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秋
不審死を追って②
"グッドスリープ"はどんな不眠にも効く睡眠剤だと触れ込まれ、不眠に悩む中年層の貴族の間に侵食し始めた。
『多少の幻覚作用があるため表立って売ることはできないが、作用と言っても寝ている間に良い夢を見る程度。他国では王族も使用しているので安心してほしい。』
仮面舞踏会や、商人達も出入りする大規模なパーティーなど、誰でも紛れ込めそうな場で、概ねそんな説明をされて「試しにどうぞ」と手渡される。
炙って煙を吸入するだけで、すぐに眠りにつくことができる上に、寝ている間に、それはそれは極上の夢を見る。
夢の中で自分の願望が全て叶い満ち足りた気持ちで起きられて、よく眠れたおかげで次の日の作業効率もあがるので、良いことずくめの薬のように思うだろう。
自ずと”グッドスリープ”を買うことも使うことにも抵抗はなくなり、"眠るため"と言いながら、夢で満ち足りた気分が忘れられず、薬を使う者も出てくる。
しかし、何度も使っていくうちに気づくのだ。
"グッドスリープ"を使わないで眠ると、悪夢を・・それもとびきり残酷な悪夢を見ることに。
ある者は、愛する家族を目の前で殺される夢を。
ある者は、化け物が追いかけてきて喰われる夢を。
絶望とともに目覚める恐怖。
怖くて、薬が無いと寝られない。
そうなるともう、止まれない。
そうやって、どんどん深みに嵌っていく。
"グッドスリープ"が手放せなくなると、当然眠る時間が増えていく。
飲食も疎かになり、見る間に体重が落ちていく。
夢と現の区別がつかなくなり、錯乱するものも少なく無い。
そうして乱用しているうちに、いつか、眠ったまま冷たくなって発見される。
彼らの本当の死因は、薬物過剰摂取による呼吸停止や、錯乱による事故死、栄養失調や脱水による衰弱死・・という所だ。
家人は精神が病んだと思うか、または薬の存在に薄々気付く者もいるだろうが、正しい死因を表沙汰にしたくない遺族にとっては、便宜上「原因不明の突然死」とした方が都合が良い。
強い依存性をもつこの薬の原料は、この国には自生しない茸を原料にしているらしい。
ロイリス ピートの調査を経て、薬の送り元の国までは突き止められたが、ピート男爵家も結局下っ端で、捜査は行き詰まっている。
"グッドスリープ" 関連だと思われる突然死はこの3か月で8件。
その内、若者は2名、どちらも女性だった。
不眠に悩むような年頃ではない令嬢が、なぜ"グッドスリープ"に手を出すのか。その糸口はまだ掴めていない。
次の目的地に到着し、3人で馬車から降り立つ。
案内係に先導され大聖堂の中に入ると、神父が小さな棺に向かって祈りを捧げている最中だった。
周囲からチラチラと視線を感じながら、礼拝席の間を抜けて3人並んで着席する。
礼拝堂のあちこちから、すすり泣く声が聞こえる。
程なくして神父が祈りを終えたので、花を手向けるために列に並んだ。
棺の中の少女は、まるでただ眠っているかのようで、血色の無い青白い肌だけが、この少女が生きていないことを証明していた。
「ぉお・・・まさかあなた様がいらしてくださるとは・・」
ベルナードに話しかけるのは、家長のレンブラント伯爵だろう。
亡くなった少女は、レンブラント伯爵の孫にあたる。
先ほどから棺のそばで泣き崩れているのはレンブラント伯爵の長男夫婦であり少女の両親だ。
「そうなんです。いつもなら自分から起きてくるのに・・珍しくメイドが起こしに行ったら、すでに冷たくなっていて・・さすがの私も気が動転しました。喘息はありましたが、体調が悪いということもなかったんです。その前の日も、いつも通りで・・私も何が何だか・・。」
ベルナードとレンブラント伯爵の会話を聞くともなしに聞いていると、キルシュナーが耳打ちしてきた。
「見たところ、不審な点はないな。まぁさすがに10歳だしな・・アレ関連じゃないだろう。ベルナード様の立ち話が終わったら帰るから、一応出席者の顔を確認しておけ」
