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婚約者が帰らせてくれません。

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「ほーら、入って入って!」

前方から、ガチャッとドアを開ける音がする。

必死に足を突っ張るが、何の抵抗にもならず、ズルズルと押されていく。

拉致!・・拉致される!

神様!我儘なんて企ててゴメンなさい!迷惑かけようとしてゴメンなさい!ゴメンなさい・・!

涙目の私が、神への謝罪に全振りしていると、唐突に、背を押す手が離れた。

ズザッ!

バタン!

「グエッ!」

「ヒッ!」

「ちょっ!やめっ」

「落ち着け!お、落ち着けって!」

引かれていた手もいつの間にか離れていて、気づくと私の体は進みを止めていた。

怖々振り返ると、さっきまで私を取り囲んでいた騎士さん達が遠巻きになって青褪めている。

足元にも騎士さんが1人、大の字に寝転んでいた。 

え…何が起きたの?

その騎士さんたちと私との間。

私に背を向けて立っていた騎士が、ゆっくり振り返る。

あ、やっぱりアマンド様だ…と私が気づくのと、彼が足早にこちらに歩いてくるのは同時だった。

怖い顔をしたアマンド様は私の手を掴んで、そのままズンズンと詰所に入っていく。

詰所の中には数名の騎士がいたけれど、皆一様に顔が引き攣っていた。

「奥を借りるぞ」

「あ、ああ。どうぞごゆっくり」

私は手を引かれたまま部屋に入った。

そこは休憩所になっているらしく、小さな応接セットも置いてある。

私を中に入れると、彼は後ろ手にドアを閉めた。

彼の息が荒い。

こめかみから、汗も垂れていた。

「あの、アマンドさ」「なぜ」

私を遮って、アマンド様が鋭く声を上げる。

「なぜここに来た、レイリア」

声は抑えているけれど、怒ってる…

「今まで、1度も来たことはなかっただろう」

ここに来られると迷惑だと、言外にハッキリ言われた気がした。

さっき怖い思いをして、今アマンド様の怒気に当てられて。

一度引っこみかけていた涙が、またぶり返してきて涙目に戻る。

「別に、婚約者なんだから来たっていいでしょう!」なんてイメージ通りに言い返すこともできなくて。

「…ごめんなさい」

思ったより小さな声になってしまった。

「…手を出して」

来なきゃよかった。

俯く私に、「レイリア、手を出して」と彼が重ねる。

おずおずと両手を出すと、裏表ひっくり返しながら念入りに見られる。

「手首のところ、赤くなってる。他は?どこ掴まれた?」

赤くなった所をさすりながら、私の目を覗き込んで確認される。

「あとは、背中を少し押されたくらいで、あんまり覚えてない」

「背中も見せて」

見せてと言われても、服の上からだから見てもわからないと思う…

一応背中を向けると、服の上からペタペタと背中に触れて、アマンド様が何か確認している。

「大丈夫?痛くない?」

「大丈夫です」

軽く押された程度だもの。

「供も付けずに来たのか?」

「ごめんなさい…」

騎士団だから大丈夫だと思ったのだと言うと、アマンド様はため息をついた。

「レイリア。いいか?騎士団は本当に危ない場所なんだ。けだものたちの巣窟だからな。」

「…ハイ」

私の脳裏に、さっき見た騎士団の犬が思い起こされる。

確かに、イメージと違った。

もっと小くて可愛い犬をイメージしていたけれど、実際は狼みたいに大きくて、顔つきも鋭くて怖いと思った。

ちゃんと訓練されていると聞いているから、"けだもの"と言うのは少し言い過ぎな気もするが、もしかしたら、アマンド様は犬を畏れているのかもしれない。

やはり私が来てはいけない場所だと、それは身に染みてわかった。

何より、お仕事中のアマンド様にも門番の皆さんにも、大変な迷惑をかけてしまったのは間違いない。

アマンド様にしたら、婚約者としての義務ノルマの範囲外だ。

彼を煩わせてしまった。

帰ろう。仕事の邪魔だ。

「すみませんでした。私、帰ります」

「俺に用事があったんじゃないのか?」

「大したことじゃ、ないから」

メイベル、ごめん。

今日はちょっと頑張れそうにない。

早く帰って、1人になりたい。

私はアマンド様越しのドアをソワソワ覗き込んで帰りたいアピールをした。

「用事は何だったんだ?」

怒っているアマンド様には、アピールだけじゃ気づいてもらえないようだ。

「本当に、大したことじゃないから。あの、すみません、そこを…」

回り込んでドアに近づこうとしたが、チョロっと右に踏み込んだところで、彼も右に動いた。

これじゃ出れない。

「何か困り事じゃないのか?」

左側も試したが、やはり彼も左へ移動した。

人に応対する時は常に相手に正面を見せること。

彼は礼儀に忠実だ。

「いえ、アマンド様。大丈夫です。」

どうしよう。ドアに近づけない。

左に行くと見せかけて、右に踏み出してみるのはどうだろうか。

彼がその動きにつられてくれれば、右にスペースが出来る。そこを一気に…

と思ったところで、彼は後ろに下がり、ドアに寄りかかった。

「俺じゃ言いにくいことか?女性騎士を連れてこようか?」

「・・・」

全っ然、退いてくれない!

せっかく私が帰ろうとしているのに!

…そうか。

私はようやく気付いた。

彼の騎士魂に火を付けてしまったのかもしれない。

彼は困っている人を放っておけないのだ。

こんな、迷惑ばかりかける形だけの婚約者にさえ、その騎士道精神を発揮するほどに。

「レイリア」

こうなったら彼は理由を聞くまで梃子てこでも動かない。

だがあいにく、彼を満足させられるような困り事など手持ちにない。

「どんな困り事だ?」

帰れないことです。





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