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第四章 犯罪者共は学をつける

78.何も知らない魔道士

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「げ、一対一で戦わされるって聞いたけどあたしの相手この子なの……。まぁ変人と子供に比べたらマシ?いや果たしてマシなのかしら。」

 山中の一角。少し開けた場所でラナーナとキュキュは対面していた。彼女の言う通り、『クリミナル』の中から誰か一人を選べと言われれば、キュキュが一番マシな選択だろう。ガジュは言わずもがな、ユンは底が知れないし、シャルルに関しては幼すぎて戦闘するのは心苦しい。その点キュキュはある程度大人で、陰鬱な雰囲気にさえ目を瞑れば戦うのに躊躇する要素はない。

「す、すみませんすみません。私みたいな犬畜生、あ、それも違うんだっけ……。何にせよ私のようなゴミカスが相手で誠に申し訳ありません。」
「そんなに謝られても困るわよ。どうせあんたもあたしもリーダーの思惑に巻き込まれてるだけなんだし。」
「は、はい。すみませんすみません。ガジュさんから『死んでも負けるな』と言われているので、が、頑張ります。」
「ふふっ、それ、あたしもハクアに言われたわ。まぁあたし個人としても負けるのは嫌だし、本気で行かせてもらうわよ!!!」

 ラナーナが羽織ったローブを放り捨て、長い髪を振り乱す。ここで獣人がどうこう言ってこない辺り、彼女はやはり善人。キュキュも改めてその事実を認識し、木剣を抜く。
 自分の素性が多少分かったにしても、まだ完全にコントロールできた訳ではない。ベストは別人格を出現させず、キュキュがキュキュであるうちに倒す事。それを念頭に置き、走り出す。

「スピード型の剣士タイプ……。間合いを取らないと一瞬で持ってかれそうね。風の精霊よ!その高潔と知性に満ちた聡き魂を呼び覚まし、我が魔力を糧として翼を授けろ!蒼風の翼エアロ・ブリーズ!!」

 長い詠唱の間にキュキュが一瞬で距離を詰めラナーナの腕を叩こうとすると、何とか魔法が発動され魔導士の体が空を舞っていく。
 人より早く、鳥のように。スキルでもなければ実現できない芸当を簡単に実現できるのが魔法の強みだろう。
 魔力がある限りは無限に多種多様な力を使えるが故に、冒険者がパーティを組む上で魔道士の存在は必要不可欠とされている。

「並の魔道士なら一、二種類の精霊しか使役できないけど、あたしは違う!あたしの魔力はとびきり美味しいから、使役している精霊も大量。万能さなら誰にも負けないわ!!立て続けにいくわよ!炎の精霊よ!その破壊と暴力に満ちた粗悪な魂を呼び覚まし、我が魔力を糧として万物を焼き尽くせ!憤怒の獄炎イグナイト・フィアー!!!」

 地面から噴き上がる無数の炎の柱。あまりにも唐突で広範囲に及ぶその攻撃を完全に回避することはできず、キュキュの栗毛の先端が焼き切れる。
 やはりこの戦いは圧倒的にキュキュが不利だ。【強化】の対象に自分は選べないし、この一ヶ月で体術を磨いたとはいえスキルも魔法もないただの少女が勝てるほどラナーナは甘くない。

 亜人としての卓越した身体能力だけでは越えられない魔法の力。それを痛感し、キュキュの顔がどんどんと引き攣っていく。

「あぁ……頼まれた勝負にすら打ち勝てず、ただこの身を焦がすのみの愚か者。一撃も与えられず、回避も敵わない。弱きことは罪であり、贖罪こそが義務でしょう。」
「はぁ……?急に目の色変わってどうしたのよ。魔法は使ったけどちゃんと手加減はしたわよ?」
「全てに贖罪を、破壊こそが唯一の道!!!」

 案の定キュキュの第三人格が発現し、左腕が黒いモヤへと変わっていく。こうなればもう止まらない。巨大な鎌へと姿を変えたモヤは、そのまま何も知らないラナーナへと切り掛かる。

「何々!?急にテンション変わりすぎでしょ!あーっと、岩の精霊よ!その力と意志に満ちた強固な魂を呼び覚まし、我が魔力を糧として全てを受け止めろ!神羅の強盾ロキア・カンムラ!!!」
「あぁ……またも裁きを防がれる。この程度の壁すら打ち砕けないとは何たることか……!」
「鎌の次は槌!?何なのよこの子は一体!」

 巨大な岩の盾を辺りに浮かべ、ラナーナは逃げ惑う。第三人格となったキュキュに手加減という言葉は存在せず、ただ目の前にいる敵を殺そうとするだけ。さらに戻す方法はチョココロネを食べさせるか完膚なきまでに叩きのめすしかないため、これが模擬戦である以上ラナーナが勝つ方法は存在しないに等しいだろう。

 しかし、そのことを一番よく分かっているのはキュキュ自身。こういう場面を何とかするために、一ヶ月間の鍛錬を積んだのだ。ガジュが打ち勝つべきはハクアだが、キュキュが打ち勝つべきはキュキュ自身である。

「……あ、あの!もっと、もっと落ち着いてください。わ、私は、人を殺したくありません!」
「忌まわしき罪を背負った我が身は静かにしていろ!私は贖罪を果たすのみ、そこに情など存在しない!!!」

 首を振り回し、ギャアギャアと言い合いを始める。自分自身と喧嘩をするその珍妙な動きに、ラナーナは絶句していた。
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