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それぞれの夏
婚約者は頑なにアクセサリーを拒む
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通された部屋で隣り合って座る。
「本日はどのようなものをお探しでしょう?」
「そろそろ婚約指輪を仕立てようと思っている。今日は石は持ってきていないんだが、指のサイズを測ってくれるか」
「それはそれは・・!もちろんでございます!」
レイリアの薬指のサイズを計測してもらっている間に、婚約指輪のデザインの参考に、と店員が持参した指輪を眺める。
こんな小さなもの一つに、よくこんなにデザインを考えつくものだ。
これが本物の防護具ならすぐに選べるが・・1つに絞るのは至難の技だな
「どうぞご安心ください。本日直接婚約者様にお越しいただきましたので、お召し物や雰囲気を覚えました。婚約指輪のデザインを考える際には、私共にどうぞご相談ください。」
顧客の不安をいち早く見抜き応える。さずがプロだ。
「それと、この後、婚約者様がお気に召しそうなものを私の方で見繕ってお持ちしてもよろしいでしょうか?」
レイリアに気付かれぬ様に店員にそっと耳打ちされ、俺は頷いた。
サイズを測り終えると、髪飾り、ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、アンクレットに至るまで、店員がトレイに乗せて並べていく。
「レイリアが気に入るものがあったらプレゼントしたい。さ、どれがいい?」
「アマンド様。私は大丈夫ですから・・!」
気に入っていることは確実なのに、レイリアは「大丈夫です」というばかりで遠慮してしまう。なぜだ?
何度かそのやりとりを繰り返した後、何かを決意した様子のレイリアが、毅然として言い放った。
「アマンド様。私、プレゼントしていただくなら、このお店で一番高価な宝石以外、欲しくありませんの」
「一番高価な宝石?」
「ええ」
そう言って、挑戦的な目で俺を見返すレイリア。
俺の大好物、ツンツンレイリアが現れたぞ!
「やはり質が良いものを身につけたいのです。マルグリット侯爵家とお付き合いもありますし」
確かにな。
「ですから、折角お持ちいただきましたけれど、ここにあるジュエリーはプレゼントしていただかなくて結構ですわ。」
フフン、と鼻から息を吐いてそう言い切るレイリア。
なるほど、承知した。
「わかった。ではこの店で一番高価な宝石を準備してもらえるか」
「かしこまりま」「わー!ちょっと今のはナシでお願いします!」
慌てた様子のレイリアが店員を制すので、俺は思わず顔を顰めた。
「まだ見てもいない内から心変わりするのは早すぎるんじゃないか?その、一番高価な宝石とやらをまずは見てから・・」
「違います!言い間違えました!高価な宝石は嫌だと申しました!」
え、そうだったっけ…?
「いやいや、さっき確かに高価なものがいいと言っていただろう?」
俺が戸惑っていると、パンっと店員が手を叩いた。
「私としたことが、お茶をお持ちするのを忘れておりました!お茶にいたしましょう!少々お待ちください!」
お茶の準備にと席を立った店員に目線で促され、レイリアには手洗いに行くと告げて廊下に出た。
廊下で待っていた、やり手っぽい店員が声を顰める。
「婚約者様ですが、先ほどお勧めしたイエローダイヤモンドのイヤリング、あれを大層気に入られていると思うのです。」
「やはりそうか?俺の見立てでも、そう思う。それなのになぜ・・」
高価な宝石を欲しいとか欲しくないとか・・・解せない。
もしや俺の懐事情でも気にしているのか?
「私の想像でございますが・・よろしいですか?」
頼りになりそうな店員の申し出に俺は頷いた。
「もちろん聞こう」
「私の目には、婚約者様が、何かを恐れているように見えるのです。」
「・・恐れている?」
何を恐れることがあるというんだ?
「ガーナー様は、今や王都でその名を知らぬものはいないほどの有名人でございます。これは私の推察でございますが、そのガーナー様の婚約者様と言うことで、同性からの妬みや嫉みで嫌な思いをされたことがあるのではないでしょうか?」
「・・・そのような話は聞いたことはないが」
だが、と考えてみる。
思えばレイリアはマルグリット侯爵家の令嬢といつの間にか繋がりを持っていた。
あの社交が苦手なレイリアがマルグリット侯爵令嬢に近づいた理由は定かではないが、不自然に感じたのは確かだ。
もし、店員が言ったように、嫌がらせを受けていたら?
