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秋
人助けの罠
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途中立ち寄った小さな村で昼食をとり、再び馬車に揺られること2時間。
「順調だな。レイリア、あと1時間もすれば到着するぞ。」
アマンド様が声を弾ませた。
「あそこに見える川は別荘のすぐ近くにも流れてるんだ。いつもはもっと浅いんだが、昨日の雨のせいで増水しているな。」
結局、3時間は熟睡したであろう彼の顔は、今朝とは違いスッキリとしている。
「到着して、まだ陽があったら屋敷の周りを散策しよう」
「アマンド様、お夕飯まではお休みする約束ですよ」
「もう大丈夫だ。リアのおかげで、完全に回復した。」
確かに、目の下の隈はもうなくなっている。
Y字路を左方向に進んで少しした頃、唐突に馬車が停まった。
「どうかしたんでしょうか?」
その後報告に来た護衛騎士によると、どうやら車輪が泥濘にはまり、立ち往生している馬車がいて前に進めないらしい。
「手伝っているんですが、車輪がかなり深くはまっている上に、大きな荷馬車でビクともしなくて・・」
「わかった。俺も行こう。レイリア、少しここで待っていてくれ。あまりここで時間を取られると陽が落ちてしまう」
馬車に護衛を1人残し、アマンド様が手伝いに向かう。
何度も調子を合せる掛け声が聞こえてくるが、作業の具合は良くないようだ。
空を見上げると、日差しはまだ十分にあるが、太陽の位置はだいぶ低くなっている。
気温も下がってきた。森には夜行性の狼もいる。暗くならないうちに着けるだろうか。
何かできることがないか考えたが、力仕事で手伝えることはなさそうだ。
(・・大人しくここにいる方が良さそうね。刺繍でもしていようかしら)
まさかここにきて刺繍が役に立つとは。あとでキーラに教えてあげないと。
そんなことを考えていたら、馬車に近づいてくる足音が聞こえた。
馬車の護衛と何事かを話している。
「荷馬車にいたご婦人が、具合が悪いらしく・・体が冷えたせいだろうが、少し馬車の中で休ませてやれないだろうか」
「ここでか?お嬢様がいるのに?」
「しかし今、他に馬車がなくて・・」
「あの、大丈夫です。どうぞ?」
車窓から顔を出してそう伝えると、恐縮した様子の護衛さんが女の人を連れて入ってきた。
その女性は、言葉少なに「申し訳ありません」と呟いて、力なく向かいに座り込んだ。
指先も顔色も青白く、震えている。
護衛さんに温かいお茶を頼み、ひざ掛けを肩と足にそれぞれかけてさすってやる。
お湯を沸かしながら護衛さんが作ってくれた温石で、程なく血色の戻ったその女性は、名をシュナと名乗った。
エキゾチックな魅力のある、綺麗な人だった。
「本当に助かりましたわ。まさか伯爵様にお助けいただくなんて・・」
彼女は行商で、夫婦で村々を周り品物を売り歩いているのだという。
「そうだわ、あのこれ・・せめてものお礼に召し上がってください。貴族向けに新しく仕入れたチョコレートですの。中のガナッシュがひとつひとつ味が違っていて、是非感想をお聞きしたいわ」
差し出された箱には、様々な形のチョコレートが一粒ずつ綺麗に並んでいた。
「おいしそう・・」
さあどうぞ、と促され、その中からリボンが描かれたチョコレートをつまみ口にする。
少しビターなチョコレートと滑らかなガナッシュ。質の良いチョコレートだ。ガナッシュはオレンジの風味がした。
「如何です?」
「美味しいですけど・・かなりビターですね」
後口に少しアルコールのような風味と、苦味が残る。
「お酒に合うようなチョコレートとして販売予定ですの。お口直しにこちらは?ベリーのジャム入りですわ」
勧められた花の形のチョコレートも、後味に苦味が残る。
「あまりお口にあわなかったかしら・・・申し訳ないわ」
「いえ・・」
時間が経つほど、苦味が際立ってくる。
丁度護衛さんが出してくれたお茶で何度か口直しをしている間、シュナさんは窓の外を見ていた。
外からは、今も調子を合わせる掛け声が聞こえて来る。
ふと、シュナさんがこちらを向いた。
「本当に申し訳ないですわ・・私たちのせいで・・」
「いえ」
「昨日雨が降っていたから、泥濘には気をつけるようにしていたのに・・実は行商を始めたのは最近のことで・・ですから荷馬車の移動に慣れていなくて・・・」
唐突に軽いめまいを感じて、私は目を瞬いた。
「元々は占いを生業としていましたの。」
「占い、ですか」
「ええ。」
「占い・・」
そう呟いて、その先の言葉は出てこない。
もやがかかったように、思考が霧散していく。
向かいの女性は、口角を上げて微笑んでいる。
「占いをされたことはありまして?私、王都ではなかなか人気の占い師だったんですの。貴族の方も訪ねて来てくださって、若い方の恋愛相談にものったりして・・」
いつの間にか、頬が座面に触れているのに、体を起こすこともままならない。
彼女は私の異常など意に介さないように、楽しそうにおしゃべりを続ける。
抗わなければ、という焦燥感。
不意にドンッ!と馬車に衝撃が走る。
何かが、起きている。
「さ、そろそろかしら・・レイリア様?」
急激に閉じようとしていく意識。
