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それぞれの春

職場に婚約者が現れた

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「おわっ!美味そう!どうしたんだよコレ」

「アマンド士官からの差し入れです!」

「おー、珍しいな」

「これ、もしかしてブルーラグーンのポテトか?あの大量盛りの…」

「え?アマンドあそこ行ったの?」

「ああ」

「俺も、レイリアちゃんとご飯食べたかった…」

「おい、グルトが落ち込んでるぞ」

「ほら、グルト食べろ。美味いぞ」

「モグ…レイリアひゃんと、モグ…アマンドと、揚げたて、モグ…食べたかった…」

みるみる減っていくポテトを見ながら、俺は今日の出来事を思い返していた。





「おーい、アマンドー!」

丁度稽古を終えて、汗を拭きながら振り返ると、広い演習場の向こうから、同期のゼノが俺に手を振っていた。

片手を上げて応える。

俺に用事らしいが、まずは渇きを潤す方が先だ。

水を飲んでいると、まだゼノがなんか言っている。

「おまえ、こん…」「おい1年目!まだ8周しか走ってないぞ!気合が足りん気合がー!」

俺の目の前を今年入団したばかりの1年目が次々と走り抜けていく。

鬼教官と恐れられるスパルト副師団長(通称スパルタン)の声で、ほとんど聞き取れなかった。

なんだ?

飲み終わり、向かっていく途中で、ゼノの口から「レイリア」と言う言葉を聞き取り、残りの短い距離を駆け抜ける。

「レイリアが!どうかしたのか!」

「あ、ああ。レイリア ディセンシアってお前の婚約者だろ?お前を訪ねてきてるんだよ」

レイリアが?いや、そんなはずはない。

きっとまた、俺を呼び出そうとする迷惑な輩の仕業だろう。

これまでも、レイリアだと言われて門に行くと、似ても似つかない令嬢が頬を赤らめて待っていて、何度も煮湯を飲まされた。

「きっとまた、レイリアの名を騙る偽物だろ?俺の婚約者がここに来るはずが…」

「でもよぉ、髪の色オレンジだったぜ?だから今度こそ本物だって皆興奮してて。グルトなんて、おもてなしするんだってやる気満々でよー。むしろゆっくり来いよって皆が…おい!アマンド!」