それで自衛のため、その威光を借りるために、マルグリット侯爵家の門を叩いた、ということは考えられないだろうか。
マルグリット侯爵家の令嬢を語るレイリアの表情は明るく、そのご令嬢が嫌がらせの相手というのは考えにくい。
「つまりこう言うことか?本当は俺からのアクセサリーを身につけたいが、嫌がらせの標的になりそうだから避けたい、と」
店員は深く頷き、こう続けた。
「かと言って、嫌がらせを気にして何も身につけないままであれば、愛されていないのではないか、と相手は益々、婚約者様を侮ります。あの手の輩にはしっかり見せつけてやるのが1番なのです。」
「しかし・・レイリアに害が及ばないだろうか」
「ガーナー様、あれほどのお美しい婚約者様です。嫌がらせのことを気にしてガーナー様のお印を身に付けさせない場合、今度は男性の目を惹いてしまいます。」
「それは困る!」
「他人からの目を気にし続けてもいいことはございません。婚約指輪の作成も控えている今、ここは、婚約者様にもご覚悟を決めていただくべき時なのかと。」
「なるほど・・・」
そうなのかもしれない。
もちろん、レイリアだけに負担を強いるつもりはない。
害をなそうとする者がいるのなら、この俺が放っておかない。
「まずは婚約者様が気に入ったものを、御心のままに、ご自分で選ぶこと。これが覚悟というものの第一歩かと存じます。」
店員が真剣な眼差しを向ける。
「もしガーナー様にご同意いただけましたら、婚約者様が覚悟をもって踏み出すお手伝いをさせていただきたいと思っております。この店で、下働きから始めた18年の経験の全てをかける所存です。いかがでしょう。」
俺は店員とガッチリ握手した。
「・・よろしく頼む!」
お茶を飲み、少し場が和んでから、あのイヤリングを手に取った。
「ほら、このイアリング。これはレイリアによく似合いそうだ。つけてみよう。・・これはダイヤモンドか?」
「はい、こちらは中央にイエローダイヤを配した、花に模したデザインとなっております」
「よく似合う。ほら、鏡で見てごらん」
遠慮しながらもついついと言った様子でレイリアが鏡を覗きこむ。
「はぅっ・・・!かわっ・・いえ。大丈夫です」
「ガーナー様、こちらのイヤリングですが、実は同じデザインのネックレスも準備してございます。」
「なんと!イエローダイヤモンドは希少でなかなか入荷しないのではなかったか?」
「仰る通りです。通常は入荷しても予約分に取られてしまうのですが、今回は幸運なことに、予約がなかったためにこの3粒が店に残りまして、イヤリングだけでなくネックレスにさせていただいた次第でございます。」
「ということはつまり・・」
店員は手を組み、目を閉じると、もったいぶった間をおいて、会釈した。
「御察しの通り、こちら一点ものでございます」
「今日を逃したら無くなってしまう可能性もあるということだな?」
「仰るとおりでございます。明日より店頭に並べる予定でしたが、ちょうどガーナー様がいらしたタイミングで完成しまして、それでこちらにお持ちした次第です。」
「・・・まるで運命だな」
チラッとレイリアを見ると、俺と店員のやり取りを固唾をのんで見ているようだ。
「俺は宝石には詳しくはないが、質はいいのか?」
「もちろんでございます!イエローダイヤだけでなく、周りに配したダイヤモンドも全て当店の最高級のものを使用しておりますので、小ぶりではございますが、例え王族に謁見される事があっても全く問題ございません!」
「あの!ですから高価なものは嫌だとさっきから」
思わず声を上げるレイリアに、なるほどなるほど、と店員がしたり顔で頷いた。
「つまり、普段から気兼ねなく身につけられるジュエリーをご所望と言うことですね?愛するお方を毎日身近に感じたい、と」
・・・!
そういうことか!
「大丈夫だレイリア。これを普段から使ってもらって構わない。レイリアには質もよいものを普段から使ってもらいたいんだ。これに決めた。包んでもらえるか」
「お買い上げありがとうございます!」
「アマンド様ァァァ!」
なぜか絶叫するレイリアを尻目に、俺はレイリアの薄く小さい耳たぶに触れながら、イヤリングの輝きを確認する。
いい買い物ができた・・!
