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4章 老緑の王は幼子に微笑む
51話 影から現れた黒い泥 (ゼノス視点)
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墓は、丁重に葬られた人々が眠る場所だけではない。
毒殺で在れ、虐殺で在れ、闇に覆い隠された死者達が押し込められる場所でもある。
俺はシング博士とお嬢様の会話を思い出し、そして老人の〈墓守〉と名乗り出たことで、これからやって来る〈想念〉とは何か予想がついた。
負の想念。800年前の物語は、危険地帯と禁足地に通ずるものがあり、パシュハラ家で何度も聞かされてきた。
風森の神殿になる前。文明が廃墟となった後。
誰も鎮魂をもたらさない地に、妖精王との戦争を逃れた人々が集まり、そして死んだ。
何があったかなんて、現代人である俺には到底想像が出来ない。
「来るぞ」
老人の声に我に返った俺は、鞘から剣を抜いた。
空間を構成する木々達の重なった影から、音もなく赤い液体が溢れ出す。
下へ下へと零れ落ちる赤い液体の中央から、黒い泥が湧き出る。
気泡が出来ては爆ぜ、まるで生きているかのように規則正しい動きを繰り返す。
異質の存在の筈が、何故か見慣れている様に感じた。あれは人ではないが、確かに人から生まれたものだと何故か理解できてしまい、背筋が凍る。
「彼女に近づけさせるな。食い止めろ」
その瞬間、泥から一本の蔓が生み出され、真っすぐにこちらへと伸びる。その勢いは槍のようであり、お嬢様を攻撃しようとしているのを即座に理解した。
すぐさま剣で切り伏せるが、一本、また一本と増え次々と泥は攻撃を繰り出す。
泥から視線を逸らさず、引かず、自分を奮い立たせ防衛を続けた。
しかし、泥は意志を持っているかのように、動きを変えた。
槍であった黒い泥は鞭へと変貌し、剣へと絡みついた。振り払おうとするが、切り伏せた時とは違いビクともしない。
泥は枝分かれし、腕へと絡みつき、そして、頬に触れた。
生々しさを感じる動きに母を思い出し、頭が真っ白になり身体が硬直した。
「いい加減にしろ!」
共に防衛する老人が、杖を使って俺の横腹を殴った。その痛みに思わず剣を手放してしまったが、泥は俺から直ぐに離れた。
泥は剣を掴み取り振り回すかと思ったが、そのまま投げ捨てられた。
「あっ……」
第五部隊の見習いになった時にワーグス様から貰った剣が、下へと落下する。
パシュハラの皆の優しい顔が浮かんだ。肖像画の父と金色の空が脳裏を過った。
母が、1人で立っている。
「おまえは何を守り、何を怖がっている!!」
叱るその声が、突き刺さる様に痛く、視界が鮮明になった気がした。
拒絶も、疑問も、何も口に出さずに逃げた。今まで与えられてきた手の中にあるものが、壊れてしまうと思ったからだ。
生き残るには、逃げる事も必要だ。でも、何も知らないままで良いはずが無い。
母がどうして今頃戻って来たのか。一体何があったのか。
母が戻ってくるまでの12年間。それまでの祖父母は侯爵家で何をしていたのか。
パシュハラ夫人もワーグス様も知っていただろうに、何故教えてくれなかったのか。
子供だから仕方ないとしても、何一つ教えてもらえていない。訊こうともしなかった。
母の目は今も怖い。けれどそれよりも先に、知る事を怖がり、無知な自分を守ろうとした。
「……すいません」
「青年。目は覚めたか?」
代わりに泥の攻撃を防いでくれていた老人は、動けなかった俺を見る事なく問いかけてくる。
「はい。もう大丈夫です」
俺は深く息を吐くと、拳を構える。
たった一週間では男爵様の技術を盗むことは出来ないが、全身の強化だけでなく見様見真似で拳に唯一扱える風属性の魔力を乗せる。
泥は蔓のように伸びては縮む動作を繰り返し、やがて人のような形状を作り始める。攻撃ダメであれば、覆い被さり浸食しようとしている様に見える。
