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御前試合

気鬱な日々

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カーテンの隙間から、強い陽射しが漏れ出ている。

「朝・・」

呟いて、のろのろと体を起こす。

体が重く感じるのは、夜なかなか寝付けなかったせいだ。



マルグリット侯爵家のお茶会から、丸2週間が経っていた。

控えめなノックの後に、キーラが入ってきた。

「おはようございます、お嬢様。今日も暑くなりそうですよ」

そう言いながら、カーテンと共に窓を次々と開け放っていく。

ガラス越しだった蝉の声が直接聞こえるようになると、それだけで暑さが増した気がする。

「お嬢様、今日こそ、外にお出かけになりませんか?大型の客船が来ていて、港で催しがあるそうですよ」

私はゆるゆると首を振る。

「今日も、刺繍をするわ。ブローチを作らないと。」

ここ最近は、毎日騎士団の応援ブローチを作っている。

すでに貴族から大口の予約が入っていて、当初想定していたよりもかなりの数を作製しなければいけなくなったのだ。

作り手も足りないので、孤児院や教会にも協力を仰いでいる。

そんなわけで、来る日も来る日も私は騎士団のブローチを作っている。

当日、応援にすら行かないのに。

「こんなの、馬鹿みたい」

自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いて、無心に作業を進めていく。




アマンド様とは会っていない。

あの後、「今月はグルトの剣術の練習に付き合うことになったので、会えなくなる」と手紙があった。

研修で騎士団を離れることになったグルト様から、日曜に剣術の練習に付き合ってほしいと頼まれたのだと言う。

いつも世話になっているので力になってあげたいこと、とはいえ、予定を入れてしまって私に申し訳ないことが繰り返し書かれていた。

(別に、取り繕わなくてもいいのに。)

御前試合に呼ばれないと知った今、日曜に会えないことなんて、なんとも思わない。

こないだの事があったから、私と顔を合わせにくくて、剣術の練習、なんて理由を仕立てたのかもしれない。

顔を合わせなくてよくなって、ホッとしたのは事実だ。

それなのに、いつまでもこの胸はジクジクと痛みを訴える。

あんなに、自分から話題になるのを避けておきながら、今年こそ観に行けるなんて、本気で自分は思っていたんだろうか。

毎年、祖母の家から帰ってきて、アムドに御前試合の話を聞くのが楽しみだった。

アムドはいつも興奮気味に、普段よりもずっとおしゃべりになって試合のことを語ってくれた。

応援するのはダメでも、せめて、観に行きたかった。

皆から聞く、彼の剣術の凄さとやらは結局知ることができない。

騎士として彼が憧れてきた舞台を見ることもできない。

応援すらできない。

本当に、私は形ばかりの婚約者だ。




ノックの音とともにドアが開き、弟のカインが顔を出す。

「あの・・姉さん。今ちょっといい?」

カインは部屋に入ると、椅子を引っ張ってきて私の横に腰を下ろした。

珍しく元気のない様子で、よく見ると目元が潤んで赤くなっていて、泣いた後なのだと気付いた。

テーブルに作りかけの刺繍を置き、カインに向き直る。

「カイン、どうしたの?」

カインは俯き、視線を床に落としながらポツリポツリと話し出した。

カインは今年は祖母の家に行かずに王都に残ることに決めていたのだが、私が王都に残らないことを聞いた両親から、ずっと難色を示されていたらしい。

そして先ほど、両親から「レイリアも残らないのであればやはり一人で残していけない」と告げられたのだという。

「今年からは、じ、自由にして良いってさ、言ってたくせに・・さ。姉さんがこっちに残らないって聞いた途端、俺一人じゃダメだって・・俺、ロイとも、他の友達とも色々約束してたのに・・ウッ。友達に、何て言えばいいんだよ!父さんも母さんも勝手だよ!」

途中からまた涙がぶり返し、つっかえながら言うカインの背中を撫でながら、申し訳ない気持ちが募っていく。

「ごめんね、私のせいで。私から父さんに言ってあげようか?」

「・・いい。姉さんのせいじゃないし、姉さんを困らせるなってきっと怒られるから」

「・・・」

カインは何か困ったことがあると、両親よりもまずは私のところに話しに来る。

本当は、前々から悩んでいたんだろうけれど、内容が内容だけに、私には話しにくくてずっと溜め込んでいたんだろう。

カインが御前試合を楽しみにしていたのは知っていたから、それを自分が台無しにしてしまったようで、やるせない。

(うん、それなら・・)

「カイン、大丈夫。私、やっぱりこっちに残ることにするわ」

「え・・」

パチクリと目を開けたカインが、ようやく顔を上げた。

「従姉妹たちも今年はほとんど集まらないって聞いてるし、向こうに行ってもそんなに楽しみはないしね。こっちで気ままに過ごすことにする。」

「ホント?姉さん、無理してない?」

「ええ」

カインのエメラルドブルーの瞳がキラキラと輝き出す様子に、思わず笑みが溢れる。

「お父様には後でそう伝えるから、安心なさい」

「姉さん!」

カインが抱きついてきて、私は久しぶりに声をあげて笑った。

「現金な子ね。さっきまであんなに落ち込んでたのに。フフッ」

「あの、あのさ、やっぱり姉さん、考え直さない?俺とロイと、一緒に見に行こうよ。絶対アマンドも喜ぶって!」

それが御前試合のことを指しているのは明白で、だから私は首を横に振る。

「私は行かないわ。でも大丈夫。今年は家でゆっくり過ごすことにするから」

その後もカインは、見に行くべきだと何度も説得してくれたけれど、「あんまり言うと、私の王都に残る気持ちが変わってしまうかもしれないわよ」と伝えて、ようやく諦めてくれたのだった。





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