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五章 秋色付く感情は別れを生む

38.白き世界の神殿

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天井ははるか遠く、太陽によく似た温かな光が降り注いでいる。
 つい先程まで歩いていた薄暗い隠し通路と打って変わり、地上の神々の神殿を彷彿とさせる渡り廊下に似た場所へとゼネスは出て来ていた。しかし土や草の香りはせず、小鳥の囀りも頬を撫でるそよ風も無い。彫刻が全く施されていない柱や壁、床の素材となる大理石に似た石は、風化が見られず白く美しいままだ
 建物だけでなく、女神らしき石像が並ぶ中庭も、地面も、空も全てが白い。唯一色が違うとすれば、水路を流れる清流位だろう。
 ここが地上の〈外〉ではなく、冥界の〈中〉であるのを自然と理解させられる。
 穏やかに停滞する空間に、警戒しつつゼネスは毛玉の後を付いて行く。
 一歩一歩前へ進むと、微かに馴染みのある甘い香りがする。

「……?」

 廊下の終り、建物の出入り口の手前。床に小さなガラス花瓶が置かれている。
その花瓶の中には、白、黄、薄紫のパンジーの花が9本活けられている。

「あれ? ……確か、これ……」

 ゼネスは床に膝をつき、明るい日陰の中にある花瓶を手に取る。
 この花に見覚えがある。ゼネスがシャルシュリアへと花を贈る様になってから、3日目の時のことだ。小さく可愛らしい花はどうだろうか、と悩みながら贈った花だ。彼は特に反応を示さなかったが、ガラスの花瓶を指定して用意させたのが印象に残っている。
 力が霧散し、消えてしまったと思っていた花がここにある。

「って、いない!?」

 花瓶を眺め、元の位置へと戻している内に、いつの間にか毛玉は先へと進んでしまっていた。ゼネスは建物の中へと入り、急いで後を追う。

 無機質な空間は、徐々に息遣いが聞こえ始め、白いキャンバスは彩られる。

 赤、黄、青、橙、紫、薄緑。中へ進む毎に、花が活けられた花瓶の数が増える。床に置かれているだけでなく、本来は石像を置く台座の上、壁や天井から吊るす等、趣向は様々だ。飾り方に違いはあるが、その全てが見覚えのある花瓶だ。
 何度も読まれ、縒れてしまった詩集の束。精巧な額に飾られた拙い似顔絵。埃1つ積もらない魔物の剥製の数々。花と共に飾られる大きな角。床に敷かれた獅子の絨毯。美しい装飾品や武器の数々。
 レガーナ達から話に聞いていた贈り物の数々が、花瓶と共に置かれている。

 そして、

「鍵を持っていないのに、どうやって入って来たんだ?」

 探し続けた彼の柔らかな声がする。通路の終り、角を曲がれば会える。
 階段を上り、出会った時とどこか似ている。
 ゼネスは今になって緊張し始め、足が止まる。
 心臓の音が速く、大きく高鳴り、体が熱い。
 ゆっくりと深呼吸をしたゼネスは前へ一歩踏み出す。 

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