今ここに居るのは、貴族令嬢を守る護衛兵。再度自分に言い聞かせる。
絶対に、お嬢様へあれを届かせてはいけない。
毒殺で在れ、虐殺で在れ、闇に覆い隠された死者達が押し込められる場所でもある。
俺はシング博士とお嬢様の会話を思い出し、そして老人の〈墓守〉と名乗り出たことで、これからやって来る〈想念〉とは何か予想がついた。
負の想念。800年前の物語は、危険地帯と禁足地に通ずるものがあり、パシュハラ家で何度も聞かされてきた。
風森の神殿になる前。文明が廃墟となった後。
誰も鎮魂をもたらさない地に、妖精王との戦争を逃れた人々が集まり、そして死んだ。
何があったかなんて、現代人である俺には到底想像が出来ない。
「来るぞ」
老人の声に我に返った俺は、鞘から剣を抜いた。
空間を構成する木々達の重なった影から、音もなく赤い液体が溢れ出す。
下へ下へと零れ落ちる赤い液体の中央から、黒い泥が湧き出る。
気泡が出来ては爆ぜ、まるで生きているかのように規則正しい動きを繰り返す。
異質の存在の筈が、何故か見慣れている様に感じた。あれは人ではないが、確かに人から生まれたものだと何故か理解できてしまい、背筋が凍る。
「彼女に近づけさせるな。食い止めろ」
その瞬間、泥から一本の蔓が生み出され、真っすぐにこちらへと伸びる。その勢いは槍のようであり、お嬢様を攻撃しようとしているのを即座に理解した。
すぐさま剣で切り伏せるが、一本、また一本と増え次々と泥は攻撃を繰り出す。
泥から視線を逸らさず、引かず、自分を奮い立たせ防衛を続けた。
しかし、泥は意志を持っているかのように、動きを変えた。
槍であった黒い泥は鞭へと変貌し、剣へと絡みついた。振り払おうとするが、切り伏せた時とは違いビクともしない。
泥は枝分かれし、腕へと絡みつき、そして、頬に触れた。
生々しさを感じる動きに母を思い出し、頭が真っ白になり身体が硬直した。
「いい加減にしろ!」
共に防衛する老人が、杖を使って俺の横腹を殴った。その痛みに思わず剣を手放してしまったが、泥は俺から直ぐに離れた。
泥は剣を掴み取り振り回すかと思ったが、そのまま投げ捨てられた。
「あっ……」
第五部隊の見習いになった時にワーグス様から貰った剣が、下へと落下する。
パシュハラの皆の優しい顔が浮かんだ。肖像画の父と金色の空が脳裏を過った。
母が、1人で立っている。
「おまえは何を守り、何を怖がっている!!」
叱るその声が、突き刺さる様に痛く、視界が鮮明になった気がした。
拒絶も、疑問も、何も口に出さずに逃げた。今まで与えられてきた手の中にあるものが、壊れてしまうと思ったからだ。
生き残るには、逃げる事も必要だ。でも、何も知らないままで良いはずが無い。
母がどうして今頃戻って来たのか。一体何があったのか。
母が戻ってくるまでの12年間。それまでの祖父母は侯爵家で何をしていたのか。
パシュハラ夫人もワーグス様も知っていただろうに、何故教えてくれなかったのか。
子供だから仕方ないとしても、何一つ教えてもらえていない。訊こうともしなかった。
母の目は今も怖い。けれどそれよりも先に、知る事を怖がり、無知な自分を守ろうとした。
「……すいません」
「青年。目は覚めたか?」
代わりに泥の攻撃を防いでくれていた老人は、動けなかった俺を見る事なく問いかけてくる。
「はい。もう大丈夫です」
俺は深く息を吐くと、拳を構える。
たった一週間では男爵様の技術を盗むことは出来ないが、全身の強化だけでなく見様見真似で拳に唯一扱える風属性の魔力を乗せる。
泥は蔓のように伸びては縮む動作を繰り返し、やがて人のような形状を作り始める。攻撃ダメであれば、覆い被さり浸食しようとしている様に見える。
今ここに居るのは、貴族令嬢を守る護衛兵。再度自分に言い聞かせる。
絶対に、お嬢様へあれを届かせてはいけない。
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