追放投獄全部乗り越えて復讐を、執着無双の脱獄者〜夜だけ最強?いえ闇の中ならいつでも最強です〜

鮎川重

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第五章 囚人と奴隷は紙一重

104.意味不明の幻影

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「魔法を無詠唱で唱えて来やがるのが最高に厄介だな……。あのダサい呪文が恋しくなって来やがった。」

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。
 小さな体を振り回し、ガジュを殴り続けるユン。その手は多種多様な魔法で彩られ、【闇の王ナイトメア】の効果をフルに発揮できていないガジュでは受け止めるのがやっとである。
 魔法が無詠唱なのはデビルの影響だろう。どういう仕組みなのかは知らないが、幻影は口が効けないため詠唱がなくとも魔法が使えるようになっているようだ。

「ずっと力を隠してるとは思ってたが、まさかここまでとはな。こんなに強いならお前一人でアルカトラ脱出出来ただろ。」

 イリシテアでのサンドワーム戦や、アルカトラ脱獄時のしばらく。ガジュが思いつく限り、ユンが戦ったのは精々その二回だが、そのどちらもユンが本気を出していたとは思えない。

 それは理解していたが……これほど強いとは思いもしなかった。ガジュも一応『カイオス』では闘士を名乗っていた身だ。剣か槍かなどという指標で言えば間違いなく拳を選択するが、そのガジュからしてもユンの戦闘力は桁違いである。
 この細い体のどこにこれほどの筋肉が潜んでいるのだろうか。バッタのように跳ね回り、どんな体勢からでも必ず連携攻撃を重ねてくる。

 そして何よりも恐るべきはこれがあくまでデビルによって作られた幻影だという事である。デビルの幻影は【投獄】や【強化】などのスキル関連は使用できるようだが、本人の戦闘技能的なものは再現不可能なのだろう。ユンはあくまで筋肉をフル活用して戦っているだけで、ガジュも何度か目撃しているあの気怠げな武術は再現されていない。
 ユンお得意の『魔拳』にしてもそう。あれは別に彼女のスキルでも何でもなく、ただユンが編み出した戦闘技法。体全身を巡る魔力をコントロールし、攻防に利用するなどというふざけた芸当が出来るのは、間違いなくユンだけだ。

「『魔拳』がない以上、現状のフルパワーパンチでも綺麗に叩き込めれば勝てるだろうが……。問題なのはスキルか。」

 スキルはこの世の全ての人間が持っている。
 その性能はクルトの【小麦粉の魔術師ダークネス・ブレッド】のように人間の能力の延長線にあるようなしょうもないものから、シャルルの【投獄】のような超常的なものまで多岐に及ぶが、それはユンにしても例外ではないはずだ。
 ずっと隠しているのか、あるいは弱すぎて使う場面がないのか。どちらなのかはガジュの知るところではないが、彼女はこれまでに一度もスキルを使用していない。

 『魔拳』がなくユン本来の戦闘力が発揮されていない分、ユンがひた隠しにしているスキルが唐突に使用される場合がある。ガジュはその危険性を頭の片隅にいれ、拳を握る。

「まぁ考えても仕方ないか。俺に出来ることは、ぶん殴る以外ない!」

 知性もなくただ動き続けるだけの幻影の動きなどいい加減に慣れてくる。ガジュは必死でユンの隙を見つけ、腹部を殴りつける。これぐらいの明るさなら、ガジュの筋力は常人の数十倍はあるだろう。
 拳が命中したユンの体は勢いよく吹き飛び近くのボロ屋を数軒破壊した後、煙となって霧散する。

「さぁデビル!後はお前だけだぞ!幻影を出したいならいくらでも出しやがれ!俺の仲間達がこの世で一番強いからな!こいつらを倒した今、誰の幻影が来てもぶっ倒してやる!」
「くっ……。憎悪が、憎悪が足りない!もっと、もっと憎悪を!」

