしかめる。
 これに似た香りを、以前嗅いだことがある。
 エーデは煙管を吸うと、口から煙を吐いた。甘い香は一瞬にして消え去り、僅かな冷たさを感じる清浄な空気となった。
 客間は、赤、黄、橙、ピンク、青と東西南北の花々が咲き誇り、埋め尽くされている。
 色鮮やかで美しいが、毒々しさを感じてしまう異常な空間の中、ゼネスが椅子に座り、テーブルへと伏せてしまっている。
 一目で危険な状況と分かり、エーデは急いで花を掻き分け、ゼネスの元へ向かう。

「ゼネス?」

 彼の元まで辿り着くと、エーデは身体を屈め、俯く顔色を伺う。
 地上の神特有の血色の良い肌は、今は青白くなり、目には隈がある。鼻から僅かに血が流れ、垂れ堕ちた雫によって一部の花が赤く染まっていた。
 力の使い過ぎによる過労なのが見て取れる。
 エーデは袖に手を入れ、清潔な布を取り出すとゼネスの鼻を拭いた。

「はぁ…………あの女神に変な所似たな、おまえ……」

 部屋を満たす花の中で休ませるわけにはいかず、ゼネスをゆっくりと抱き抱えると、エーデは部屋を出て行く。
 シャルシュリアに何て言えば良いだろうか。
 エーデはため息をつき、廊下を歩いていた亡霊に部屋の用意を頼んだ。
 酒場に誘おうと思ったのは、シャルシュリアがきっかけだ。
 冥王としての職務に戻り始めた彼が、ふとゼネスについて話をしてきた。
 日に日に顔色が悪くなっているが、訊いても大丈夫だと応えるばかり。休むようにそれとなく伝えて欲しいと、シャルシュリアはエーデに頼んだ。
 地上の神に対して苦言の多い彼が心配するとは意外であり、エーデは興味が湧いた。
 彼とゼネスの間に何があったのか聞くうちに、ある結論に至る。
 そして、ゼネスの奇妙な不調も気になり、情報を渡す代わりに色々と聞き出そうと思った矢先、この様な事態に巡り合わせた。
 酒場での様子や大量の花を見れば、ゼネスが何をどうしようと思ったのか一目瞭然だ。

「格好つけてる暇があったら、さっさと素直になればいいのになぁ」

 ぼやくエーデは、部屋の準備が完了したとやって来た亡霊に連れられ、新しい客室へと向かった。
 
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