モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~

片海 鏡

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5章 銀狐と星の愛子と大地の王冠

64話 空間魔術

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 狩猟祭の会場から出て、さらに8時間ほど移動した私達は牙獣の王冠へと到着した。
牙獣の王冠は、見た目としてはカルデラ火山に近い。山脈は切り立った8つの剣が連なり、盆地の中央には小高い山が形成され、丁度頭の上に乗っている冠のように見えるので〈大地の王冠〉とも呼ばれる。
 ダンジョンとしては牙獣の名の通り、魔狼や魔猪達の楽園だ。

「あれ? この山脈……植物が一本も生えていない」

 登山道入り口の砦へと到着した私は、即座に疑問に思った。
 岩場や断崖絶壁、標高が極めて高い山等の過酷な環境であっても、少量の土と水さえあれば植物達は根を伸ばし、生息域を形成する。しかし奇妙な事に、山脈や登山道入り口のある地表面には、一切植物が自生していない。
 牙獣の王冠周囲には豊かな森が広がっているが、まるで境界線を引く様に植物達は近づこうとしていない。ゲームをプレイしている時は、大型ダンジョンとして演出する為のデザイン程度に思っていたが、現実のものとして見ると違和感がある。

「この山脈は、魔術に似た技術で構成された人工物です」
「説明してくれる?」
「かしこまりました」

 彼から、使用人相手に敬語を使わない様に、と忠告を受けた。どんな人にも礼儀を重んじるのは美徳であるが、上に立つ者と下で仕える者とでは立場があり、秩序がある。貴族社会では、下の者は誰かを利用し上を目指し、上の者では常に誰かを下へ落そうと虎視眈々と狙っている。それは、子供相手でも同じだ。自分の立場を理解し、強さを見せつけねば餌食になってしまう。
 屋敷で家族の様に長年一緒に過ごしてきた使用人達にはタメ口だったが、知らない場所では誰であってもつい敬語になってしまう。学園であれば問題は無いが、貴族社会では全く違う。片田舎の男爵から、王から信頼される子爵になった以上、気を付けるべきだと肝に銘じた。

「山や山脈は大陸の地殻変動や火山活動によって構成され、地層を調べる事でそれが出来た時代を大よそ把握できます。しかし、この山脈はどこの土を採取しても、全く同じ地質をしており、魔鉱石に成りえる程の魔素を含んでいます。近年の調査で、数年に一度発生する地震によって土が更新されていると判明いたしました」
「地震って、どれ位の規模なの? 建物が崩れて周囲の町や村に被害が及んではいない?」
「基本はコップに入った水が揺れる程度の微弱なものです。稀に、室内で静かに過ごす方が感じ取る程度の揺れが発生しますが、建物が倒壊する規模は観測した事例はありません」
「そっか……良かった」

 ゲーム本編では、牙獣の王冠で発生した大地震によって、周辺の町は大きな打撃を受けた。場所によっては村の全ての建物が倒壊し、亡くなった人がいた。道が寸断され、生活が困難になってしまった人達も多くいた。
 ゲームのクエストでそれを徐々に解消していったが、可能であればその被害を未然に防ぎたい。

「この地には古来より神脈が流れています。それを利用した大規模な構築と更新と考えられ、現在もその仕組みについて調査と研究が行われています」

 風森の神殿同様に、軽く見積もっても1000年は存在している。遺物を失っても牙獣の王冠の山脈が存続できたのは、神脈のお陰。本来の定義に基づく妖精達による仕組みであり、更新に不具合が起きないよう見守る為に彼らは牙獣の王冠にいる筈だ。
 大地震が妖精王の仕業ではなく、負の想念によるものなら、彼らの知恵や力を借りられるかもしれない。しかし油断は出来ない。
 風森の神殿の老緑のヴァーユイシャ〈ロカ・シカラ〉から、魔法使いと妖精達の関係について教わった。

〈魔法使いは生まれながらに妖精から愛され、幸福も、不幸も運んでくる。彼らの愛は、生物とは非なるものだ。
 魔法使いの心身崩壊を招き入れるのが彼らの本質。同時に、歩む道を賛美し、報酬を与えるのもまた彼らの本質だ。
 呪と祝福は根本にあるのは一緒であり、どう受け止め行動するかは魔法使い次第。
 生物に近く、遠い存在である彼らの愛をしっかりと見極めなさい。騙されないように、賢く有りなさい。愛を返し、対等な関係を築き、隣人として有りなさい。
 そうすれば、彼らは喜んで君に力を貸してくれる〉

