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夏
疑惑の御前試合
大輪のアナベルが咲き誇る庭園で、私はほうっと息を吐く。
外面を保っていたつもりだったが、ビシュヌ様には、見透かされてしまったようだ。
『去年の御前試合、表彰式の直後にレイリア様の元へ駆けて行かれたではないですか!』
御前試合の時の話をされると、どうしても気持ちが落ちる。
彼が向かって行ったのは私ではない。
なぜなら、私は御前試合の日に王都にいなかった。
私はそれまで御前試合を観覧したことがなかった。
というのも、その時期は毎年、母方の祖母の法要があり、家族全員で母の生家に向かう習わしになっていたからだ。
去年の夏は、ちょうど祖母の法要の15周忌だったが、アマンド様が出るのなら応援のために私だけ王都に残ってもいい、と父も言ってくれていた。
御前試合は町中が盛り上がる、といつもアマンド様から聞いていたから、私も観覧を楽しみにしていたのだ。
でも、アマンド様との定例のお茶会で、顔を背けたアマンド様から「俺は今年は出ないから、来なくていい」と断られた。
「…出ないのですか?」
黙って頷く彼に、私はしばし考えた。
御前試合は希望した者は全員参加なのかと思っていたが、実は違うんだろうか。
今まであんなに、御前試合の様子をキラキラした瞳で私に語ってくれていたアマンド様だから、絶対に参加するだろうと思ったのに。
顔を背けたままのアマンド様に確認するのも憚られて、私は頷いた。
「そうですか…アマンド様がお出になるのなら、王都に残っていいと父に言われていたんですが・・それなら私、例年通り母の生家に向かおうと思います」
「・・そうしてくれ」
そこで話は終了した。
1週間ほどを母の生家で過ごし、王都の屋敷に戻った私を待っていたのは、アマンド様の5位入賞という輝かしい功績だった。
ショックだった。
試合に出ないと言っていたのは、嘘だったの?
嘘までついて、私を遠ざけようとしたの?
それまでも、彼との距離を感じてはいたが、いつかまた、取り戻せる距離だと思っていた。
想像以上に、彼の心が離れていたとでもいうのか。
これまでの彼とは別人のように思えて、私は急に臆病になった。
メイベルに向けていた彼の笑顔がチラつく。
次のお茶会で、私はどう振る舞えばいいんだろう。
しかしその数日後、予想しない形で、私は彼と対峙することになる。
クラブ活動の日に、皆が私の婚約者の入賞をお祝いしてくれたのだ。
皆は、私が御前試合の場にいなかったなど、露とも思っていないようだった。
留守にすることはメイベルにしか伝えていなかったから。
そしてその場に、彼も現れた。
クラブの令嬢が、同じ騎士団にいる婚約者に頼んで、アマンド様をサプライズで連れてきたのだ。
驚いている様子の彼を認めて、思わず、視線を外してしまう。
主役の登場に、その場は最高潮に盛り上がった。
「5位入賞、おめでとうございます!我が家は夢中になって応援しましたわ」
「どこもかしこもガーナー令息様のご活躍ぶりで持ちきりですのよ?」
「いや、大したことでは・・」
「そんな謙遜して・・!あんなすごい剣戟はなかなかお目にかかれませんわ!」
「ほら、レイリア様が仰ったら素直にお認めになるかもしれませんわ!ね?」
期待した目で皆がこちらを見ている。
私はにっこり笑って婚約者として振る舞った。
「・・皆様、ありがとうございます。ええ。本当にすごくて、私、感動しました。婚約者として誇りに思います」
彼の視線を感じるが、どうしても、彼を見ることができなかった。
拍手のあと、令嬢の1人が質問する。
「表彰式の後、観客席に向かって駆けていかれたでしょう?あれはやはり・・」
答えたのはメイベルだった。
「レイリアの元へ、向かっていらしたのでしょう?」
「・・ああ」
その場を取り繕おうとしてくれるメイベルの返答に、やっぱり、と皆が囃し立てる。
彼も、その場凌ぎのつもりで嘘をついたのかもしれない。
でも、そんなことを考える余裕は私にはなかった。
なぜ、嘘をつくの?
私に嘘までついて、本当は誰の元へ向かっていたの?
