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5章 銀狐と星の愛子と大地の王冠

58話 魔法使いの資質

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 色々話したい事はあったが、アンジェラさんと医師が来たので、シャーナさん達は部屋を退出した。
 診てもらったところ、まだ体内の魔力は完全には戻りきっていないが、普段の生活を送るのであれば問題はないらしい。ただ、三日間眠っていた事で内臓や体が少し弱まっているので、激しい運動や油気の多い食事を一週間は控える様にと言われた。
医師の退出後、リュカオンが飲みものを持って来てくれた。
 ティーカップを満たすのは温かいリンゴミルクだ。リンゴの果汁と蜂蜜、砂糖、牛乳を混ぜて作られている。病気になった際に、乳母やお母様が良く作ってくれた特別な飲みものだ。
 ミルクと蜂蜜の甘みとリンゴの香りが調和して、とても美味しい。

「公爵が君に訊きたい事があるってさ。話せそうかな?」

 私が飲み干すのを見計らって、アンジェラさんが言った。
 アンジェラさんは国から調査の依頼があった。後援であるアーダイン公爵にも、今回の件について報告をしているだろう。言い回しからして、ゼノスさんはあの場で何があったのか話してはいない様だ。だが、私に起こった被害について、本人に聴くのは当然だ。
 避けては余計に何かあると思われてしまう。

「わかりました。可能な範囲で、お話させていただきます」

 私は意を決して、頷いた。

「うん。わかった。呼んで来るね」

 私が目覚めるのを待っていたのか、アンジェラさんが呼びに行くと、すぐにアーダイン公爵が私の休ませてもらっている部屋へと訪れた。アーダイン公爵の手には、丁寧に布で包まれた品がある。

「目覚めたばかりで、すまないね」

 ベッドの傍らに置かれた椅子に腰を掛けたアーダイン公爵は、まず私に謝罪をしてくれた。

「お気になさらず。あの……父にはこの事を話したのですか?」
「いや。マーギリアン小侯の負傷のみだ。君は風森の神殿から帰還後、アンジェラと共に私へ報告に来た際、シャーナの頼みでこちらに一週間滞在すると伝えている。殿下やイグルド殿にも、その様に口裏合わせをしている」
「え? どうして……」

 両親に心配を掛けたくはないが、そこまでして欲しいとは思ってはいない。子供達と口裏合わせをしてまで隠すなんて驚いた。

「君は、通常の子供とは違う事情を持っているようだ。事実は隠させてもらった」

 アーダイン公爵は、手に持っている布を解き中の品を私へ見せる。それは、風森の神殿で作った千年樹の杖だ。知らない場所で眠っていた事や皆に気を取られて、すっかりと存在を忘れていた。

「それは……」
「削り方を見る限り、君が行ったのは分かる。だが素材を集めたとは考え難い。仕上げに関して、アンジェラであっても到底できない技法が施されている。一体、誰に素材を貰い、誰に作り方を教わったのかな?」

 しっかりと乾かされた千年樹と風竜のたてがみ。どちらも長年倉庫に眠っていた品なら納得できるが、風森の神殿で手に入れて加工するなんて、どう考えても有り得ない。ゲーム上でも、どちらもクエスト達成報酬であり、ダンジョンではドロップしないアイテムだ。嘘をついた所で、すぐにバレてしまう。

「あの……誰にも言わないって約束していただけますか?」
「もちろんだ。アーダインの名において、姑息な行為は決して行わない」

 霊草シャンティス関連を含めて、アーダイン公爵には大変お世話になっている。人工栽培について情報が漏洩され、新聞の記事になる事も、貴族や一般の人達が噂をするのを耳にした事も無い。今回の件を含めて、この人ならば公にしないと信頼できる。

「実は……」

 私は素直に、木精の存在と材料の入手経路について話した。

「魔法使いの資質を妖精に見出されたか」

 アーダイン公爵だけでなく、アンジェラさんとリュカオンも特に驚いた様子を見せていない。

「魔法使いって、どんな存在ですか?」

 リティナの師匠は魔法使いではあるが、パーティには加入しない。メインストーリーのヒントとやり込み要素の報酬や勲章をくれるキャラクターなので、実際に魔法を披露した事は無い。リティナも、メインでは魔術を使っている。イベントで、レーヴァンス王太子に魔法を使って見せて欲しいと頼まれるが、固く禁止されているからと断るシーンがあった。

「魔法使いは、魔術師とは別存在だ。彼らは〈隣人〉と呼ぶ妖精や精霊に生まれながらに愛され、世の理の一片に触れる事を許されている」

 アーダイン公爵は少し眉間に皺を寄せた。

「……それで、その杖の代価に何を頼まれたのかな? 妖精達は悪戯好きだ。そのような場に愛する人を連れ込めば二度と出さないと相場が決まっている」

 私も、御伽噺でその手の話は読んだことがある。甘い言葉で誘惑し、連れ去ったり大怪我をさせられたりと、散々な目に遭わされる。知らない人に付いて行かない等の教訓だと思っていたが、それだけではない様だ。
 より知識を持っているアーダイン公爵に嘘をついても、すぐに見破られてしまうのが関の山だ。隠しても無駄だと思い、私は素直に全部話した。負の想念のこと、ヴァーユイシャとの会話、教えてもらった4大ダンジョンの誕生理由と自然浄化の構造について話した。