 今のところレフィードと木精しか、太古から定義される妖精や精霊に出会えていないので、ピンとこない所はあるが、心得として記憶するべきだと思い、何度も頭の中で復唱している。

「山脈を超えた中層地帯の原住民の村が存在します。現在、西の村にシング様はそちらで待機されていますので、これからそちらへ向かいます」
「山脈を登り、降りるとなれば、かなりの時間が掛かりますね」

 荷物の点検が終わったリュカオンは山脈を見上げながら言った。休憩を入れて、10時間はいるだろうか。

「はい。ここで、私の能力の出番です」

 そう言ってニアギスは、右手に持っていた茶色のトランクケースを私達の前に差し出した。
 私達がトランクに注目をすると、一瞬で目の前から消え去り、彼の左手へと現れた。
 明らかに手品の類では無いが、この世界での魔術では到底ありえない。

「自称空間魔術です。大よそ世界に存在する物資と生命体を特定の位置へ移動が可能です。原理についてはお教え出来ますが、適正者は私のみ。他者が使えば体内から崩壊、脳の液状化、肉体の四散は免れませんのでお勧めはいたしません」

 ニアギスは簡単に使いこなしている様に見えるが、トランクケースを覆う領域と移動させる領域の2つを作り出した。無詠唱とほぼ同等の速さで2つの術式を発動させたなんて、どれだけ肉体に負荷が掛かっているのか、想像を絶する。

「あ、安全性は……?」

 とんでもない発言ではあるが、それだけ危険な魔術だと私は知っている。ゲーム内で、リティナと攻略候補の魔法使いの会話でその内容に少し触れたシーンがあるからだ。
 空間魔術と結界魔術は似たものの様に解釈されがちだが、全く違う。
 結界魔術は、空気中と自分の魔力を織り交ぜる事で無属性化を行い、見えない柵や壁を作る様なものだ。その為、術者に対する負担は少ない。
 空間魔術は、自らの魔力で小さな世界を構築するようなものだ。その中では絶対的な権限を持ち、思い通りに全てを動かし、魔術等による攻撃を無効化できる。しかし、それは術を継続できたらの話であり、滝の様に膨大な魔力を消費し続ける。攻略候補の話によれば、並みの魔術師では一秒も保てずに気絶するらしい。どんなものかと術式の描かれた本を読んだが、その異常さに思わず燃やした、とも言っていた。
 ゲーム上で扱える人がいなかった。魔力の消費に体が追い付かなくなるのが明白であり、以前のゼノスさんの様に命の危険に晒しかねない禁術と言っても良いだろう。

「術に関しては、旦那様の各結界術式地点へと運ぶ際に使用しております。20年間、無事故の実績がございます。もし非常事態になっても悪影響は術者に全て背負うように設定しておりますので、ご安心ください」

 安心できるのか? と私もリュカオンも疑心暗鬼になる。

「しかし、生命体を移動させるのは高度な技術を要します。そのため、術者を除いて移動可能な定員数は3人までとなります。シング様の帰還も考え、リュカオン殿、ミューゼリア様のお二方のみとなります」
「わかりました。ゼノスには、この場所で待機してもらいます」

 砦に馬車と馬を運び入れていたゼノスに声を掛け、話をした。彼は驚いた様子だったが、私のお願いを聞いてくれた。

「ありがとうございます。何かあった時のことを考え、彼のみを移動させられるようにします。お嬢様、一回触れさせていただきますが宜しいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」

 ニアギスは私、リュカオン、ゼノスの肩を一回ずつ叩いた。おそらくは、それが彼の領域に入っても無事な条件なのだろう。

「一つ、聞いて良い?」
「はい。なんでしょうか」
「手芸用品店での脅しって、あれ本当なの?」
「事実ではありますが、本気ではありませんよ。女性が戦意喪失したのは、空間内に作った幻覚を見た為です。男達は拘束されていただけですので、ご安心ください」

 主人や上の者に対して嘘は言わないのは素晴らしいと思うが、やっぱり物騒だと思った。
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