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第一章 アルカトラからの脱出

19.正義と恐怖と仲間

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 四十二層。

 突如視界に現れたその文字が刻まれた壁は鉄でも鏡でもなく、傷一つないコンクリートだった。重厚さも厳重さも感じない一般的な檻の中。その場所でガジュとシャルルは腑抜けていた。

 ガジュはカナンを一人で倒すつもりだった。自分の実力を確かめる為、仲間に頼らず戦えるという事を証明する為。だが結果としてカナンには遠く及ばず、シャルルが【投獄】でテレポートをしてくれなければ間違いなく死んでいただろう。こうなればシンプルに感謝を述べておくのがガジュという人間だ。

「本当に助けてくれたのか……。ありがとな、シャルル。」
「シャルは、シャルは正義の味方です。常に正しきものを助け、悪しきを罰します。それは、それは揺るぎません……。」

 精神がズタボロだからなのか、それとも例のメガホンを持っていないからなのか。シャルルは理性こそ取り戻しているようだが、前回のような気迫は失ったまま。忌まわしき大声が消えていることもあり、ガジュは極めて冷静にシャルルへ情報を伝えていく。

「いいか、どこまで意識があったか知らないが、今アルカトラは大変な状況だ。大量の囚人が脱獄し……ってまぁこれは俺が悪いんだが、別に悪気はないし犯罪者は捕縛するつもりだしなんなら看守長が一番悪い……あぁもう説明が難しいな!」
「大丈夫、大体分かってます。カナンはお喋りなので散々聞かされました。貴方が無実の罪で投獄された事も、脱獄に成功したというのにシャルを助けに来てくれた事も。ありがとうございます。」
「お、おう。メガホンないと意外と落ち着いてるんだな……。」

 淡々と話しながら頭を下げるシャルに若干動揺しつつ、ガジュは檻を壊す。シャルルのお陰で取り敢えずの脅威は逃れたが、別に状況は変わっていない。話しながらでもいいから逃げなければ。そう思ってガジュが檻の扉を開いた時、彼の首元に何かが巻きつき、甘い匂いと共に大きな体は地面に倒れ込んだ。

「貴方が投獄されたのは冤罪だったかもしれませんが、今は違います。理由はともかく公共物であるアルカトラを破壊、囚人No.1とNo.5346を脱獄させた罪があります。正義と秩序に従って、貴方を捕縛します。」
「くっそ、やっぱ嫌いだお前の事!この正義の奴隷め、離れろ!」

 例のごとくこの階層も照明は全力全開。【闇の王ナイトメア】はろくに機能していないが、所詮相手はただの幼女だ。武器もない幼女に負けるほどガジュは弱っていない。纏わりついたシャルルを軽く振りほどき、彼女を睨みつける。

「いいか、冷静に物事を考えろ。キュキュもユンもちゃんと調べたらそこまで悪いことはしていないはずだし、これに乗じて脱獄してる他の犯罪者もあの二人が足止めしてくれてる。俺含め有象無象の犯罪者を裁くのはいつだって出来るだろ。今一番やるべきは、間違いなくカナンを倒す事だ。」
「……カナンが悪人なのはシャルも分かっています。看守は囚人に過剰な暴力を振るってはいけません。彼のやっている事は立場を利用した犯罪行為です。」
「じゃあ俺の邪魔をしてる場合じゃないだろ!お前は一体誰を捕らえたいんだ!」
「シャルだってカナンを捕らえたいです!けど……勝てると思えません。正義は、シャルのちっぽけな正義は……巨悪に敵いません。」

 シャルルが信条と現実の間で押し潰され、俯き加減にぼやく。ガジュ達がダンジョンをわちゃわちゃと攻略していた間、シャルルはカナンから相当酷い目に遭わされたのだろう。見た所暴行は受けていないようだが、発見した時の様子からして彼女の最もナイーブな精神的箇所を抉られた。それだけでも幼いシャルルのトラウマを引き出すには十分だ。

 だがそんなことはガジュに関係ない。別に何の許可も取っていないが、ガジュ達の中ではシャルルはもう『クリミナル』の一員だ。
 仲間が怯えれば励まし、仲間が挫ければ手助けする。だからこそそれを行わなず自分を切り捨てたハクアを許さない。多少歪んではいるがそれがガジュの価値観であり、何があろうとそこは揺るがない。

「いいか、シャルル。カナンに勝てる勝てないの話はお前が考える事じゃない。俺に任せろ。条件さえ整えば俺は間違いなく最強だ。カナンが怖いならお前はあいつの顔すら見なくていい。だから手を貸してくれ。悪には手を取り合って立ち向かうのが、正義ってもんだろ。」
「う……シャルは、シャルは……。」
「いいか、十二も年上のジジイからの助言だ。迷ったら仲間を頼れ。お前は囚人看守で囚人にも看守にも味方がいなかったのかもしれないが、少なくとも俺とお前は……今仲間だ。」

 ガジュは長い間荷物運びとして自我を捨てパーティに尽くしてきた。その上で捨てられ、檻に入れられた。誰よりも仲間の事を考え裏切られたからこそ、新たな仲間を自分が見捨てる気はない。二重人格で暴れ出そうと、素性を明かさず笑っていようと、正義に狂って怯えていてもだ。

 差し出した手に小さな手が重なり、二人は何度目かの戦いに赴いていく。
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