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
目の前で嘘をつく彼に、押し潰されそうだ。
皆の手前、笑顔で嘘をつく自分が滑稽で、惨めで、居た堪れなかった。
仕事があるので、と退席する彼を見送る。
2人きりになって、何か言いたげに口を開いた彼から目をそらす。
「・・この話は、これで終わりにいたしましょう。それでは、また来週に」
そう言って、踵を返した。
それ以降、御前試合の話は、彼も触れないし、私も口にしない。
昨年の夏のことなのに、あの時のことを思い出すたびに、この苦しい気持ちは蘇ってしまう。
「レイリア!」
「メイベル・・」
小走りで私を追いかけてきたメイベルは、頬を薔薇色に染めて少し息が上がっている。
「レイリアと一緒にいたいから、私も抜けてきちゃった」
私とメイベルは東屋に腰を下ろした。
「レイリア、今日もとっても素敵ね!そのワンピースが本当に素敵って、皆と話していたのよ?」
「あ・・ありがとう。私も気に入ってるの」
「どちらのお店にあるのかしら?教えて欲しいわ」
・・誰かしらからそう聞かれる場合を想定して、私は答えを用意していた。
「親戚からの贈り物だから、どこなのかは私もわからないの」
やはりアマンド様の婚約者でいる間は、古着であることは、できるだけ伏せることにしているのだ。
「本当に?私、そのお店のこと知りたいの。親戚に聞いて教えてもらえないかしら?」
「・・遠方の親戚だからすぐには確認できないわ。もし連絡を取るようなことがあったら聞いておくわね?」
「わかったわ。忘れないでね?」
「ええ、もちろん」
「それで・・アマンド様とは、どう?」
「ゴホッ・・」
メイベルからのダイレクトな質問に、思わずむせ込んでしまう。
「あの、メイベル、さっきのあのクリスティーナ様のお話だけど。勘違いしないでほしいの。私が日傘を忘れたから、それで帽子を買ってくださっただけだから」
ふふ、とメイベルが微笑む。
「レイリア、なんでそんなに慌ててるの?もしかして、アマンド様の事、本当に好きになっちゃった?」
心臓はバカみたいに動いているのに、その瞬間、ザッと血の気が引いた気がした。
楽しそうにメイベルが続ける。
「それはそうよ。だってアマンド様に優しくされたら、誰でも好きになっちゃうもの。でも、私たち約束したわよね?約束を破るなんて酷いことしないでしょう?私レイリアを信じてるから。」
ニコニコと、メイベルが私を見る。
「御前試合までには、できれば婚約解消して欲しいと思っていたけれど、これからだとちょっと無理かしら。でも、できるだけ早くよろしくね?レイリア。」
外面を保っていたつもりだったが、ビシュヌ様には、見透かされてしまったようだ。
『去年の御前試合、表彰式の直後にレイリア様の元へ駆けて行かれたではないですか!』
御前試合の時の話をされると、どうしても気持ちが落ちる。
彼が向かって行ったのは私ではない。
なぜなら、私は御前試合の日に王都にいなかった。
私はそれまで御前試合を観覧したことがなかった。
というのも、その時期は毎年、母方の祖母の法要があり、家族全員で母の生家に向かう習わしになっていたからだ。
去年の夏は、ちょうど祖母の法要の15周忌だったが、アマンド様が出るのなら応援のために私だけ王都に残ってもいい、と父も言ってくれていた。
御前試合は町中が盛り上がる、といつもアマンド様から聞いていたから、私も観覧を楽しみにしていたのだ。
でも、アマンド様との定例のお茶会で、顔を背けたアマンド様から「俺は今年は出ないから、来なくていい」と断られた。
「…出ないのですか?」
黙って頷く彼に、私はしばし考えた。
御前試合は希望した者は全員参加なのかと思っていたが、実は違うんだろうか。
今まであんなに、御前試合の様子をキラキラした瞳で私に語ってくれていたアマンド様だから、絶対に参加するだろうと思ったのに。
顔を背けたままのアマンド様に確認するのも憚られて、私は頷いた。
「そうですか…アマンド様がお出になるのなら、王都に残っていいと父に言われていたんですが・・それなら私、例年通り母の生家に向かおうと思います」
「・・そうしてくれ」
そこで話は終了した。
1週間ほどを母の生家で過ごし、王都の屋敷に戻った私を待っていたのは、アマンド様の5位入賞という輝かしい功績だった。
ショックだった。
試合に出ないと言っていたのは、嘘だったの?
嘘までついて、私を遠ざけようとしたの?