「本日はどのようなものをお探しでしょう?」
「そろそろ婚約指輪を仕立てようと思っている。今日は石は持ってきていないんだが、指のサイズを測ってくれるか」
「それはそれは・・!もちろんでございます!」
レイリアの薬指のサイズを計測してもらっている間に、婚約指輪のデザインの参考に、と店員が持参した指輪を眺める。
こんな小さなもの一つに、よくこんなにデザインを考えつくものだ。
これが本物の防護具ならすぐに選べるが・・1つに絞るのは至難の技だな
「どうぞご安心ください。本日直接婚約者様にお越しいただきましたので、お召し物や雰囲気を覚えました。婚約指輪のデザインを考える際には、私共にどうぞご相談ください。」
顧客の不安をいち早く見抜き応える。さずがプロだ。
「それと、この後、婚約者様がお気に召しそうなものを私の方で見繕ってお持ちしてもよろしいでしょうか?」
レイリアに気付かれぬ様に店員にそっと耳打ちされ、俺は頷いた。
サイズを測り終えると、髪飾り、ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、アンクレットに至るまで、店員がトレイに乗せて並べていく。
「レイリアが気に入るものがあったらプレゼントしたい。さ、どれがいい?」
「アマンド様。私は大丈夫ですから・・!」
気に入っていることは確実なのに、レイリアは「大丈夫です」というばかりで遠慮してしまう。なぜだ?
何度かそのやりとりを繰り返した後、何かを決意した様子のレイリアが、毅然として言い放った。
「アマンド様。私、プレゼントしていただくなら、このお店で一番高価な宝石以外、欲しくありませんの」
「一番高価な宝石?」
「ええ」
そう言って、挑戦的な目で俺を見返すレイリア。
俺の大好物、ツンツンレイリアが現れたぞ!
「やはり質が良いものを身につけたいのです。マルグリット侯爵家とお付き合いもありますし」
確かにな。
「ですから、折角お持ちいただきましたけれど、ここにあるジュエリーはプレゼントしていただかなくて結構ですわ。」
フフン、と鼻から息を吐いてそう言い切るレイリア。
なるほど、承知した。
「わかった。ではこの店で一番高価な宝石を準備してもらえるか」
「かしこまりま」「わー!ちょっと今のはナシでお願いします!」
慌てた様子のレイリアが店員を制すので、俺は思わず顔を顰めた。
「まだ見てもいない内から心変わりするのは早すぎるんじゃないか?その、一番高価な宝石とやらをまずは見てから・・」
「違います!言い間違えました!高価な宝石は嫌だと申しました!」
え、そうだったっけ…?
「いやいや、さっき確かに高価なものがいいと言っていただろう?」
俺が戸惑っていると、パンっと店員が手を叩いた。
「私としたことが、お茶をお持ちするのを忘れておりました!お茶にいたしましょう!少々お待ちください!」
お茶の準備にと席を立った店員に目線で促され、レイリアには手洗いに行くと告げて廊下に出た。
廊下で待っていた、やり手っぽい店員が声を顰める。
「婚約者様ですが、先ほどお勧めしたイエローダイヤモンドのイヤリング、あれを大層気に入られていると思うのです。」
「やはりそうか?俺の見立てでも、そう思う。それなのになぜ・・」
高価な宝石を欲しいとか欲しくないとか・・・解せない。
もしや俺の懐事情でも気にしているのか?
「私の想像でございますが・・よろしいですか?」
頼りになりそうな店員の申し出に俺は頷いた。
「もちろん聞こう」
「私の目には、婚約者様が、何かを恐れているように見えるのです。」
「・・恐れている?」
何を恐れることがあるというんだ?
「ガーナー様は、今や王都でその名を知らぬものはいないほどの有名人でございます。これは私の推察でございますが、そのガーナー様の婚約者様と言うことで、同性からの妬みや嫉みで嫌な思いをされたことがあるのではないでしょうか?」
「・・・そのような話は聞いたことはないが」
だが、と考えてみる。
思えばレイリアはマルグリット侯爵家の令嬢といつの間にか繋がりを持っていた。
あの社交が苦手なレイリアがマルグリット侯爵令嬢に近づいた理由は定かではないが、不自然に感じたのは確かだ。
もし、店員が言ったように、嫌がらせを受けていたら?
