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第三章 冒険者になろう

58.正義の執行者

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「ガジュ……前に言っていましたよね。迷ったら仲間を頼れ。シャルは正直言って今どうすればいいのか分かりません。シャルが【投獄】でお父さんとお母さんをどこかに送れば一発なのは知っています。けれどシャルの心がそれを許してくれません……。だから、シャルの仲間達にそちらは任せます!」
「ふっはっはっ!安心しろシャルル!吾輩はいつだってシャルルの味方だ!」
「多分クルトちゃんは期待されてないと思うよ?」

 四人の足元にある印。シャルルがこの場を去る前に描いたものだろう。ガジュの予想通り、シャルルは逃げたのではなく階下のユン達を呼びに行ったのだ。全員揃えば何とかなる。『クリミナル』の面々はアルカトラを出てからの数日で、皆それを確信している。

「ガジュとご両親は僕らに任せなよ。殴る以外の選択肢を持たないガジュと違って、僕は万能だからね。ついでにシャルルちゃんみたいな人情もない!僕は誰が相手でも躊躇しないよ!」
「流石に丁重に扱ってやれよ……。犯罪上等といえど死体を傷つけるのはモラル的にNGだ。」
「分かった分かった!任せておきなって!ノロノロ!クルクル!」

 ユンが続け様に魔法を放ち、バーニュ夫妻の移動速度が劇的に低下する。先ほどキュキュに蹴られた事で多少のダメージは食らっているようだが、所詮は屍。ただひたすらにガジュを攻撃しようと体を起こしていたバーニュ夫妻の体に、魔法で作られた縄が縛り付き、ものの数秒のうちに夫妻は完全に無力化された。

「さっ、ガジュは吾輩達と一緒に下へ下がるぞ。ここに居ると……鼓膜が壊れるからな。」
「い、行きましょう!【強化】!」
「仕事はしたし、僕もにーげよっと!シャルちゃん!やることは一つだよ!」
「しっかりやれよシャルル!お前なら勝てる!あんなクソ野郎は豚箱にぶちこんでやれ!」

 クルトとキュキュがガジュの巨躯を担ぎ上げ、シャルルを除いた四人は一斉に塔から飛び降りる。ここからは、シャルルの番だ。

 シャルルはガジュ達がその場からいなくなったのを確認し、持っていたメガホンを口元に近づける。ガジュに禁じられていたからずっと使用していなかったが、悪を裁くにはこれが必要だ。シャルルの心は昔から弱いまま。正義感だけが異常で、声を上げる勇気もない。だがこれさえあれば、小さな声でも正義を唱えられる。

「バーーーゼーーーー!!!秩序の為に全てを捨て、悪逆非道の行いを繰り返す貴方のような輩は!!!シャルが成敗しまーーーーす!!!」
「ふひっ、うるさいな……。」

 シャルは全力で叫び、狼狽えるバーゼの元へ突撃していく。この部屋にある印は一つだけ。まともに【投獄】は使えないが、陰鬱な悪党一人裁くには十分だ。

「あぁ愛すべき妹よ!君まで僕の秩序を乱すんだな!いいさ、かかってくるといいよ!僕は、僕は【秩序の管理者テンパランス】だ!」
「知りませーーーん!!!シャルは、シャルは正義の執行者でーーーす!!!」

 どこからともなく湧き出てくる無数の屍達。両親以外にもイリシテアで死亡した人々を片っ端から操っていたのだろう。屍達はシャルルを取り囲み、バーゼへの道を阻んでくる。

 だが、大量の人々達を管理するのはシャルルの得意分野だ。

「全員並えーーー!!!シャルの為に、道を開けなさーーい!!!」

 シャルルの声が空気を震わせ、屍達が硬直する。シャルル自身特に意識していたわけではないが、大声というのはバーゼに対する最大の妨害行為なのだろう。【秩序の管理者テンパランス】は人を細かく操作する力ではない。操った対象の脳内に指示を出し、それに従わせる力。それ故に、全てをかき消す大声には滅法弱い。
 酷く混乱したように尸達は動きを止め、兄妹の間に道が開かれる。

「あぁもううるさいな……。役に立たない下僕達だ。ふひひ、けどいいさ、かかってくるがいいよ!所詮僕の愛すべき妹は十三歳の少女。僕は確かに引きこもりだが筋肉がないわけじゃないんだ。要は愛すべき妹に触れられなければいいんだろう?それぐらい、楽勝だよ!」

 一時撤退。バーゼの方針が大きく変わり、階段から塔を駆け降りていく。バーゼの言う通り、シャルルの身体能力は並以下。体が小さいこともあって、同世代と比べてもかなり劣っているだろう。だが、シャルルはずっと暴れる仲間を側で見てきている。

 体全身に力を入れるのではなく、踏ん張りたい部位に集中して。例えそれが攻撃ではなかったとしても、ありったけの感情を込めて筋肉を奮わせる。ガジュのあの動きを真似すれば、引きこもりに追いつくことなど簡単である。
 同じ暗がりに閉じ込もっていた身であれど、シャルルは看守としての仕事をこなしてきている。

「バーゼーーー!!!確保ーーー!!!」

 手に持っていためん棒を振り回し、シャルルはバーゼの細い尻を殴打する。その瞬間、辺りの屍は動きを止め、イリシテア全体が落ち着きを取り戻していった。
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