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予想通り、殿下が現れた。

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レイリアからジュディ嬢と出かける旨を聞いた俺は、迷わず休みをとって付き合うことにした。

馬車の向かう方向から何となく予想した通り、ついた場所は競馬場だった。

貴賓席に腰を下ろした所で、レースまでまだ時間があると言うので、小腹が空いた俺は、貴賓席から再び入場口を目指した。

競馬場に入ってすぐの右手側に、屋台が並んでいたはず。

特に苦労することなく目当ての肉の串焼きの店を見つけ、5、6人の列に並んだ。

肉の焼けるいい匂いがする。

値段はそれなりにするが、ひと串ひと串が大きく、種類も多い。

牛ハラミの塩焼き、鶏のハニーマスタード焼きと本格スパイシー焼き、豚の黒胡椒焼きの計4種を2串ずつ頼んだ。

「うちの店はこの本格スパイシー焼きに力を入れてましてね、最後の仕上げにスパイス足しますがどうしますか?」

「なら頼む。」

店主に勧められるがままに頼んでしまったが、鶏が更に赤く染まっていく様に、少し後悔が押し寄せる。

「今度王都で開催する辛いもの選手権に出場予定なんで、もしよかったら投票お願いします!」

そう言う若い店主に曖昧に頷きながら、スパイシー焼きは食べれてひと口だな、とぼんやりと思う。

まあいい。他の串は美味そうだ。

包みと引き換えに金を出そうとする俺の横からすっと伸びた手が、代わりに支払いを終えてしまった。

振り返り、目を見張った。

その手の主に会うのは想定の範囲内だったが、まさかこの場に直接現れるとは思ってなかったからだ。

しっかりお釣りを受け取ってから、漆黒の瞳が俺を捉える。

「アマンド、今日は世話になる」

そう言って、財布をしまうのは、エルバート王子殿下だ。

慌てて壁際に移動した。

今日の髪色はダークブラウンで一本にまとめて結っており、ぱっと見は貴族の令息という風貌だ。

お忍びなら、殿下と呼ぶのは不適当だろう。

なんと呼ぶべきか詰まっていると、察したらしい殿下から「ルチアだ」と名乗られた。

「・・ルチア様、一応お聞きしますが、今日はどんなご用でこちらへ?」

「もちろん、ジュディに会いに。」







そして今現在。

俺は貴賓席でマルグリット侯爵令嬢から冷ややかな視線を受けている。

串焼きだけでなく、殿下まで持ち帰ったことで、裏切り者の扱いに格下げされたようだ。

「やあ、奇遇だねジュディ。」

「・・なんでここにいますの」

「屋台に並んでいたら偶然会ってね、アマンドが誘ってくれたんだ。」

ニコニコとする殿下に剣のある眼差しを投げかけるジュディ嬢。

「毒味の必要な方が、屋台で串焼き?まさかそれを信じろと仰いますの?」

「嘘ではないよ?これも私が買ったんだ。そうだな?アマンド?」

俺が頷く前に、ご令嬢が殿下に食ってかかる。

「私が今日ここに来ることを誰に聞いたのか、正直に仰ってください。お父様ですの?それとも兄様かしら?」

「偶然だよ、偶然。偶々視察も兼ねてここにくる予定だったんだ。」

「お戯れはおやめください。お父様でしょう?」

「そうやって身内を疑うのはもうやめておあげ。君に無視されたとディケンズが毎日わざわざ私の前に来ては嘆いてくるんだ」

「それはお父様の自業自得ですもの。やはり今回もお父様ですわね?」

「ジュディ、早とちりしないでおくれ。本当に偶々なんだから・・」

・・・面倒なことになった。

まあ、今日レイリアに付き添ったのは、殿下とレイリアを俺抜きで会わせないためだったので、俺の目的は達成したことになる。

殿下とご令嬢のやりとりを尻目に、レイリアの隣に座って串焼きの包みを開けた。

焼きたてを包んでくれたので、まだ熱い。

殿下に断ってから食べ始める。

王子殿下の登場に固まっていたレイリアが「アマンド様」と耳打ちしてきた。

「レイリアも食べるか?」

「いえ、そうではなくて・・でん・・いえ、あの方はなぜここに?」

そういえば、レイリアにはまだ伝えていなかった。殊更に声を潜める。

「殿下はご令嬢を妃に望まれているんだ」

「まぁ!やっぱり・・!」

瞳を輝かせてレイリアが身を乗り出した。

「こないだの宴で、殿下から相談された。ご令嬢から嫌われているから援護してほしい、と。」

「わかりました!」

詳しい説明は省いたが、どうやらレイリアには伝わったようだ。

ジュディ嬢が王妃になるかもしれないというのに、あまりにあっさり受け入れるので俺は逆に驚いた。

「レイリアは・・その、驚かないのか?」

「そのようなことを前に聞いてましたし、それに・・ピッタリだなって。」

「ピッタリ?」

「ジュディ様って物語に出てくる女王様みたいでしょう?ジュディ様がお妃様になるのなら、何か納得というかむしろ違和感がないというか・・」

悪びれもせず笑顔でそう言うレイリア。

「女王様みたい」と言うのがジュディ嬢の見た目のことなのか、性格のことなのか、そこは聞かないでおこう。

殿下とジュディ嬢のやり取りはまだ続いている。

殿下の護衛が間に入ったが、逆にジュディ嬢にやり込められて殿下の立場を悪くしていた。

ああいうのは、生半可な気持ちで立ち入ってはいけないのだ。

レイリアはと言うと、2人のやりとりをニコニコしながら眺めるのみ。レイリアが安心して見ていると言うことは、ジュディ嬢にとってはじゃれあいのようなものなのかもしれない。

俺が順調に牛ハラミ焼きと鶏のハニーマスタード焼きの串を平らげたところで、殿下とやり合うジュディ嬢がふとこちらを見た。

一瞬、口角を持ち上げたジュディ嬢が包みを指さす。

「殿下、それではあの串焼きもご自分でお求めになったということですわよ?」

見た目からして辛そうな鶏の本格スパイシー焼きがそこにはあった。

チラリと包みを見て、間をおいて、殿下が頷く。

「ああ、そうだよ。」

「では気兼ねなくお召し上がりになっては?お味の感想を伺いたいんですの」

ジュディ嬢の挑発的な顔。

殿下が俺に向けた視線は、昏い。

「アマンド、それをくれ」

いや、絶対やめた方がいいだろ。

そこでレイリアが声を上げた。

「あの・・あまり無茶はしない方が・・」

「いいんだ、レイリアさん。ジュディもこれを食べれば納得してくれるんだろう?」

何も言わずに微笑んだままこちらを見つめるジュディ嬢。

護衛が止めるが、殿下は覚悟を決めたようだ。

毒味を買って出た護衛が、「辛っ・・!」と言ってうずくまる。

「貴様、なんてものを買ってくれたんだ!」と護衛の中の偉い人らしき人物が、俺の胸ぐらを掴んだ。

選んだのは俺だが、買ったのは殿下なんだが。

理不尽な叱責を受けながら、俺は思った。

「やはり王族に関わると碌なことがない・・」と。






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