 全ての幻影を討ち滅ぼし、ガジュが遠くのデビルに向かって雄叫びを上げると、手駒を失ったデビルは一目散に逃亡し始める。
 やはりデビルは他の魔族と比べてもかなり異質な存在だ。自力で戦う術もなく、契約に固執せず暴れ回る。恐らくただ場をかき乱すことを目的としているのであろう。

 スラムの中を煙となって駆け抜けていくデビルを追い駆け、ガジュはアザストの市外へと走り出していた。

「魔族の癖に逃げ足の速い奴だな!明るくもなってきたし……最悪の気分だ。」
「憎悪、憎悪、憎悪!くっ、何か体のいい器はいないものか!!!」

 駒はなく、ガジュに敵う訳でもなく。デビルに出来ることと言えば誰かの体に侵入し、その体を使うことぐらいなのだろう。魔族は人と契約をすることで真価を発揮する生物だが、体を煙状にして入り込むことで人の体を奪う事もできる。まさにガジュがチャリオットにやられた事であるが、デビルはその可能性に賭けているのだろう。

 だが何故アザスト市外を目指しているのだろうか。器を探すならスラム街にいた方が人間は多いはず。魔族が毎回毎回丁度いいタイミングで現れることも加味すると、こいつらは探知系の力も備えているのだろうか。

 ガジュの頭が疑問に包まれた時、視界に大きな屋敷が現れ、クルトが語っていた作戦分担が思い浮かぶ。

「待てよ。あの屋敷って……。まずい!」

 この先の屋敷には奴隷を買い集めている画家がいるとかで、クルトが例の裏商人がいる可能性が最も高い場所として提示していたはずだ。そしてここの捜索にあたっているのは、つい先ほど激戦を繰り広げた幻影のである。

 屋敷の中にいてくれればいいが。
 
 そんなガジュの期待に反して、ユンとキュキュは大勢の奴隷と共に屋敷の前に集まり、何やら話し込んでいた。
 あそこに到達される前にデビルを撃破しなければ。ガジュは必死で煙となったデビルを追いかけるが、相手はやはり魔族。例え戦う力を持たずとも、移動速度では絶対に敵わない。

 デビルはあっという間にユン達の元へと到達し、無警戒な集団の中に飛び込んでいった。

「ユン!魔族だ!そっちに魔族が逃げてる!」
「へ?」
「憎悪!憎悪憎悪憎悪!!!!!」

 必死の声かけも虚しく。デビルはユンの腑抜け顔に突撃し、その黒い煙が消えていく。

 自分が魔族に体を奪われた際は精神力とパワーで何とかしたが、ユンにそんなものがあるだろうか。いやあるとは思えない。幻影ではなく本物のユンが魔族に体を奪われたとなると……事はより一層厄介。加えて空は先ほどまでのスラムと違って快晴だ。一応ユンの横にはいつもの三倍暗い顔をしたキュキュが見えるし、何やら派手髪の女も立ち尽くしている。こいつらの協力を仰いで集団戦を繰り広げたとしても……ユンに勝てるのだろうか。

 ガジュの思考が汗と共に速度を増した頃、やっと辿り着いたユンの足元には、デビルの頭に生えていたものと同じ、小さな角が転がっていた。

「お、ガジュ。どうしたのさそんなに慌てちゃって。ノアちゃんと喧嘩別れでもした?」
「はぁ……?お、おいユン。お前、大丈夫なのか?俺が取り逃がした魔族がお前の方に逃げて、お前の体を乗っ取りに……。」
「あぁ、確かにさっきなんか飛んできたね。憎悪が何やら喚き散らしながら僕に突撃して来たけど、口の中に入った瞬間死んだよ?僕の口そんなに臭かったのかな。」

 最早何が何だか分からない。どれだけ長い時を共にしても、この少女の素性も、戦闘能力も、何なら苗字すら。全てが意味不明である。
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