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第三章 冒険者になろう

56.幽霊塔

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「ガジュ!いくらなんでもやりすぎです!操られた人達がいるから、という話はどうなったんですか!そもそもここは塔ですよ!?大量殺人でもするつもりですか!」
「いや、悪かったって。ちょっと楽しくなっちゃったんだよ。けど安心してくれ!この通り、全員無事みたいだぞ!」
「「シンにゅウしゃ、ハイじょ!」」

 力任せに拳を振るったが、運よく塔は壊れなかったらしい。案外丈夫な作りをしていた塔の階段から複数の住民達が駆け降り、ガジュ達に襲いかかってくる。
 すぐに五人の体に纏わりついた彼らをガジュは手早く振り払い、シャルルを小脇に抱える。

「おいユン!作戦通り俺達はこのまま上を目指してバーゼを叩き潰してくる!こいつらはお前達に任せたぞ!」
「はいはい、任せておきなよ。なんだかんだきっちり仕事するのがユンちゃんの良いところだからね!いくよキュキュちゃん!」
「は、はい!が、頑張ります!」
「シャル~!気をつけてな~!」

 一階で手を振るクルト達を尻目に、ガジュは足に力を込めて飛び上がる。案の定塔の中はかなりの暗闇。ちまちまと階段を登るより【闇の王ナイトメア】で全てを壊しながら登った方が断然早いだろう。一階の騒動は三人に任せておけば大丈夫だ。クルトはともかく、ユンとキュキュは操られただけの一般人に負けるような手合いではない。勿論操られた人々の中には戦闘の心得がある者もいるだろうが、そういう人間はもっと上、バーゼの護衛役を仰せ使っているはずだ。

「ガジュ、バーゼのスキルは一人を操っている時は他の人間を操れないって話だった気がするんですが、どうして一階の人達は一斉に操られているんでしょうか。」
「確かにそうだな……。奴の勘違い、って線もありえるが、俺がスキルを誤解していたのは、自分のことをずっと雑魚だと思って夜以外戦わなかったからだ。それに対してバーゼはあの日記の書き方からしてもかなり熱心に自分のスキルを研究していた。流石にそんな馬鹿げたことはしてないだろう。」
「あり得るとすれば、キュキュのように何故か複数スキルを持っている。あるいはカナンのように根本から違うスキルなんでしょうか。スキルが進化した……なんて事例は聞いたことがありません。」
「う~ん。まぁ考えても仕方ない。取り敢えず、ぶっ放せば一緒だ!」

 ガジュは天井を突き破りながら一瞬で高層階へと到達し、最上階の床を這い上がる。ここまで通ってきたただ暗いだけの部屋とは違う。人間本来の悪臭と、籠った空気。間違いない、ここがあの引きこもりの部屋である。

「よぅバーゼ。『中に入ることすら叶わないからね。』だったか?どうやらお前の見立ては甘かったらしいな。お前の大好きな秩序とやらを、乱しにきてやったぞ。」
「ふひひ、ふひひひひひ!これだからパワー馬鹿は笑えるよ。僕が本気でそう言っていたと思ってるのかい?秩序を乱し続ける君がここまで来るのは想定内さ。さぁ、行こうか僕の下僕達。」
「「バーぜサマヲ、オマもりいタシます。」」
「はっ、お前がそうするのは……こっちも想定内だよ!」

 案の定、階段やタンスなど様々なところから現れる洗脳された住民達。その手には剣や槍など思い思いの武器が握られ、どの住民にしても鎧や軽装など明らかに戦闘慣れした服装をしている。

 ガジュは彼らから素早く距離を取り、抱えていたシャルルをそこらに放り捨てて拳を構えていく。

「五歳までしかここにいなかったお前に聞くのもなんだが……こいつらに見覚えはあるか。」
「ありません。ですが服装には見覚えがあります。軽装の方はイリシテアを中心に活動している冒険者達、鎧の方はイリシテアの自警団ですね。全員戦闘向きのスキル持ちか、魔力持ちです。」
「了解。まずは手分けしてこっちを無力化するぞ。バーゼはあくまで管理者だ。カナンと同じように、手駒を無くせば簡単に叩き潰せる。」
「くれぐれも……調子に乗って殺したりしないでくださいね!」

 シャルルが前に飛び出し、一番先頭にいた冒険者二人をめん棒で軽く殴る。その瞬間、二人の姿はその場から消え失せていた。

 触れるだけで相手をワープさせる。

 やはりシャルルの【投獄】は相手を傷つけずに無力化するという点において最強だ。だがシャルルはスキルこそ優秀ではあるものの、戦闘初心者。冒険者や騎士などを相手にすれば、めん棒を当てることすら難しいはずだ。
 ガジュのそんな想像は的中し、シャルルはあっという間に騎士達に囲まれてしまっていた。その様を確認し、ガジュは素早く支援に入る。

「シャルル!俺がこいつらをお前に向かって投げる!お前はそれを【投獄】でどっかに飛ばせ!」
「ちツジョみだスもの、すばヤクハいじょ。」
「かかってこいよ操り人形共。暗闇の中での俺にかかれば、お前ら如き一捻りだ!」

 何かしらのスキルを使用したのだろう。騎士の剣に炎が纏い、ガジュの右肩を掠めていく。この手のパワータイプは足元が弱い。ガジュは姿勢を低くして脛を蹴り、姿勢を崩した騎士の背中を掴んでシャルルに放り投げる。
 屈んだ体制からガジュは地面を勢いよく蹴ってもう一人の騎士に接近。こちらの騎士のスキルは防御型だろうか。大きな殻のようなものに閉じこもってはいるが、この程度ガジュからすればガラスのようなものだ。全力を込めて殻を叩き割り、中の騎士を引き摺り出す。

「せイメいのコンげん、イふのミナもと、ダイちのセイレいよ。わレトのメイヤくにオウじ、すべテヲうチクだけ。」
「はっ、片言でも精霊さんは反応してくれるんだな。だが魔法のチョイスが悪い。岩なんざ、なんのダメージにもならねぇよ!」

 巨大な岩石が狭い部屋を埋め尽くし、細かい礫となってガジュの体に降り注ぐ。重々しい攻撃は地面を揺らし、シャルルなどはその場に立つことすらままならず膝から崩れ落ちていた。

 だが、ガジュにとっては小さな問題だ。

「うっ、ガジュ……!大丈夫ですか!?」
「勿論。今の俺は、この程度じゃくたばらねぇよ。」

 突き刺さった岩を筋肉の隆起で打ち砕き、ガジュは魔法を放った冒険者の首根っこを掴む。そのまま細い体を担ぎ上げ、シャルルに投擲。それをバッチリシャルルが【投獄】し、先ほど投げた二人も含めて皆がその場からいなくなった。これで、雑魚は片付けた。

「さぁ、もうお前の下僕は全部片付けたぞ。バーゼ、いよいよラストバトルと行こうぜ!」
「ふひひ……。乱暴な奴だな。ただ思いのままに暴れ回り、秩序を乱す。最悪だよ……こんな奴の為に、僕が動かなきゃいけないだなんて。」

 不適な笑みを浮かべながらバーゼは盃のような小道具を取り出し、勢いよくそれを口に入れる。その直後、バーゼの細い体は歪な形状に変化していった。

「君達はこの世界の理を知らないんだ。秩序を乱すものには絶望を。はいつだって、僕達の味方をしてくれる。さぁ行こうか、【秩序の管理者テンパランス】の本領発揮だ。」

 両手に持った盃と、頭の冠。奇妙な見た目になったバーゼの様子に、ガジュの額には気付かぬうちに汗が伝っていた。
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