白銀の王

春乃來壱

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3.もふもふの夜。

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フィーと白狼が遊びに行くのを見送ってから、長や大人達は客人を出迎える準備をしていた。

今日来るのは帝国の新たな王とその近衛騎士、数人の大臣達だとふみには書いてあった。

先代の王とは仲が良かったが、新たな王とは上手くやって行けるだろうかと長は少しの不安を胸に抱いていた。

そんなことを考えながら支度を進めていると約束の時間になったので長は準備を手伝っていた数人を連れて、集落の入口まで王たちを出迎えに行く。
向かった先に居たのはこちらを見下したように笑う王だった。

「ほう、出迎えとは獣のくせにいい心掛けだ。だがもう次からはしなくて良い。…まぁ、もう貴様らに“次”は来ないがな」

王の不穏な言葉に目を細め、それはどう言うことだ、と問う。

「先王の時代は上手く取り入ってたかもしれんが私が王になったからにはそうはいかぬ。もう貴様らは要らぬ。大人しくしてれば直ぐに終わらせてやろう」

「…我らフェンリルに戦争を仕掛ける、と」

「いいや?我らがこれからするのは一方的な殺戮だ」

「人間がフェンリルに勝てるとでも思っているのか」

「…獣風情が調子に乗るなよ」

2種族の間にビリビリとした空気が流れる。

「…まぁ我らも獣を始末するのは骨が折れる。そこでこんなものを用意した」

「……っ?!」

王の後ろから出てきた近衛騎士が持ってたモノは小さな体から血を流しぐったりとしている男の子だった。

「…なにを」

「ーー貴様らが抵抗すれば“コレ”を殺す。さぁ、人間に大層お優しい貴様らはこの可愛そうな子供を見捨てられるかな?」

血を流しすぎたのだろう。その小さな体に耐え難い苦痛に、激痛に、少年の焦点はもうあっていない。
それを見たフェンリルの青年が耐えきれずに声を荒らげた。

「大事な国の民だろうが!!そんな小さな子に…!」

「あぁ、そうだな。大事な大事な私の国民コマだよ」

その言葉に、ほんの一瞬動きが鈍る。

ーーたった一瞬、それが命取りとなった。

フェンリル達が逃げたり抵抗できない様に、帝国騎士が近くにいた女の足は骨を折り、男の手足を切りつけた。
辺りに激痛に耐えかねたフェンリルの絶叫があがる。
我に返ったフェンリル達が動き出そうとするも もう遅く、傷ついた仲間に剣を突きつけられ抵抗もできない。

「あぁ、貴様が相変わらず馬鹿でよかったよ」

それから王は身動きの取れなくなったフェンリル達に顔を歪め笑いながら問いかける。

「知っていたか?貴様ら獣も一つだけ我等人間の役に立てることがある事を」

「…なにを、言っ…て」

「その力だよ。先王にはバレないよう長年かけて文献を読み返して魔法を使って調べて研究したんだ。フェンリルの瞳は妙薬になる!その血肉を使えば魔力増幅だって望める!獣風情には勿体無い代物だろう?喜べ、我ら人間が有効的に使ってやる!!これでもう我に逆らえるものはいなくなる!!」

王が目を見開き両手を広げ壊れたように笑いだす。

ーーあぁ、もうは狂っている。
体は、もう動かない。他の仲間も、もう動けない。

激痛に襲われるフェンリル達の脳裏に浮かぶのは自分達が死ぬ事よりも、此処にはいないフィーと白狼子供たちのことだった。
どうか、まだかえってくるな。せめてあの二人だけでも無事ににげてーー、

「…もっ…と…あそん…で…やれ…ば、よか…った…なぁ」

心残りを口にする長の胸に騎士の振り下ろしたナイフが深く、突き刺さる。

濁った目で顔を歪めて笑う王の横から出てきた近衛騎士がもう動く力すら残ってないフェンリルの死体から眼球を抉りボタボタと零れていく血を魔法具で回収していく。ソレを袋に詰め、血が抜けてどんどんと冷たくなっていくフェンリルの姿を見て、見下したように笑っていた。