「そのまま、お眠りになって?」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
「順調だな。レイリア、あと1時間もすれば到着するぞ。」
アマンド様が声を弾ませた。
「あそこに見える川は別荘のすぐ近くにも流れてるんだ。いつもはもっと浅いんだが、昨日の雨のせいで増水しているな。」
結局、3時間は熟睡したであろう彼の顔は、今朝とは違いスッキリとしている。
「到着して、まだ陽があったら屋敷の周りを散策しよう」
「アマンド様、お夕飯まではお休みする約束ですよ」
「もう大丈夫だ。リアのおかげで、完全に回復した。」
確かに、目の下の隈はもうなくなっている。
Y字路を左方向に進んで少しした頃、唐突に馬車が停まった。
「どうかしたんでしょうか?」
その後報告に来た護衛騎士によると、どうやら車輪が泥濘にはまり、立ち往生している馬車がいて前に進めないらしい。
「手伝っているんですが、車輪がかなり深くはまっている上に、大きな荷馬車でビクともしなくて・・」
「わかった。俺も行こう。レイリア、少しここで待っていてくれ。あまりここで時間を取られると陽が落ちてしまう」
馬車に護衛を1人残し、アマンド様が手伝いに向かう。
何度も調子を合せる掛け声が聞こえてくるが、作業の具合は良くないようだ。
空を見上げると、日差しはまだ十分にあるが、太陽の位置はだいぶ低くなっている。
気温も下がってきた。森には夜行性の狼もいる。暗くならないうちに着けるだろうか。
何かできることがないか考えたが、力仕事で手伝えることはなさそうだ。
(・・大人しくここにいる方が良さそうね。刺繍でもしていようかしら)
まさかここにきて刺繍が役に立つとは。あとでキーラに教えてあげないと。
そんなことを考えていたら、馬車に近づいてくる足音が聞こえた。
馬車の護衛と何事かを話している。
「荷馬車にいたご婦人が、具合が悪いらしく・・体が冷えたせいだろうが、少し馬車の中で休ませてやれないだろうか」
「ここでか?お嬢様がいるのに?」
「しかし今、他に馬車がなくて・・」
「あの、大丈夫です。どうぞ?」
車窓から顔を出してそう伝えると、恐縮した様子の護衛さんが女の人を連れて入ってきた。
その女性は、言葉少なに「申し訳ありません」と呟いて、力なく向かいに座り込んだ。
指先も顔色も青白く、震えている。
護衛さんに温かいお茶を頼み、ひざ掛けを肩と足にそれぞれかけてさすってやる。
お湯を沸かしながら護衛さんが作ってくれた温石で、程なく血色の戻ったその女性は、名をシュナと名乗った。
エキゾチックな魅力のある、綺麗な人だった。
「本当に助かりましたわ。まさか伯爵様にお助けいただくなんて・・」
彼女は行商で、夫婦で村々を周り品物を売り歩いているのだという。
「そうだわ、あのこれ・・せめてものお礼に召し上がってください。貴族向けに新しく仕入れたチョコレートですの。中のガナッシュがひとつひとつ味が違っていて、是非感想をお聞きしたいわ」
差し出された箱には、様々な形のチョコレートが一粒ずつ綺麗に並んでいた。
「おいしそう・・」
さあどうぞ、と促され、その中からリボンが描かれたチョコレートをつまみ口にする。
少しビターなチョコレートと滑らかなガナッシュ。質の良いチョコレートだ。ガナッシュはオレンジの風味がした。
「如何です?」
「美味しいですけど・・かなりビターですね」
後口に少しアルコールのような風味と、苦味が残る。
「お酒に合うようなチョコレートとして販売予定ですの。お口直しにこちらは?ベリーのジャム入りですわ」
勧められた花の形のチョコレートも、後味に苦味が残る。
「あまりお口にあわなかったかしら・・・申し訳ないわ」
「いえ・・」
時間が経つほど、苦味が際立ってくる。
丁度護衛さんが出してくれたお茶で何度か口直しをしている間、シュナさんは窓の外を見ていた。
外からは、今も調子を合わせる掛け声が聞こえて来る。
ふと、シュナさんがこちらを向いた。
「本当に申し訳ないですわ・・私たちのせいで・・」
「いえ」
「昨日雨が降っていたから、泥濘には気をつけるようにしていたのに・・実は行商を始めたのは最近のことで・・ですから荷馬車の移動に慣れていなくて・・・」
唐突に軽いめまいを感じて、私は目を瞬いた。
「元々は占いを生業としていましたの。」
「占い、ですか」
「ええ。」
「占い・・」
そう呟いて、その先の言葉は出てこない。
もやがかかったように、思考が霧散していく。
向かいの女性は、口角を上げて微笑んでいる。
「占いをされたことはありまして?私、王都ではなかなか人気の占い師だったんですの。貴族の方も訪ねて来てくださって、若い方の恋愛相談にものったりして・・」
いつの間にか、頬が座面に触れているのに、体を起こすこともままならない。
彼女は私の異常など意に介さないように、楽しそうにおしゃべりを続ける。
抗わなければ、という焦燥感。
不意にドンッ!と馬車に衝撃が走る。
何かが、起きている。
「さ、そろそろかしら・・レイリア様?」
急激に閉じようとしていく意識。
「そのまま、お眠りになって?」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
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