「負の想念の浄化に理の門か。なるほど」

 アーダイン公爵は特に驚きを見せず、視線の端にいるアンジェラさんがテーブルに向って紙に何か書き始めている。

「宗教から言えば、私達の魂は神脈から生まれ、そして帰るとされる。神脈は森羅万象を生み出す根源だ。精霊や妖精達が君の手を貸し、門を開くことで魂と神脈が繋がり、魔術では有り得ない〈奇跡〉と呼ばれる現象を起こせる。君が行った浄化もまた、奇跡の一種だろう」

 リティナが断った理由に納得がいくと共に、それ程に強い力を持つなら表舞台に出ている人の少なさに疑問が湧いた。

「魔術が人間自らの力で結果を出すならば、魔法は隣人の力を借り理に干渉する事で結果を出すと言える。楽に見えて、他人の手足を使って、思うような結果を出すには加減や操作が難しい。現に、君の魔力の許容量を超えていた。君の年代で教える魔術の種類は決まっている。枯渇したとしても、半日もあれば回復する」
「便利そうに見えて、一歩間違えば大変な事態になるのですね」

 アーダイン公爵は、私が眠り続けた理由が魔術ではないと当に見抜き、そして杖の存在から予測していたのだろう。だからそこまで驚かず、納得するだけに留まった。

「そうだ。この経験を肝に銘じ、次に活かすと良い。魔法は、万能ではない。人間は神ではない。隣人の存在を忘れてはならない。世の理を捻じ曲げてはいけない。その先に待つのは破滅であり、魂そのものの崩壊だ」

 背筋が凍るようでいて、理解できる。私の行った浄化は、杖とレフィードが導いてくれたおかげで出せた結果だ。白い花が咲き、黒い茨が崩れて消える姿は、相当な力が作用しているのが目に見えている。これを無視して、貪欲に力を使い続ければ、あの泥の様な負の想念の塊になってしまいそうだ。

「アーダイン公爵は、魔法使いについて詳しいのですね。はじめて知る事ばかりです」
「私の知識は受け売りでね。知り合いの妖精から聞いた話を君に伝えているだけだよ」

 アーダイン公爵は苦笑し、私へ布に包まれた杖を返してくれた。

「この杖に関しては、父に作ってもらったと言いなさい。君は王太子の誕生日プレゼントに千年樹を使ったペンダントを作った過去があり、貴族達は皆知っている。疑う者はいない」
「はい。わかりました」

 私は杖を大事に抱える。なんとなく、杖が嬉しそうにしている様に感じた。

「ミューゼリア嬢。君は今後、遺物に代わる魔物達を確認する為に残り3つの大型ダンジョンへ向かうつもりだろうか?」

 リティナとは違う方法で、国を守り救う為の今できる最大限のやるべき事。私はその問いに大きく頷いた。

「はい。魔物達が負の想念に囚われたら大変な事態になると、ヴァーユイシャが茨に囚われる津堅を見て思いました。浄化するか否かも確かめるために行きます。ただ、今回の様にならないために力をつける期間が必要だと考えています」
「そうだな。最短でも6年はあった方が良い」
「!? あ、あの、自分はもう少し短く見積もっていました。4年くらいに……」

 リティナの目線からすると、私は遺物回収の反対派であるアーダイン公爵側になる。彼女の登場と私の行動が被り、敵対されてしまったら何かと厄介だ。既に攻略候補達に変化があるのに、そこにリティナが加われば余計に複雑になってしまう。
 可能な限り避ける為に、私は4年と答えた。14歳で牙獣の王冠、15歳で炎誕の塔、16歳になったらすぐに源海の胎国にいけば、リティナを回避できるはずだ。

「4年か……」

 ぽつりとアーダイン公爵は言い、少し考えた後、アンジェラさんの方へと顔を向ける。

「アンジェラ。ミューゼリア嬢を弟子にすると言うなら、今後の行動に全面協力するのだな?」
「もちろん!! ミューゼリアちゃんを見ていると、昔のボクを見ているようで放っておけないんだよね。知っているせいで、全部自分で背負って、壊れちゃいそうだ。協力するよ!」

 色々と書き続けていたアンジェラさんは顔を上げると、快く承諾してくれる。

「私もお嬢様の護衛として、協力する所存です!」

 黙って話を聞いていたリュカオンも力強く行ってくれる。

「……わかった。何か君にも考えがあるのだろう。尊重させてもらう」
「はい! ありがとうございます……!」

 柔軟な対応に、私は心から感謝をする。

「朝焼けの杖が渡されるのは2年後と陛下が決めたが、あの時と状況が違う。4年経たなければ牙獣の王冠へ入場は禁止だ。この事に関して、私の方から陛下に話をつけておこう」
「はい。宜しくお願い致します」
「4年後、私の銀狐を1人案内役兼護衛として君のもとへ派遣する」

 銀狐? 
 ゲーム上では一言も聞いた事が無い単語だ。言い回しからして、公爵家の私設部隊のようだ。部隊に特殊な名前が付く位だから、精鋭なのだろう。とても心強い。
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