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秋
秋の気配
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私は今、アマンド様とジュディ様、そしてお忍びでいらしたエルバート王子殿下と一緒に競馬場の貴賓席にいる。
機嫌を悪くしたジュディ様が、王子殿下に辛い串を食べさせるというひと波乱があったが、殿下が一切れ食べきったことで、ジュディ様は溜飲を下げたようだ。
ただでは引き下がらず、倍返しにしてやり返すジュディ様の精神は、相手が王族であっても等しく発揮されるらしい。
それにしても王子殿下はすごい。
あんなに辛そうな食べ物を食べて、目元は赤く、汗もすごいけど表情は変わらないままだ。
牛乳を手放さずにちょびちょび飲みながら、殿下が呟いた。
「アマンド、これは本当に毒ではないのか?舌の痺れが取れないんだが。」
「大丈夫です。それは山椒という香辛料のせいです。」
そう答えるアマンド様も、同じく牛乳を口に含む。
王子殿下が串焼きを食べた後に、「ガーナー卿も遠慮なさらないで、さ、どうぞ?」と笑顔でジュディ様から勧められ、アマンド様も食べ切ったのだ。
そんなちょっとした騒動があったけれど、レースは黒馬コックスウェルが1等になり、ジュディ様は大変ご満悦でコックスウェルを祝福しに向かった。
厩舎に戻されたコックスウェルはジュディ様の来訪に喜びすぎて、軽く後ろ足で立ち上がるほどだ。
「ゲルト、あれを。」
「はい、お嬢様。」
ゲルトさんが恭しく瓶を渡す。
「よくやったわ、コックスウェル。あなたの好きな菜の花の蜂蜜よ」
前足で地面を掻いて催促するコックスウェルに笑いながら、ジョナスさんが蜂蜜を受け取った。
コックスウェルの艶々と黒光りする毛の質感は、確かにとてもきれいだった。
「ジュディ様は黒い馬がいいんですか?」
「私の馬?いいえ、足が速ければ見た目はそんなに拘らないわ。だから競馬の引退馬でもいいと思ってるの。走れるならね。」
ジョナスさんが「それなら」と振り返る。
「コックスウェルの子馬なんだが、足は速いのが系列の厩舎にいたねぇ。競走馬にするには少し大人しすぎて、騎士団に卸そうって言ってたんだが、もうすぐ2歳の牝馬だ。見た目はコックスウェルに似て黒くて、鬣が白くて、綺麗な馬だよ。どうだい嬢ちゃん、興味あるかい?」
「あるわ!」
「今度見に行ってみるといいさ。嬢ちゃんに飼ってもらえるならきっとその馬も幸せだ」
「ゲルト!厩舎の情報を聞いておいて頂戴」
ジュディ様の夢が、一歩前進したようだ。
お昼は競馬場から少し馬車を走らせた所にある、湖の畔に準備されていた。
湖畔に置かれた、白いテーブルセット。
その非日常感が、逆に幻想的だ。
当たり前のように王子殿下も着いてきているが、ジュディ様は馬の話に夢中で、それを咎める様子はない。
湖を囲む森にも、対岸の山々にも、色づいてきた紅葉が垣間見える。
それが湖面に反射して映り、緑と赤と黄とが入り混じった素晴らしい眺望を作り出していた。
王都を離れてきたのだと、しみじみ思う。
ぼうっと眺めていると、いつの間にかアマンド様が隣に並んでいた。
「リア?どうした?」
「いえ・・まるで小旅行みたいだと思って。」
「そうだな」とアマンド様も言って、2人無言でしばらく景色を眺めた。
これから、どんどん葉が色づいて、本格的な秋がやってくる。
過ぎていく時間を、これからもこうやって、アマンド様と共に過ごせるんだと思うと、それにひどく安心している自分がいた。
「リア、今度うちの別荘に来ないか?」
「別荘、ですか?」
「そう、コルン地方にあるんだ。王都から山を一つ越えるだけだからそんなに遠くない。そこでゆっくり読書しても、馬で遠乗りしてもいい。夜は好きなだけ星空を見上げて・・それこそ小旅行みたいに、うちの別荘で過ごすんだ。きっと気分も変わる」
「どう?」と私を見るアマンド様の表情は、どこまでも柔らかい。