走って走って駆けつけると、騎士の合間に埋もれるように、オレンジの髪色が見えた。

それと同時に俺の心はどす黒く塗り潰される。

レイリアの細い手首、薄い背中をベタベタと触る手ー

気づくと、レイリアの背中を押していた騎士の1人を、投げ飛ばしていた。

「落ち着け!お、落ち着けって!」

俺は先ほどまでレイリアを取り囲んでいた輩を睨みつけると、振り返りレイリアの手を掴んだ。

詰所の奥の部屋に入ると、後ろ手にドアを閉める。

怒りが収まらない。

ゼノが来た時、すぐに話を聞きに行けば、あいつらに触らせることもなかったのに。

「なぜここに来た、レイリア」

思わず低い声が出る。

レイリアには、できればここに来てほしくなかった。

それというのも、去年、この騎士団で起きた、ある不祥事が頭の隅にあったからだ。

不祥事を起こしたのは、昨年まで門番を務めていた男だ。

奴は、騎士の風上にも置けない奴だった。

他の騎士を訪ねてくる女性に次々声をかけて関係を持ち、とうとう他の騎士の婚約者を孕ませてしまった。

流石に問題になり、懲戒処分になってその男は除名された。

だが、その門番を真似て女性に声をかけていた騎士は他にもいて、そいつらはお咎めなしだった、という噂だ。

騎士団と言えども、聖人君子が揃っている訳ではない。

ここは危険な場所なのだ。

レイリアに来るなと言ったことはないが、今まで一度も来たことがなかったから油断していた。

「今まで、1度も来たことはなかっただろう」

「…ごめんなさい」

レイリアが小声で謝ってくる。

つい責めるような口調になってしまうのは、予想できなかった自分自身への怒りのせいだ。

早く、上書きしないと気が済まない。

レイリアの手を点検するフリをしながら、あいつらが触れたところは勿論、それ以外の部分も手で包んで撫でていく。

「あとは、背中を少し押されたくらいで、あんまり覚えてない」

「背中も見せて」

レイリアの背中も全体を手で触れていく。

そこまでして、ようやく気持ちも落ち着いてきた。

「大丈夫?痛くない?」

「大丈夫です」

「供も付けずに来たのか?」

「ごめんなさい…騎士団だから、大丈夫だと思って…」

護衛は近くにはいたらしいが、無防備すぎる…

「レイリア。いいか?騎士団は本当に危ない場所なんだ。けだものたちの巣窟だからな。」

「…ハイ」

殊勝な顔で頷くので、レイリアもようやくわかってくれたようだ。

さて、そうなると、ここにきた理由だが…

「すみませんでした。私、帰ります」

「俺に用事があったんじゃないのか?」

「大したことじゃ、ないから」

ここまで来ておいて、大したことじゃない、はないだろう。

なんせ、レイリアの物事の判断基準は、俺の仕事の邪魔にならないかどうか、それだけだ。

仕事の邪魔になりそうなこと、つまり騎士団に来るなど、通常なら考えもしないはずだ。

ここまで供も付けずに来るなんて、きっとよっぽどの理由に違いない。

先ほど責めるようなことを言ってしまったから、怖がらせたのかもしれない。

俺の後方のドアをチラチラと覗き出すレイリア。

俺は敢えて空気を読まずに問いただす。

「用事は何だったんだ?」

「本当に、大したことじゃないから。あの、すみません、そこを…」

痺れを切らしたレイリアが、右に左に移動して、ドアを目指そうとする。

守備ガードの際は相手の正面に構えるべし、の鉄則を守りながら、尚も問いただす。

「何か困り事じゃないのか?」

「いえ、アマンド様。大丈夫です。」

騎士らしくないと言われても、ここまできたら絶対に、レイリアの悩みを聞き出してみせる。

レイリアの目線から、次はフェイントをかけるつもりらしいことを察して、俺はドアに寄りかかった。

レイリアの顔が、わかりやすく引き攣る。

もしや、男には言いにくい困り事か…!?

女性騎士を連れてくることも提案したが、レイリアは帰るの一点張り。

ここはもう、我慢比べだ・・!

そして告げられた理由に、俺は愕然とする。

「お昼を、一緒に、食べられないかと思って、寄っただけだから。あなたの職場も、見たことなかったし・・・」

何だそれ・・

何だそれ・・・!

何だそれーーー!!!

レイリアの言う「理由」に理解が追いつくにつれ、頭の中が急激に沸騰していく。

そんな・・・そんな可愛い理由で・・・!

ニヤけそうな口元を手で覆って隠す。

更にレイリアが燃料を投下してくる。

「べ、別にいいじゃない・・・お友達の知り合いは、婚約者の騎士様と時々お昼休みにデートしてるって言ってましたし、私はあなたの婚約者なんだから!」 

・・その知り合いが羨ましかったってこと?

こないだの茶会がなくなったから、日曜まで待てずに俺に会いたくなった、とか?

レイリアの顔は真っ赤だ。

やめてくれ・・完全に油断していた俺に、そんな可愛いレイリアを差し出すのはやめてくれ・・!

供の者も連れてこないで、密室に2人きりなのに、そこで俺の理性を試すのはやめてくれ・・!

このタイミングで「帰る」とか「退いて」とか、煽るような真似をするのはやめてくれ・・!



レイリアが婚約者として、関係を見直そうとしているこのタイミングなら、ここで一線を越えるのもありなのか?

レイリアももう17歳だし・・口づけくらいなら・・

いや!ダメだ!

俺はカッと目を見開いた。

ここじゃダメだ!

落ち着け俺!

冷静になるんだ!

越えるのはありだが、ここじゃダメだ!

ほら見ろ、あそこの壁なんて、誰かが持ってきた、いかがわしいカレンダーが貼ってある。

誰かがさっきの昼休憩で食べたのであろうカレーの匂いも残っていて気になる。

しかも、詰所の外で1年目が説教されているらしく、薄い壁を通してスパルタンのがなり声が聞こえてきた。

よし・・状況を確認したことで、、少し冷静さを取り戻してきた。

いい思い出にしたいから、もっとちゃんとした場所で・・

そう決意したところで、レイリアが俺をドアの前から退かそうと、力技に出るようだ。

・・・これで全力なのか?

こんなに非力で、心配になるほどだ。

でも、そうだな。

今日は、俺をその気にさせたレイリアが悪い。



構え直したレイリアが、彼女なりの精一杯の力で俺を引っ張ろうとする。

レイリアに引っ張られた瞬間、足を踏み出した。

バランスを崩したレイリアを引き寄せ、両腕に閉じ込めて、ギュッと抱きすくめる。

「ご、ごめんなさい。あなたが退いてくれないから、つい…」

俺がわざとやったのに、何故かレイリアが謝ってくる。

今の俺みたいに、邪な考えの男が居るなど、思ってもいないんだろうな。

以前より、女性らしく丸みを帯びた体。

胸いっぱいにレイリアの甘い香りを吸い込む。

「あの!ありがとうございました。アマンド様」

手で押し返そうとしてくるが、そんな力で、本当に逃れられると思ってるのか?

ここは少し、危機感を持たせた方がいい。

「アマンド様、すぐ、帰りますから!」

身を捩るレイリアを益々腕に閉じ込め、遠慮なく抱きしめて密着させる。

これは、レイリアのためなんだ。

純粋にレイリアのためであって俺の意思は全く関係なく…どうしてこう、レイリアの体は、どこもかしこも柔らかいんだ。

「レイリア」

「は、離して下さいませ」

目線を下げると、無防備な首筋が目に入った。

はぁ…この首筋に舌を沿わせたい。

だめだ。これ以上はもう我慢できなくなる。

…ここまでだ。

俺は目を閉じた。

「帰ったら、俺とご飯行けないよ?」

「いえ、もうそれは…」

「行くんだろ?」

「でもお仕事が」

「今からちょうど休憩時間だ」

考えた風のレイリアに、更に言葉を重ねる。

「美味しいもの、食べに行こう」

そこまで言って、レイリアのお腹が可愛らしく鳴り、消し炭になりそうだった俺の理性は、ようやく復活した。



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