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4章 老緑の王は幼子に微笑む
52話 生と死の境に佇む杖
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無心になり、時間を忘れるほどに集中をした。
削り、ヤスリをかけ、微調整を何度も繰り返し、ようやく完成した。
長さは大体32㎝。初心者の作る杖なので装飾は無く不格好ではあるが、何とか形になった。年輪の結晶の層がチラチラと輝き、とても綺麗だ。
「できました!」
私はそう言って2人の方を向いた。その光景に驚き、杖を強く握った。
とても大きな黒い化け物。ムカデや蛇のように胴が長く、伸び縮する10本以上の手足を使って木々にしがみ付き、口のようなものを大きく広げている。体や手足から零れ落ちる物質は泥に似ているが木の幹に落ちると、じんわりと赤い液体を出している。
かつてレフィードが言っていた〈赤い淀み〉を思い出した。
「レ、レフィード。あれは!?」
『この地に溜まっている負の想念の集合体だ。こちら側に来たことで、あのような姿を形成した』
「なんで私は気づけなかったの?!」
集中力がどうこうの話ではない状況に、私は混乱する。
『私が結界を張り、音を遮断していた』
「いや、でも、えぇ!!?」
泥が一本の手をこちらへ振り下ろすが、すかさずゼノスさんが拳で粉砕した。いつから戦い続けているのか分からないが、肩で息をし、限界が近いように見える。
『落ち着くんだ。これから杖の仕上げをしなければならない』
「えっ、し、仕上げ? 完成じゃないの?」
『これでは、ただの杖。妖精の言っている杖は魔法や魔術の為のものだ』
足腰の弱い老人や目の不自由な人が使う杖と魔術師達の杖は別物。ゲームでの杖は武器の分類だが、謂れや特殊な術式が施されている等の説明が書かれている。混乱あまりに、その事がすっかりと頭から抜けていた。
「どうやら。形になったようだな」
杖の完成に気づいた老人が私の元へと、素早くやって来る。
「青年! もう少しの辛抱だ!」
「はい!!」
ゼノスさんは大きく返事をする。ちらりと見えた瞳が、輝いている。闘志は燃え続け、尽きる事が無い様だ。
「仕上げを行おう。精霊は黙って見届けろ」
『……唐突に辛辣になるな』
不貞腐れるレフィードをよそに、老人は懐から何かを包んだ布を取り出した。包みの中には、そこには透明度のある白に近い緑の毛が一束あった。
「これは……」
「最後の風竜のたてがみだ。これを杖の芯にする」
レフィードが風竜は絶滅したと言っていた。
もう世界には存在しない生物の遺品だ。
「貴重なものを、どうして」
「躊躇うことは無い。新な風を吹かせる為に、古きものが背を押すのは当然の事。これは、この為に残されていたんだ」
老人はそう言うと、私へ手を差し出した。
出来上がったばかりの杖を預けると、老人は丁寧な手つきで撫でた。
「千年樹は、死と生の境に佇む。杖の中でも最強の防御力を持ち、同時に強力な祈りを編める力を秘めている。地道に、静かに歩み続ける心優しき君を選んだ。君は、望む形にしてくれた。平凡、無骨、不格好。特別な存在とはまず自分自身であり、その輝きは常に胸の奥に仕舞われている。共に多くを学び、成長する事を我々は願う」
束ねられていた風竜のたてがみが、まるで生きているかのように伸び、杖へと絡まっていく。たてがみは吸い込まれるように消えて行く。
「樹々よ、さざめけ。草花よ、踊りて其の香りを彼方へと運べ。羽をたたんだ小鳥は再び詩を謳い、尊き園は芽吹きを迎える」
風が吹く。
最初は冷たく、別れを惜しむように頬を撫でる温かさが残っている。
「精霊。私達がきっかけを作れるのは、ここまでだ。約束を忘れるなよ」