「ええ、とっても楽しそうです!」
周りの美しい景色のおかげか、私たちは穏やかなひと時を過ごしたのだった。
機嫌を悪くしたジュディ様が、王子殿下に辛い串を食べさせるというひと波乱があったが、殿下が一切れ食べきったことで、ジュディ様は溜飲を下げたようだ。
ただでは引き下がらず、倍返しにしてやり返すジュディ様の精神は、相手が王族であっても等しく発揮されるらしい。
それにしても王子殿下はすごい。
あんなに辛そうな食べ物を食べて、目元は赤く、汗もすごいけど表情は変わらないままだ。
牛乳を手放さずにちょびちょび飲みながら、殿下が呟いた。
「アマンド、これは本当に毒ではないのか?舌の痺れが取れないんだが。」
「大丈夫です。それは山椒という香辛料のせいです。」
そう答えるアマンド様も、同じく牛乳を口に含む。
王子殿下が串焼きを食べた後に、「ガーナー卿も遠慮なさらないで、さ、どうぞ?」と笑顔でジュディ様から勧められ、アマンド様も食べ切ったのだ。
そんなちょっとした騒動があったけれど、レースは黒馬コックスウェルが1等になり、ジュディ様は大変ご満悦でコックスウェルを祝福しに向かった。
厩舎に戻されたコックスウェルはジュディ様の来訪に喜びすぎて、軽く後ろ足で立ち上がるほどだ。
「ゲルト、あれを。」
「はい、お嬢様。」
ゲルトさんが恭しく瓶を渡す。
「よくやったわ、コックスウェル。あなたの好きな菜の花の蜂蜜よ」
前足で地面を掻いて催促するコックスウェルに笑いながら、ジョナスさんが蜂蜜を受け取った。
コックスウェルの艶々と黒光りする毛の質感は、確かにとてもきれいだった。
「ジュディ様は黒い馬がいいんですか?」
「私の馬?いいえ、足が速ければ見た目はそんなに拘らないわ。だから競馬の引退馬でもいいと思ってるの。走れるならね。」
ジョナスさんが「それなら」と振り返る。
「コックスウェルの子馬なんだが、足は速いのが系列の厩舎にいたねぇ。競走馬にするには少し大人しすぎて、騎士団に卸そうって言ってたんだが、もうすぐ2歳の牝馬だ。見た目はコックスウェルに似て黒くて、鬣が白くて、綺麗な馬だよ。どうだい嬢ちゃん、興味あるかい?」
「あるわ!」
「今度見に行ってみるといいさ。嬢ちゃんに飼ってもらえるならきっとその馬も幸せだ」
「ゲルト!厩舎の情報を聞いておいて頂戴」
ジュディ様の夢が、一歩前進したようだ。
お昼は競馬場から少し馬車を走らせた所にある、湖の畔に準備されていた。
湖畔に置かれた、白いテーブルセット。
その非日常感が、逆に幻想的だ。
当たり前のように王子殿下も着いてきているが、ジュディ様は馬の話に夢中で、それを咎める様子はない。
湖を囲む森にも、対岸の山々にも、色づいてきた紅葉が垣間見える。
それが湖面に反射して映り、緑と赤と黄とが入り混じった素晴らしい眺望を作り出していた。
王都を離れてきたのだと、しみじみ思う。
ぼうっと眺めていると、いつの間にかアマンド様が隣に並んでいた。
「リア?どうした?」
「いえ・・まるで小旅行みたいだと思って。」
「そうだな」とアマンド様も言って、2人無言でしばらく景色を眺めた。
これから、どんどん葉が色づいて、本格的な秋がやってくる。
過ぎていく時間を、これからもこうやって、アマンド様と共に過ごせるんだと思うと、それにひどく安心している自分がいた。
「リア、今度うちの別荘に来ないか?」
「別荘、ですか?」
「そう、コルン地方にあるんだ。王都から山を一つ越えるだけだからそんなに遠くない。そこでゆっくり読書しても、馬で遠乗りしてもいい。夜は好きなだけ星空を見上げて・・それこそ小旅行みたいに、うちの別荘で過ごすんだ。きっと気分も変わる」
「どう?」と私を見るアマンド様の表情は、どこまでも柔らかい。
「ええ、とっても楽しそうです!」
周りの美しい景色のおかげか、私たちは穏やかなひと時を過ごしたのだった。
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