それで自衛のため、その威光を借りるために、マルグリット侯爵家の門を叩いた、ということは考えられないだろうか。
マルグリット侯爵家の令嬢を語るレイリアの表情は明るく、そのご令嬢が嫌がらせの相手というのは考えにくい。
「つまりこう言うことか?本当は俺からのアクセサリーを身につけたいが、嫌がらせの標的になりそうだから避けたい、と」
店員は深く頷き、こう続けた。
「かと言って、嫌がらせを気にして何も身につけないままであれば、愛されていないのではないか、と相手は益々、婚約者様を侮ります。あの手の輩にはしっかり見せつけてやるのが1番なのです。」
「しかし・・レイリアに害が及ばないだろうか」
「ガーナー様、あれほどのお美しい婚約者様です。嫌がらせのことを気にしてガーナー様のお印を身に付けさせない場合、今度は男性の目を惹いてしまいます。」
「それは困る!」
「他人からの目を気にし続けてもいいことはございません。婚約指輪の作成も控えている今、ここは、婚約者様にもご覚悟を決めていただくべき時なのかと。」
「なるほど・・・」
そうなのかもしれない。
もちろん、レイリアだけに負担を強いるつもりはない。
害をなそうとする者がいるのなら、この俺が放っておかない。
「まずは婚約者様が気に入ったものを、御心のままに、ご自分で選ぶこと。これが覚悟というものの第一歩かと存じます。」
店員が真剣な眼差しを向ける。
「もしガーナー様にご同意いただけましたら、婚約者様が覚悟をもって踏み出すお手伝いをさせていただきたいと思っております。この店で、下働きから始めた18年の経験の全てをかける所存です。いかがでしょう。」
俺は店員とガッチリ握手した。
「・・よろしく頼む!」
お茶を飲み、少し場が和んでから、あのイヤリングを手に取った。
「ほら、このイアリング。これはレイリアによく似合いそうだ。つけてみよう。・・これはダイヤモンドか?」
「はい、こちらは中央にイエローダイヤを配した、花に模したデザインとなっております」
「よく似合う。ほら、鏡で見てごらん」
遠慮しながらもついついと言った様子でレイリアが鏡を覗きこむ。
「はぅっ・・・!かわっ・・いえ。大丈夫です」
「ガーナー様、こちらのイヤリングですが、実は同じデザインのネックレスも準備してございます。」
「なんと!イエローダイヤモンドは希少でなかなか入荷しないのではなかったか?」
「仰る通りです。通常は入荷しても予約分に取られてしまうのですが、今回は幸運なことに、予約がなかったためにこの3粒が店に残りまして、イヤリングだけでなくネックレスにさせていただいた次第でございます。」
「ということはつまり・・」
店員は手を組み、目を閉じると、もったいぶった間をおいて、会釈した。
「御察しの通り、こちら一点ものでございます」
「今日を逃したら無くなってしまう可能性もあるということだな?」
「仰るとおりでございます。明日より店頭に並べる予定でしたが、ちょうどガーナー様がいらしたタイミングで完成しまして、それでこちらにお持ちした次第です。」
「・・・まるで運命だな」
チラッとレイリアを見ると、俺と店員のやり取りを固唾をのんで見ているようだ。
「俺は宝石には詳しくはないが、質はいいのか?」
「もちろんでございます!イエローダイヤだけでなく、周りに配したダイヤモンドも全て当店の最高級のものを使用しておりますので、小ぶりではございますが、例え王族に謁見される事があっても全く問題ございません!」
「あの!ですから高価なものは嫌だとさっきから」
思わず声を上げるレイリアに、なるほどなるほど、と店員がしたり顔で頷いた。
「つまり、普段から気兼ねなく身につけられるジュエリーをご所望と言うことですね?愛するお方を毎日身近に感じたい、と」
・・・!
そういうことか!
「大丈夫だレイリア。これを普段から使ってもらって構わない。レイリアには質もよいものを普段から使ってもらいたいんだ。これに決めた。包んでもらえるか」
「お買い上げありがとうございます!」
「アマンド様ァァァ!」
なぜか絶叫するレイリアを尻目に、俺はレイリアの薄く小さい耳たぶに触れながら、イヤリングの輝きを確認する。
いい買い物ができた・・!
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