大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。

airria

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「それでは皆さん、始めましょう」

ビシュヌ様の一声で、わいわいと移動する。

今日はクラブの活動日だ。

先日のチャリティーの売上は上々で、個別での活動についてお互い情報交換した後、ビシュヌ様からある提案があった。

「私、レイリア様のメッセージブローチを見て思いつきましたの。御前試合に向けて、それぞれの騎士団のブローチを作るのはどうかしら!応援する騎士団のブローチを身につけて応援したら、きっともっと盛り上がると思って、レイリア様と刺繍の原案も考えてみました」

それぞれの騎士団のカラーで象徴する動物を刺繍したものを、順番に回して見てもらう。

王宮騎士団は黒地に赤で龍を、王国騎士団は白地に青で獅子を、国境騎士団は灰色地に紫で鷲を刺繍した。

「私、王国騎士団のブローチを屋敷の者全員に身につけさせますわ!」

「王国騎士団と王宮騎士団…どちらにするか迷いますわ。2つ一緒につけるのはダメかしら・・?」

「かなりの数を作らないとすぐに売り切れてしまいますわね」

そんな声が聞こえて来る。

評判は上々のようだ。

令嬢の1人が立ち上がった。

「ビシュヌ様、胸躍るご提案ですが、教会のチャリテイーバザーは終わってしまいましたし、作成したらどちらで販売しますの?」

「ご質問ありがとうございます。実は、御前試合の運営を任されているクイッド公爵様に私の父からお話を通していただいて、チャリティーであれば御前試合の会場で販売してもいい、とお許しをいただけました」

さすがビシュヌ様、とそこここから拍手が湧く。

全員一致で刺繍ブローチに取り掛かることに決まり、担当する騎士団ごとに3つの班に分かれて作業する事になった。

王宮騎士団と王国騎士団のブローチを作るグループに入りたい人が多すぎて、私は一番人気のない国境騎士団のグループに入ることにした。

「レイリア!」

王国騎士団のグループに入ったメイベルに手招きされるが、私は首を横に振った。

「一緒じゃなきゃ嫌だわ。こっちに来て!一緒に作りましょうよ!」

「ごめんなさい、メイベル。こっちのグループの人数が足りないの。」

「それなら私もそっちに行くわ」

メイベルが席を立つので私は慌てて止める。

「もう椅子も人数分準備してもらったんだから、そのままのグループがいいと思うわ」

「でも私、レイリアと一緒がいいの。ほら、刺繍のことも教えて欲しいし・・」

「困った時は呼んでくれればいつでも見に行くから」

何度かのやり取りの後、ビシュヌ様に促され、ようやくメイベルは自分のグループに帰って行った。

同じく数合わせで国境騎士団のグループに入ったのであろうビシュヌ様が、気にして声をかけてくれる。

「レイリア様は、王国騎士団のグループでなくてよろしいんですの?こちらのことは気にしていただかなくても大丈夫ですのよ?きっと他の騎士団よりも作成数は少なくて済みそうですし」

「お気遣いありがとうございます。でも、鷲の刺繍が一番細くて時間が掛かりますから・・」

そう言いながら、少し後ろめたく感じてしまうのは、きっとそれだけが理由ではないからだ。



 

メイベルは、この状況をどう思っているんだろう。

私とアマンド様が婚約解消した後に彼と添い遂げるつもりなら、私との関係は切った方が後腐れないだろうに、さっきみたいに、私との親密さを維持しようとする。

アマンド様と想い合っている、と告白された時点で、私もメイベルを遠ざければよかったのだろうか。

後々のことを考えたら、その方がお互いのためだ。






隣の卓ではお喋りが弾んでいる。

「メイベル様はどのブローチをお付けになるんですの?」

「私は王国騎士団のブローチを付けるわ。絶対に勝って欲しいから・・」

「まぁ!どなたか意中のお相手がいらっしゃるのね!」

「メイベル様、隠し事はなしですわよ!白状なさって!」

きゃあきゃあと楽しそうに盛り上がる横で、紫の糸を針穴に通す。

恋をするのは・・普通なら、嬉しくて、楽しいことなんだろう。

誰にも気兼ねせず、アマンド様に恋することができていたなら。

そうしたら私は・・・

「レイリア様!私、見てしまいましたのよ」

「はい?」

隣の卓から唐突に声がかかる。

ニンマリと目を細めたのは、おしゃべり大好きなクリスティーナ様だ。

「この間の日曜に、婚約者様とデートされてましたわね?」

「え!いえ・・!」

この人は、メイベルの前でなんてことを言ってくれるんだ!

「ひ、人違いではありません?」

「ふふ、そのように照れていらして・・断じて人違いではありませんわ。なぜなら!」

クリスティーナ嬢が、私の傍に置かれた帽子を指で指し示す。

「そのお帽子は、婚約者様が直々に選んでいらしたもの!」

うぐっ!クリスティーナ様、よりにもよってあの植物園にいたのか・・!

周囲に囃し立てられ、クリスティーナ様が得意げにペラペラとその時の状況を語りだす。

「ええ、私も驚いたんですの。あんなに優しい顔で、真剣に帽子を選ぶお姿に。その場にあるお帽子を全部、代わる代わる頭にかぶせて試着されていましたのよ?甘い雰囲気で、すっかりおふたりの世界でしたわ・・」

やめ・・やめてぇ!

メイベルを見ることができない。

「まぁ!レイリア様はご自分からそのようなお話をされないから、そんな仲睦まじいお話は新鮮だわ!ごちそうさまです!」

「私、レイリア様の今日のお洋服や髪型を見て、これはきっと何かあったと思いましたもの!」

今日、お気に入りのあの緑のワンピースを着てきたことが悔やまれる。

「それにしても、ガーナー伯爵令息様ってそんな一面もおありなんですのね?どちらかというと冷たい印象でしたわ」

「まぁ、ご存知ないんですの?去年の御前試合、表彰式の直後にレイリア様の元へ駆けて行かれたではないですか!」

「そうそう、観客席を見ながら、風のように走って行かれましたわ」

パンパン、とビシュヌ様が手を叩く。

「皆様、それくらいになさいませ。お口ばかりで、手が動いておりませんわよ。」

諌めるビシュヌ様に、皆慌てて背を向けて刺繍を再開する。

ビシュヌ様が私の顔を覗き込む。

「レイリア様、お顔の色が優れませんわ。我が家のアナベルが見頃ですの。お休みがてら、少しお散歩されてきてはいかがかしら?」

ビシュヌ様の気遣いがありがたい。

「お言葉に甘えて、少し、風に当たってきます」





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