『おい、待ってくれ』
レフィードが老人を止めようとするが、別れが近い。
杖へと全てのたてがみが吸い込まれ、束ねていた紐がぽとりと地面へと落ちる。
「聞こえるか青年! 君は君であり、それを覆すものなど存在はしない! 君の努力や経験は君だけのものだ! どんな真実に行きつこうとも、風は吹き続けている! 歩を止めるな!」
風は強くなる。いない筈の鳥たちの声が聞こえる。
目を閉じてしまいそうになった時、私の手を強く握り、杖を渡された。その時、フードを外した老人の姿がほんの一瞬見えた。
ペリドットのように透き通った美しい黄緑色の髪。白磁の様に白い肌。ライムグリーンの瞳。まるで、大風樹のように美しい色だ。
「ミューゼリア。あの方を助けてくれ」
葉のこすれ合う音の中に、低く、高く、涼やかな声がした。
風が止み目を開けると、再び風森の神殿へと戻って来ていた。
手の中には出来上がった杖があり、光の加減で結晶の層がちらちらと輝いている。
「ゼノスさん。大丈夫ですか?」
「はい。疲れていますが、歩けます」
笑顔を見せてくれるゼノスさんは汗を掻き息が荒いが、怪我は1つもない。どうやらあの負の想念の塊は、私しか眼中になかったようだ。私達の世界側へ戻ってきたことで、攻撃の脅威はなくなり、安心をする。
「ここは、深層のようですね。遺物のある聖域以外にも、深層には沢山の遺跡が残っていると教わりました」
私はそう言いながら周囲を見渡す。
周囲には植物に飲まれた遺跡群がある。中層で見たものは壁や土台の一部だけだったが、ここには建物として残っているものや、竜や獣を象ったと思われる石像がある。
『ミューゼリア。あそこだ』
レフィードに導かれ、私はゼノスさんとゆっくりと周囲を警戒しながら歩いて行く。
朽ち果てた石造りの遺跡の中。天井が崩れ落ち、木々から淡い籠り日が差し込んでいる。
まるで私達を導く様にさす光の先に、妖精が言った〈あの方〉眠っている。
風翼竜ヴァーユイシャ。
ゲームで見た時と同じ、黒い茨が竜の周りを取り囲んでいる。
削り、ヤスリをかけ、微調整を何度も繰り返し、ようやく完成した。
長さは大体32㎝。初心者の作る杖なので装飾は無く不格好ではあるが、何とか形になった。年輪の結晶の層がチラチラと輝き、とても綺麗だ。
「できました!」
私はそう言って2人の方を向いた。その光景に驚き、杖を強く握った。
とても大きな黒い化け物。ムカデや蛇のように胴が長く、伸び縮する10本以上の手足を使って木々にしがみ付き、口のようなものを大きく広げている。体や手足から零れ落ちる物質は泥に似ているが木の幹に落ちると、じんわりと赤い液体を出している。
かつてレフィードが言っていた〈赤い淀み〉を思い出した。
「レ、レフィード。あれは!?」
『この地に溜まっている負の想念の集合体だ。こちら側に来たことで、あのような姿を形成した』
「なんで私は気づけなかったの?!」
集中力がどうこうの話ではない状況に、私は混乱する。
『私が結界を張り、音を遮断していた』
「いや、でも、えぇ!!?」
泥が一本の手をこちらへ振り下ろすが、すかさずゼノスさんが拳で粉砕した。いつから戦い続けているのか分からないが、肩で息をし、限界が近いように見える。
『落ち着くんだ。これから杖の仕上げをしなければならない』
「えっ、し、仕上げ? 完成じゃないの?」
『これでは、ただの杖。妖精の言っている杖は魔法や魔術の為のものだ』
足腰の弱い老人や目の不自由な人が使う杖と魔術師達の杖は別物。ゲームでの杖は武器の分類だが、謂れや特殊な術式が施されている等の説明が書かれている。混乱あまりに、その事がすっかりと頭から抜けていた。
「どうやら。形になったようだな」
杖の完成に気づいた老人が私の元へと、素早くやって来る。
