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第二章 ユギ村の災害
24.シチューが美味しすぎる
しおりを挟む「これがハニカムシチュー……。美味しい!美味しいねこれ!」
ガジュは別に人生経験が豊富な方ではないが、今以上に狂った状況は世界にそうそう発生しないだろう。
ダラ宅の広い長机を挟んで、右にガジュ、ユン、キュキュ、シャルル。左にハクア、レザ、ラナーナ。追放した側とされた側が食卓を囲み、仲良くシチューを食べている。
「はっ、こんなもん不味いに決まってんだろ。余所者は舌まで狂ってやがんのか。」
「えーっと『どうだ、美味しいだろ!他所から来た人は食べたことのない味のはずだ!』だ!」
「すみませんすみません。こんな美味しいものを私なんかが食べてしまってすみません。汚らしい犬が食べていい美味しさではないですこれは。そうだ、犬は犬らしく這いつくばって皿でも舐めましょうかそうしましょう。」
「やばい!シャルちゃんキュキュちゃんを止めるんだ!シチューが美味しすぎてネガティブが爆発してる!」
「何故シャルがそんな事を……。落ち着いて下さいキュキュ。法には触れませんがモラルに反しています。」
『クリミナル』の面々とダラがごちゃごちゃと喚きながらシチューを貪る。キュキュに関しては既に五杯を平らげているが、そんなことはガジュにとってどうでもいい事だ。大事なのは、目の前にいる男である。
「まさかアルカトラを脱獄してるだなんてな……。何をどうやったんだ一体。」
「話すと長くなるが聞かせてやろうか?その途中でお前の首元を掻き切るかもしれないがな。」
「やれるものならやってみろ。俺の【魔法剣】がお前の腕を切り落とすだけだ。」
ガジュとハクアが互いを牽制するように睨み合い、シチューを口に頬張る。まさに一触即発。その状態になだめているのか、水を差しているのか微妙なテンションで、ダラが本題を切り出す。
「お前らの因縁はどうでもいいからな、今はこの村の危機について説明させて貰う。ユギ村北西にある山の中にスノアスキュラが出現し、二ヶ月もの間極夜を引き起こし大量の雪を降らせている。この状況を危険視し村長たる俺は冒険者協会に支援を要請。そうしてハクア達『カイオス』が派遣され、そこに偶々ガジュ達『クリミナル』も居合わせた。」
「どういう偶然なんだよ……。」
「流石のお前も計算外だったようだなレザ。怖くて堪らないだろ。お前らが追い出した男がアルカトラを脱獄して目の前に現れてるんだもんなぁ。」
極めて不満げに言葉を吐いたレザにガジュが嫌味を差し込み、『カイオス』の面々の顔が曇っていく。ガジュからすれば最高の偶然、ハクア達からすれば最悪の偶然だろう。ガジュはそのまま居心地の悪そうな三人組に言葉を重ねていく。
「お前らは黒曜等級になるんじゃなかったのか?なんでこんな辺境の村にまでクエストに来てるんだよ。災害種と言ったって天下の『カイオス』様じゃ役不足だろ。というかどうして三人しかいないんだ?俺より優れた仲間は見つからなかったのか?」
「俺達は……試練の迷宮攻略に失敗した。だが別にお前を追放したことを後悔してはいない。むしろお前より優れた仲間なんていくらでもいるからな。選ぶのに困ってるんだ。」
「よくもまぁそんな口が叩けるな。ラナーナのその怪我、試練の迷宮で負ったんだろ?」
ラナーナの左腕は包帯で固定されている上、着ているローブも不自然に膨らんでいるから中も相当包帯を巻いているのだろう。ハクアの体にも傷が見えているし、彼らの試練の迷宮攻略は散々なものだったはずだ。
試練の迷宮へ行くためにガジュを追放したにも関わらず、攻略に失敗し重傷を負っている。ガジュからすれば面白いことこの上ない状況である。
「いいか、俺は今ここでお前らを殺さない。ここで殺してもただダラに迷惑をかけアルカトラに逆戻りするだけだからな。だが俺はお前が叩き込んだあの檻で仲間を見つけた。お前らとは違って固い鎖で結ばれた信頼できる仲間達だ。スノアスキュラを討伐するのは……俺達だ。」
ガジュはそれだけを言い残し、シチューを平らげる。ハクア達が黒曜等級になっていないということは、ガジュ達も復讐のために黒曜等級を目指す必要はない。だが冒険者になって社会的地位を上げておくことで復讐の幅が広がることは事実。
席を立ち、家から出たガジュを誰一人追いかけることもなく、ガジュの元仲間と現仲間はシチューを食べ続けた。
「ダラさん!シチューお代わり!ユンちゃんこれいくらでも食べれるよ!」
◇◆◇
「ハクア、レザ……。本当にあれでよかったの?ガジュを追放したのはあんた達の意思じゃないんでしょう?早いうちに謝れば……。」
しばらく後。『カイオス』の三名が戦闘の準備をしていると、先ほどの食事会で沈黙を貫いていたラナーナが困り果てたように問いを投げかける。それに答えるハクアの瞳は、既に覚悟に満ちていた。
「駄目だ。あそこで謝ってもガジュはきっと許さないし、何より危険な事態に繋がりかねない。俺達は恐らく誰かに操られてガジュを追放した。それがどういう目的かも誰の仕業かもわからない以上、下手にガジュと和解するべきじゃない。」
「僕もハクアに賛成だよ。この件の犯人がわかるまでは僕達は悪人を演じるべきだ。僕達が和解してしまえばまた操られる可能性があるし、犯人の目的によってはガジュや僕らが殺される可能性だってあるんだ。」
ハクア達は何者かに操られ、ガジュとの決別を余儀なくされた。恐らくこれは疑いようのない事実だ。その目的は『ガジュをアルカトラに収容すること』『カイオスを解散させること』など色々と考えられるが、これらの目的が遂行されないとなれば犯人は更なる強硬手段を選びかねない。
ハクア達を操った犯人の思惑が分かるまで、犯人の思い通りに事が進んでいるように見せかける。
それがハクア達の出した結論だ。
「アルカトラから脱獄してきた事には驚いたが……ガジュの言う通り彼らの地位が上がらないことには俺達に危機は迫らないはずだ。俺達が今やるべきことはあの四人を無力な脱獄囚のままにしてくこと。それ以外にない。」
「その為にも……スノアスキュラを死ぬ気で討伐しよう。」
降りしきる雪と共に、二つのパーティの思惑が交差していく。
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