レンブラント伯爵と話を終えたベルナードの周りに、挨拶しようと数人が集まる。
グルトも後から知ったのだが、実はベルナードは王位継承権11位を持っているらしく、名を売ろうとする貴族は多い。
グルトは出席者の顔をそれとなく見回し、順番に表情を見ていく。
(悲しい顔、悲しい顔、退屈してる顔、後悔の顔、様子を伺う顔、悲しい顔・・)
グルトはその情報収集能力の高さから、ベルナードに重用されていた。
グルトは人の顔を・・とりわけ表情を読み取る能力が極めて高い。
大勢の人の中から、目当ての人を探し出すのも瞬時に出来るし、表情だけでその人の本心が読めるので、言動に惑わされることもない。
グルトはそれを特別なこととは思っていなかったが、それを見抜いたのはベルナードである。
(悲しい顔、疲れた顔、疲れた顔、眠い顔、悲しい顔、心細い顔・・・あ・・)
間もなく出棺、と神父が告げると、泣いていた両親に促され、棺の影から青年2人と、10代後半らしき女の子が、ふらふらと立ち上がった。
「あれは・・?」
「兄弟だろ。あそこは上2人が男、下2人が女の4人兄弟なんだ。今回亡くなった子どもは末っ子だ。」
兄だという2人は、どちらも耐え忍ぶように口を引き結んでいる。
その2人の兄弟に支えられ、やっとの事で立っている少女の姉は、可哀想なほど真っ白な顔で滂沱の涙を流していた。
(あれは・・・)
「よし、ベルナード様が終わったようだ。グルト、出るぞ。帰ったらすぐに会議に・・グルト?」
キルシュナーは付いてこないグルトを振り返り、その視線の先を見た。
呆然と涙を流す少女の姉を、熱心に見つめるグルトの顔つきは険しい。
「おいおい、まさか・・」
少女の両親が、残された兄弟たちと抱擁を交わす間も、少女の姉はその表情を崩さない。
あの表情を、グルトは騎士団にいた頃に何度も見たことがある。そう、あれはーー
(あれは・・罪に怯える、罪人の顔だ)
「まさか・・・当たりなのか?」
キルシュナーの上擦った声に、グルトはしばらく頷くことができなかった。
『多少の幻覚作用があるため表立って売ることはできないが、作用と言っても寝ている間に良い夢を見る程度。他国では王族も使用しているので安心してほしい。』
仮面舞踏会や、商人達も出入りする大規模なパーティーなど、誰でも紛れ込めそうな場で、概ねそんな説明をされて「試しにどうぞ」と手渡される。
炙って煙を吸入するだけで、すぐに眠りにつくことができる上に、寝ている間に、それはそれは極上の夢を見る。
夢の中で自分の願望が全て叶い満ち足りた気持ちで起きられて、よく眠れたおかげで次の日の作業効率もあがるので、良いことずくめの薬のように思うだろう。
自ずと”グッドスリープ”を買うことも使うことにも抵抗はなくなり、"眠るため"と言いながら、夢で満ち足りた気分が忘れられず、薬を使う者も出てくる。
しかし、何度も使っていくうちに気づくのだ。
"グッドスリープ"を使わないで眠ると、悪夢を・・それもとびきり残酷な悪夢を見ることに。
ある者は、愛する家族を目の前で殺される夢を。
ある者は、化け物が追いかけてきて喰われる夢を。
絶望とともに目覚める恐怖。
怖くて、薬が無いと寝られない。
そうなるともう、止まれない。
そうやって、どんどん深みに嵌っていく。
"グッドスリープ"が手放せなくなると、当然眠る時間が増えていく。
飲食も疎かになり、見る間に体重が落ちていく。
夢と現の区別がつかなくなり、錯乱するものも少なく無い。
そうして乱用しているうちに、いつか、眠ったまま冷たくなって発見される。
彼らの本当の死因は、薬物過剰摂取による呼吸停止や、錯乱による事故死、栄養失調や脱水による衰弱死・・という所だ。
家人は精神が病んだと思うか、または薬の存在に薄々気付く者もいるだろうが、正しい死因を表沙汰にしたくない遺族にとっては、便宜上「原因不明の突然死」とした方が都合が良い。
強い依存性をもつこの薬の原料は、この国には自生しない茸を原料にしているらしい。