「青年! もう少しの辛抱だ!」
「はい!!」
ゼノスさんは大きく返事をする。ちらりと見えた瞳が、輝いている。闘志は燃え続け、尽きる事が無い様だ。
「仕上げを行おう。精霊は黙って見届けろ」
『……唐突に辛辣になるな』
不貞腐れるレフィードをよそに、老人は懐から何かを包んだ布を取り出した。包みの中には、そこには透明度のある白に近い緑の毛が一束あった。
「これは……」
「最後の風竜のたてがみだ。これを杖の芯にする」
レフィードが風竜は絶滅したと言っていた。
もう世界には存在しない生物の遺品だ。
「貴重なものを、どうして」
「躊躇うことは無い。新な風を吹かせる為に、古きものが背を押すのは当然の事。これは、この為に残されていたんだ」
老人はそう言うと、私へ手を差し出した。
出来上がったばかりの杖を預けると、老人は丁寧な手つきで撫でた。
「千年樹は、死と生の境に佇む。杖の中でも最強の防御力を持ち、同時に強力な祈りを編める力を秘めている。地道に、静かに歩み続ける心優しき君を選んだ。君は、望む形にしてくれた。平凡、無骨、不格好。特別な存在とはまず自分自身であり、その輝きは常に胸の奥に仕舞われている。共に多くを学び、成長する事を我々は願う」
束ねられていた風竜のたてがみが、まるで生きているかのように伸び、杖へと絡まっていく。たてがみは吸い込まれるように消えて行く。
「樹々よ、さざめけ。草花よ、踊りて其の香りを彼方へと運べ。羽をたたんだ小鳥は再び詩を謳い、尊き園は芽吹きを迎える」
風が吹く。
最初は冷たく、別れを惜しむように頬を撫でる温かさが残っている。
「精霊。私達がきっかけを作れるのは、ここまでだ。約束を忘れるなよ」
『おい、待ってくれ』
レフィードが老人を止めようとするが、別れが近い。
杖へと全てのたてがみが吸い込まれ、束ねていた紐がぽとりと地面へと落ちる。
「聞こえるか青年! 君は君であり、それを覆すものなど存在はしない! 君の努力や経験は君だけのものだ! どんな真実に行きつこうとも、風は吹き続けている! 歩を止めるな!」
風は強くなる。いない筈の鳥たちの声が聞こえる。
目を閉じてしまいそうになった時、私の手を強く握り、杖を渡された。その時、フードを外した老人の姿がほんの一瞬見えた。
ペリドットのように透き通った美しい黄緑色の髪。白磁の様に白い肌。ライムグリーンの瞳。まるで、大風樹のように美しい色だ。
「ミューゼリア。あの方を助けてくれ」
葉のこすれ合う音の中に、低く、高く、涼やかな声がした。
風が止み目を開けると、再び風森の神殿へと戻って来ていた。
手の中には出来上がった杖があり、光の加減で結晶の層がちらちらと輝いている。
「ゼノスさん。大丈夫ですか?」
「はい。疲れていますが、歩けます」
笑顔を見せてくれるゼノスさんは汗を掻き息が荒いが、怪我は1つもない。どうやらあの負の想念の塊は、私しか眼中になかったようだ。私達の世界側へ戻ってきたことで、攻撃の脅威はなくなり、安心をする。
「ここは、深層のようですね。遺物のある聖域以外にも、深層には沢山の遺跡が残っていると教わりました」
私はそう言いながら周囲を見渡す。
周囲には植物に飲まれた遺跡群がある。中層で見たものは壁や土台の一部だけだったが、ここには建物として残っているものや、竜や獣を象ったと思われる石像がある。
『ミューゼリア。あそこだ』
レフィードに導かれ、私はゼノスさんとゆっくりと周囲を警戒しながら歩いて行く。
朽ち果てた石造りの遺跡の中。天井が崩れ落ち、木々から淡い籠り日が差し込んでいる。
まるで私達を導く様にさす光の先に、妖精が言った〈あの方〉眠っている。
風翼竜ヴァーユイシャ。
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