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第六章 試練の迷宮

119.進化と劣等

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「あぁもう!本当僕らは鎖に縁があるなぁ!」

 一同の体に巻き付けられた鎖。指一つ動かすことが出来ず、ガジュ達はただ身を捩る。
 そしてその隙に、ワールドは長い尾っぽを振り回しこちらに接近していた。

「ハクア!お前が狙われてるぞ!」
「分かってる!障壁!」

 いい加減に魔族と契約した体に慣れてきたのだろう。ハクアがようやく【魔法剣】を発動し、自身の目の前に光の障壁を展開する。しかし、相手はジュノでありダンジョンボスでありワールド。全体重を乗せた蹴りは障壁に真正面から突撃し、全てを打ち砕きながらハクアの体を吹き飛ばす。

「うわぁ……。鎖を【創造】して相手の動きを縛ってからの各個撃破。やることえげつないなぁ。」
「ハクアも心配ですが、取り敢えずユンは逃げましょう。今のユンがあれを喰らったら一撃で死にますよ。」

 そう言ってシャルルが体を転がし、地面に手を触れる。そのまま地面が大きく抉れていき、浮き上がった瓦礫達は上空へと転移しシャルルの体に巻きついていた鎖に降り注ぐ。
 かなり荒っぽい方法だが、流石に瓦礫を喰らえば鎖も千切れるらしく、一番に自由の身となったシャルルは真っ直ぐにユンへ向かっていく。現状の最優先事項は完全に無力なユンの保護。実に正しい判断だが、そんな事はワールドも理解している。

「シャルちゃん来ちゃダメ!ワールドが来てる!」
「あぁもう!面倒くさいですね!」

 即座にシャルルへ突撃していったワールドを回避するべく、シャルルが自身の体を転移。ジャスティスとの契約で能力の汎用性が増したと言っても、彼女にワールドをまともに相手するような身体能力はない。出来ることはただ逃げ回るだけ。
 シャルルは代わりに先ほど吹き飛ばされたハクアの元へ転移し、ガジュの視界の端で意識を失った彼の顔をペシペシと叩いていた。

 だが、こちらには手数がある。今度はキュキュが身を捩り、彼女の体から黒い煙が吹き出し始める。

「わ、私も……契約で色々と強くなったんです。頑張ってください皆さん!」
「諸悪の根源。奴を殺すことは贖罪の極みであろう。いくぞ我が欠片共。」
「協力、調停、協調。三位一体の先に、私達の未来は切り開かれる。」

 キュキュが契約したチャリオットは復活の象徴にして三位一体の象徴。奴との契約によって、キュキュは特別な力を得なかったものの自身の複雑な人格達を完璧に統合する事に成功している。
 三つのスキルをキュキュの意志で使いこなし、柔軟な連携を単独で繰り広げる。派手でもないたったそれだけの変化が、キュキュにとっては大きな変化だ。

 キュキュは【凶化】で鎖を叩き切り、自分の体を【強化】で加速してから、シャルルからユンに標的を変えていたワールドの元へ。そのままワールドの体に軽く触れ、【狂化】でワールドの体の自由を奪っていく。
 相手があまりにも強大が故に、【狂化】は然程意味をなさず瞬時に解除されてしまったが、たったそれだけの時間であってもユンを救出するには十分な時間だ。

「ユ、ユンさん。大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。全然何とかなってるよ。」

 キュキュがユンの鎖を切断し、そのまま肩へ。華麗なステップで後方へと下がり、戦場にガジュだけが取り残される。こうなるとワールドの標的もガジュに定まるわけで、ガジュの間近には赤い拳が迫っていた。

 部屋の暗さはそこそこ。本来であればこんな鎖程度簡単に引きちぎれるが、ガジュは相変わらずスキルを使えないまま。今度は魔族の影響などない純粋な無力感がガジュを襲った時、ガジュとワールドの間にはかつて忌まわしく思っていた白髪の男が割り込んでいた。

「無事かガジュ。俺が契約した魔族、ムーンは敗北の象徴らしい。ずっとお前に劣等感を感じ、操られていたとはいえお前を追放までした俺にふさわしい魔族だろう。だがなあれがあったからこそ、ジュノという新たな仲間にも出会え、そっちの方もいい仲間達に恵まれたんだ。俺の人生に、敗北なんてなかったんだよ。」
「はぁ?こんな時に自分語りかよ。」
「あぁ。過去を克服した俺にもう迷いはない。俺はただお前を守り、力を与えるだけだ。【光の王アポロ】。」

 直後、ガジュの視界は目を覆いたくなる程の極光に晒され、ワールドと共にハクアが姿を消す。一体何が起きているのか。それを理解すべくガジュが音の鳴る方向へ視界を向けると、そこではハクアが高速で飛び回っていた。
 シャルル同様に、【魔法剣】というスキルが単純に強化され【光の王アポロ】というスキルを手にしたのだろう。これまでのハクアの弱点であった魔力の制限が撤廃され、全力の光魔法が放たれていく。高速かつ多彩な連撃。ガジュと対極の力を振り翳し、ハクアはワールドを圧倒していた。

「はっ……。何が力を与えるだよ。そんなに光られたら迷惑極まりない。」

 あの一瞬でハクアはご丁寧にガジュの鎖まで破壊していったようだ。超高速でワールドと殴り合うハクアの真下でガジュは立ち上がり、腕を回す。
 その最中にも、戦況は目まぐるしく変化していた。

「完全無欠の邪魔をしないで。ムーン正義ジャスティス審判ジャッジメント程度に私は倒せない。」
「かはっ!」

 一体どんなルールを押し付けられたのだろうか。上空で剣を振り回していたハクアの口から鮮血が吹き出し、その体が横の壁に叩きつけられる。そのまま地面へと落下したハクアはピクリとも動かず、ガジュがそちらへ駆け寄ろうとした時。その後方で残酷な音が響き始めた。

「な、何ですかこれ!?」
「が、ガジュさん!ユンさんをお願いします!」

 キュキュがガジュの方へユンを放り投げ、残されたシャルルとキュキュの体が激しくぶつかり合う。
 ワールドからすれば、これは戦いでも何でもなくただのボール遊びなのだろう。重力系のルールを押し付けられたことで、戦闘要因である三人がものの数秒で倒れ、広い部屋の中にはただ無力なガジュとユンだけが取り残される。

「あはは……。どうする、ガジュ?正直、勝てる気がしないんだけど。」

 遠くに転がるハクア、シャルル、キュキュの三名。そして足元で弱音を吐くユン。

 絶望的な状況の中で、ガジュはただ拳を握っていた。

「任せとけ。俺はいつだって、闇の中なら最強なんだ。世界だろうが何だろうが、叩き潰してやるよ。」

 いつだって無根拠に、そして乱暴に、闇の中で暴れ回る。やることはずっと変わらない。檻も世界も全て打ち砕くのがガジュである。
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