ロイリス ピートの調査を経て、薬の送り元の国までは突き止められたが、ピート男爵家も結局下っ端で、捜査は行き詰まっている。
"グッドスリープ" 関連だと思われる突然死はこの3か月で8件。
その内、若者は2名、どちらも女性だった。
不眠に悩むような年頃ではない令嬢が、なぜ"グッドスリープ"に手を出すのか。その糸口はまだ掴めていない。
次の目的地に到着し、3人で馬車から降り立つ。
案内係に先導され大聖堂の中に入ると、神父が小さな棺に向かって祈りを捧げている最中だった。
周囲からチラチラと視線を感じながら、礼拝席の間を抜けて3人並んで着席する。
礼拝堂のあちこちから、すすり泣く声が聞こえる。
程なくして神父が祈りを終えたので、花を手向けるために列に並んだ。
棺の中の少女は、まるでただ眠っているかのようで、血色の無い青白い肌だけが、この少女が生きていないことを証明していた。
「ぉお・・・まさかあなた様がいらしてくださるとは・・」
ベルナードに話しかけるのは、家長のレンブラント伯爵だろう。
亡くなった少女は、レンブラント伯爵の孫にあたる。
先ほどから棺のそばで泣き崩れているのはレンブラント伯爵の長男夫婦であり少女の両親だ。
「そうなんです。いつもなら自分から起きてくるのに・・珍しくメイドが起こしに行ったら、すでに冷たくなっていて・・さすがの私も気が動転しました。喘息はありましたが、体調が悪いということもなかったんです。その前の日も、いつも通りで・・私も何が何だか・・。」
ベルナードとレンブラント伯爵の会話を聞くともなしに聞いていると、キルシュナーが耳打ちしてきた。
「見たところ、不審な点はないな。まぁさすがに10歳だしな・・アレ関連じゃないだろう。ベルナード様の立ち話が終わったら帰るから、一応出席者の顔を確認しておけ」
レンブラント伯爵と話を終えたベルナードの周りに、挨拶しようと数人が集まる。
グルトも後から知ったのだが、実はベルナードは王位継承権11位を持っているらしく、名を売ろうとする貴族は多い。
グルトは出席者の顔をそれとなく見回し、順番に表情を見ていく。
(悲しい顔、悲しい顔、退屈してる顔、後悔の顔、様子を伺う顔、悲しい顔・・)
グルトはその情報収集能力の高さから、ベルナードに重用されていた。
グルトは人の顔を・・とりわけ表情を読み取る能力が極めて高い。
大勢の人の中から、目当ての人を探し出すのも瞬時に出来るし、表情だけでその人の本心が読めるので、言動に惑わされることもない。
グルトはそれを特別なこととは思っていなかったが、それを見抜いたのはベルナードである。
(悲しい顔、疲れた顔、疲れた顔、眠い顔、悲しい顔、心細い顔・・・あ・・)
間もなく出棺、と神父が告げると、泣いていた両親に促され、棺の影から青年2人と、10代後半らしき女の子が、ふらふらと立ち上がった。
「あれは・・?」
「兄弟だろ。あそこは上2人が男、下2人が女の4人兄弟なんだ。今回亡くなった子どもは末っ子だ。」
兄だという2人は、どちらも耐え忍ぶように口を引き結んでいる。
その2人の兄弟に支えられ、やっとの事で立っている少女の姉は、可哀想なほど真っ白な顔で滂沱の涙を流していた。
(あれは・・・)
「よし、ベルナード様が終わったようだ。グルト、出るぞ。帰ったらすぐに会議に・・グルト?」
キルシュナーは付いてこないグルトを振り返り、その視線の先を見た。
呆然と涙を流す少女の姉を、熱心に見つめるグルトの顔つきは険しい。
「おいおい、まさか・・」
少女の両親が、残された兄弟たちと抱擁を交わす間も、少女の姉はその表情を崩さない。
あの表情を、グルトは騎士団にいた頃に何度も見たことがある。そう、あれはーー
(あれは・・罪に怯える、罪人の顔だ)
「まさか・・・当たりなのか?」
キルシュナーの上擦った声に、グルトはしばらく頷くことができなかった。
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