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報告に参ります。

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琥珀色の液体が、匙からゆっくりと滑り落ちていく。

「こちらは、コーヒーの花の蜂蜜になります」

「コーヒーですか!」

「どうぞ、お味をみてください。」

「ほんとだ…最後にコーヒーの風味がします!」

「そしてこれはオレンジの花の蜂蜜です」

今度は、私の知っている蜂蜜の色よりも若干、色が濃い蜂蜜を掬ってみせる。

「あ、わかります。柑橘の香りがフワッと・・えー!すごい!不思議!」

「どうぞ、全てテイスティングされて、お好みの蜂蜜をお探しください。それでミルクティーを淹れさせていただきますので」

「え!いいんですか?残りも全部、試食しても・・?」

「勿論でございます。もしお気に召すものがなければ、他にもありますのでお持ちします」

「いえ!いえ、あの・・こちらで十分ですっ!」

私がゲルトさんと蜂蜜トークを繰り広げている横で、ジュディ様が呆れながらも優雅にお茶を飲む。

そう、私は再びマルグリット侯爵家でお茶を招ばれている。




前回のお手紙に、本当に伺ってもよろしいでしょうか、と返信したところ、手紙を届けに行ったお使いが、疲れた顔で帰ってきた。

「今週の金曜の午後か来週月曜午前でどちらがいいか、今日中に私に返事を持ってこいと仰せでした」と言うので、金曜の午後をお願いしたのだ。


そして金曜の午後。

どんよりした曇り空の下、マルグリット侯爵夫人から先日よりも熱烈な歓迎を受け、雨が降ってはいけないから、と室内に通された

てっきりどこかのお部屋でお茶をするのかと思ったが、通された先は中庭で、その先にあったのは、大変立派なサンルームだった。

柱もテーブルセットも白に統一されていて、アイビーが柱の一角で生い茂り、淡いサーモンピンクのバラがそこここに生けてある。

お茶会どころか、小さなパーティくらい開けそうな広さだ。

サンルームには窓もあって、過ごしやすいように室温も調整されていた。

その一角に、すでにジュディ様は着席してお茶をしていた。

全体的に色素薄めの美少女と、草花の共演。

まるで妖精のようだ。

キラキラと輝く宝石のようなお菓子たちにも目を奪われていると、こないだお世話になったゲルトさんが、ミルクティーに入れる蜂蜜をどれにするか尋ねてきて、そして今に至る。

やはり侯爵家が開くお茶会は、何もかもが規格外だ。

例えばこの蜂蜜。

うちのお茶会でも蜂蜜を出すことはある。

しかし、このように7種類も出すことはない。

それぞれが小さな小瓶に入っていて、細長い木のトレーに等間隔で置かれている。

今、4種類目の菜の花の蜂蜜をテイスティングしたところだ。

美味しい。幸せだ。

これが、お金持ちのお茶会なのか。

同じ食べ物でも、違いを持たせて何種類も用意する。

いや、お金持ちは、違いがわかるからこそ、何種類も取り揃えるのだろう。

さすが侯爵家の方ともなると、紅茶に入れる蜂蜜ひとつでさえ、大層なこだわりが…

「ミルクティーにしたら味なんてみんな一緒なんだから、どれでもいいのよ」

私の思考を、ジュディ様がバッサリと叩き切る。

「ちなみにジュディ様ならどの蜂蜜を選びますか?」

「選ばないわよ。ゲルトに任せてるから。そんなのに時間かけるなんて、無駄なことしないわ」

無駄なこと、と言われたゲルトさんを仰ぎ見れば、ニコニコとした笑顔を向けてくる。

よかった、気にしてないみたいだ。

でも、ジュディ様の言う通り、選ぶのに時間をかけては、ゲルトさんのお仕事の邪魔になる。

「どの蜂蜜がいいのか、私選べなさそうで…私も、ゲルトさんのおすすめの蜂蜜でお願いしてもいいでしょうか?」

「勿論でございます。それでは私はミルクティーを淹れてまいりますが、よろしければ、他の蜂蜜も是非、味をお試しください」

「いいんですか…!」

嬉しい。

ラベンダーの蜂蜜の味も、ためしてみたかったのだ。

ゲルトさんがミルクティーを淹れに離れると、私は早速、ラベンダーの蜂蜜を手に取った。

「それで?その後どうなの?」

ジュディ様に話しかけられて、慌てて小瓶を元に戻す。

「あ、はい。それがなかなかうまくいかなくて…」

「でしょうね。あなたじゃ役不足ですもの。」

「せっかくご教授頂いたのに、申し訳ありません」

「最初から期待してないわよ。」

成果を報告できないのが申し訳ない、と思いつつ、ラベンダーの蜂蜜の小瓶に手を伸ばす。

よし、今度こそ…

「ところで、もうすぐお兄様が帰ってくるの」

中途半端に伸ばした手をまた引っ込めた。

お兄様?