それまでも、彼との距離を感じてはいたが、いつかまた、取り戻せる距離だと思っていた。
想像以上に、彼の心が離れていたとでもいうのか。
これまでの彼とは別人のように思えて、私は急に臆病になった。
メイベルに向けていた彼の笑顔がチラつく。
次のお茶会で、私はどう振る舞えばいいんだろう。
しかしその数日後、予想しない形で、私は彼と対峙することになる。
クラブ活動の日に、皆が私の婚約者の入賞をお祝いしてくれたのだ。
皆は、私が御前試合の場にいなかったなど、露とも思っていないようだった。
留守にすることはメイベルにしか伝えていなかったから。
そしてその場に、彼も現れた。
クラブの令嬢が、同じ騎士団にいる婚約者に頼んで、アマンド様をサプライズで連れてきたのだ。
驚いている様子の彼を認めて、思わず、視線を外してしまう。
主役の登場に、その場は最高潮に盛り上がった。
「5位入賞、おめでとうございます!我が家は夢中になって応援しましたわ」
「どこもかしこもガーナー令息様のご活躍ぶりで持ちきりですのよ?」
「いや、大したことでは・・」
「そんな謙遜して・・!あんなすごい剣戟はなかなかお目にかかれませんわ!」
「ほら、レイリア様が仰ったら素直にお認めになるかもしれませんわ!ね?」
期待した目で皆がこちらを見ている。
私はにっこり笑って婚約者として振る舞った。
「・・皆様、ありがとうございます。ええ。本当にすごくて、私、感動しました。婚約者として誇りに思います」
彼の視線を感じるが、どうしても、彼を見ることができなかった。
拍手のあと、令嬢の1人が質問する。
「表彰式の後、観客席に向かって駆けていかれたでしょう?あれはやはり・・」
答えたのはメイベルだった。
「レイリアの元へ、向かっていらしたのでしょう?」
「・・ああ」
その場を取り繕おうとしてくれるメイベルの返答に、やっぱり、と皆が囃し立てる。
彼も、その場凌ぎのつもりで嘘をついたのかもしれない。
でも、そんなことを考える余裕は私にはなかった。
なぜ、嘘をつくの?
私に嘘までついて、本当は誰の元へ向かっていたの?
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
目の前で嘘をつく彼に、押し潰されそうだ。
皆の手前、笑顔で嘘をつく自分が滑稽で、惨めで、居た堪れなかった。
仕事があるので、と退席する彼を見送る。
2人きりになって、何か言いたげに口を開いた彼から目をそらす。
「・・この話は、これで終わりにいたしましょう。それでは、また来週に」
そう言って、踵を返した。
それ以降、御前試合の話は、彼も触れないし、私も口にしない。
昨年の夏のことなのに、あの時のことを思い出すたびに、この苦しい気持ちは蘇ってしまう。
「レイリア!」
「メイベル・・」
小走りで私を追いかけてきたメイベルは、頬を薔薇色に染めて少し息が上がっている。
「レイリアと一緒にいたいから、私も抜けてきちゃった」
私とメイベルは東屋に腰を下ろした。
「レイリア、今日もとっても素敵ね!そのワンピースが本当に素敵って、皆と話していたのよ?」
「あ・・ありがとう。私も気に入ってるの」
「どちらのお店にあるのかしら?教えて欲しいわ」
・・誰かしらからそう聞かれる場合を想定して、私は答えを用意していた。
「親戚からの贈り物だから、どこなのかは私もわからないの」
やはりアマンド様の婚約者でいる間は、古着であることは、できるだけ伏せることにしているのだ。
「本当に?私、そのお店のこと知りたいの。親戚に聞いて教えてもらえないかしら?」
「・・遠方の親戚だからすぐには確認できないわ。もし連絡を取るようなことがあったら聞いておくわね?」
「わかったわ。忘れないでね?」
「ええ、もちろん」
「それで・・アマンド様とは、どう?」
「ゴホッ・・」
メイベルからのダイレクトな質問に、思わずむせ込んでしまう。
「あの、メイベル、さっきのあのクリスティーナ様のお話だけど。勘違いしないでほしいの。私が日傘を忘れたから、それで帽子を買ってくださっただけだから」
ふふ、とメイベルが微笑む。
「レイリア、なんでそんなに慌ててるの?もしかして、アマンド様の事、本当に好きになっちゃった?」
心臓はバカみたいに動いているのに、その瞬間、ザッと血の気が引いた気がした。
楽しそうにメイベルが続ける。
「それはそうよ。だってアマンド様に優しくされたら、誰でも好きになっちゃうもの。でも、私たち約束したわよね?約束を破るなんて酷いことしないでしょう?私レイリアを信じてるから。」
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