マルグリット侯爵家は、代々王族を一番お側で守る、騎士の家系だ。

ジュディ様のお父様は近衛隊隊長を務めている。

マルグリット侯爵家のご嫡男は、今は王宮騎士団に所属されているのではなかったかしら。

「ええと、確か王宮騎士団にいらっしゃるんでしたっけ?」

「そうよ」

ジュディ様を見ると、ジッとこちらを窺うような視線を向けている。 
  
「今日は半日で終わると言っていたから、間も無く帰宅するはずよ。どう?会いたい?」

ジュディ様に、何かを試されている気がする。

彼女とのお茶会は、いつもスリリングだ。

思い当たるものがないか考えてみたが、結局よくわからなかった。

「ええと・・」

お邪魔してます、とか、お世話になっています、とか、一言ご挨拶した方がいい、ということだろうか。

予定になかったので、例によって手土産を準備していない。

今後は、何かしら手土産を馬車に常備しておくべきなのかもしれない。

「会いたくないの?別にいいのよ?私は。遠慮しないで?」

ニッコリ笑うジュディ様。

目が笑ってない。

「すみません。あまりよく存じ上げなくて・・お会いした方が、いい感じでしょうか?」

そう言うと、ジュディ様が呆気にとられた顔をした。

「あなたまさか、知らないの!?ディフィート兄様を!?」

ディフィート・・どこかで聞いたような・・あ!

「もしかして、御前試合で優勝された方!?」

あわわわわ、しまった。

ジュディ様のお兄様は、超有名人だった。

王宮騎士団のディフィート様と言えば、国内にあるどの騎士団の騎士の中でも圧倒的な強さを誇り、そして何よりすごい美形だと、クラブのご令嬢達が色めき立っていた。

確か、近衛入り間近とも噂されていたはず。

そのディフィート様が、マルグリット侯爵家のご嫡男だったのですね・・

「す、すみません、すみません!ジュディ様のお兄様だったのですね!失礼いたしました!」

「本当に?今知ったの…?」

訝しげに私を見ていたジュディ様だったが、気を取り直したように再び口を開いた。

「それで?どうなの?会ってみたいというなら・・」

「あ、いえ結構です」

「え・・な、なぜ!」

なぜ、と言われても・・

「それは・・ジュディ様に会いに来たからです」

だって今日はまだ相談を聞いてもらっていない。

ここに居るだけで、師匠から見習えることは沢山ある。

それに、ラベンダーの蜂蜜も味見できていない。

更に言うなら、このお茶菓子も食べたい。

ジュディ様は悔しげに下を向いた。

ど、どうしよう・・ジュディ様の課した試練に、私は失敗したのだろうか。

「お嬢様」

カチャリ、と音がして、気づくとゲルトさんが私の前にミルクティーをサーブしてくれていた。

「お友達を試すような真似をなさるのは、いかがなものかと思いますが」

ジュディ様が、ゲルトさんをキッと睨みつける。

「これでお分かりでしょう?レイリア様は、本当にお嬢様にお会いになるために、いらしているのです」

「・・・うるっさいわね!」

何だか険悪な雰囲気になってしまった。

やっぱりお会いした方が良かったのかな…

でも面識ないし…

そこまで考えて、唐突に思いついた。

も、もしかして、兄自慢したくて、私にお兄様に会わせたかったんじゃ・・!

しまったー!

「あの、すみません!会いたいような気がしてきました!…ジュディ様さえよければ、是非会わせていただいて・・あの、手土産もなくて申し訳ないんですが・・」

「…いいわよ、無理しなくても」

プイッと横を向いたジュディ様の耳は、なぜか真っ赤になっていた。



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