「ーー絶対に、許さない。」




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「…そんな訳で、僕と白狼が最後のフェンリルなんすよ。それをから僕は白狼の所に戻って、人間が足を踏み入れない災厄の森の中心この場所に逃げ込んだんす。」

災厄の森は、奥に進めば進むほど桁違いに強い魔物が生息している。
森の入口近くから湧き出る魔物にも苦戦する人間が踏み込める場所ではなく、中心に生息している魔物もフェンリルには勝てないと本能で察知しているためフィー達は攻撃もされない。

今までは協定を守るため森の入口近くに集落を構えていたが、帝国人から見つからずに逃げ込むには一番だった。

「フィー達は人を、憎んでる?」

「僕が憎んでるのはあの場にいた帝国の人間だけっす。それ以外は別にどうとも思ってないっすかねぇ」

「…そっか」

暗い雰囲気を変えるように、フィーがパンっと手を叩く。

「まぁ暗い話はこれくらいにするっすかね。
もう少し僕らの種族の話しをすると、フェンリルは数千年を生きる種族で、白狼を見てわかるように本来は狼の姿なんす。だけど100年生きると、自分が認めた人に名前をつけてもらうと人に変化出来るようになるんす。人で言う成人の儀、みたいなもんっすかね?僕の場合は長に付けてもらったんすけど」

「あ、だから白狼に名前はないって言ってたの?」

「そうっす!僕がつけてもよかったんすけど…でもやっぱり白狼が自分で選んだ人の方がいいと思ったんで」

「わふ!」

「んむ?ミドリくん、白狼が“名前つけて欲しい”だそうっす」

「え、そんな簡単にいいの?それってかなり大事なものなんじゃ」

フェンリルぼくらにとって、名前は自分と相手をつなぐもの。白狼がそう望んでるのなら僕はいいと思うっす。むしろつけてあげて欲しいっす」

「わふわふ!」

白狼は期待に満ちた目でこちらを見ながら 早く早く!と急かすようにテシテシと叩いてくる。

「ふふっ…わかった、わかったよ。君の名前は…〝むい〟どうかな?」

「わふっ!!」

むいが吠えた時、ボンッと音がしてむいが煙に包まれた。煙が消えて出てきたのは短く揃えられた白銀の髪に紅い瞳の10歳くらいの女の子だった。
名前を貰ったことが嬉しいらしく、ニコニコしながら勢いよく抱きついてきた。

「ミドリ!」

「わぁ?!な、服!服きて!」

「むい、服持ってない!」

「あ、そっか…さっきまで狼だったもんね…ってそうじゃない!フィー!!なんか服とか余ってたりしない?!」

「まったくもう、騒がしいっすねぇ」

そう言いながらもフィーは楽しそうな顔をしていた。
それから3人はむいに合う服をなんとか探して着せた。むいは初めて着る服にソワソワしながら何度も碧とフィーに見せてきて可愛かった。

むいを褒めちぎった後、碧が昨夜から何も食べずにいたことからリビングで夕食をとる事になった。
フィーは料理が得意らしく出してくれた料理はとても美味しかった。


今まで気にする余裕がなく気づかなかったがフィーたちの家は木で出来たこじんまりとした家だった。

この家は、フェンリルの大人達が薬草を取りに行く時に森の中心部まで行くことがあり、その時に休める場所や集落に置ききれない薬草を置いておく保存庫して元々建ててあった建物らしく、寝室、リビング、キッチン、地下には小さいけれど食料庫や倉庫などがある。

他にもフィー達と話してるうちに分かって来たのは、地球とルーティアの1日の時間は同じで、呼び方だけ「何時」ではなく「何刻」と呼ぶらしい。
月日も1から12ヶ月あり、「何月」ではなく「何の月」といった違いだけだという。

夜食を食べ終え、フィーが出してくれた紅茶を飲みながら話しかける。

「あ、ねぇフィー。1つお願いがあるんだけど…」

「なんすか?」

「俺にこの世界のこととか、魔法を教えて欲しいんだ」

「もちろんいいっすよ!」

「むいも!むいもおしえる!」

「むいも魔法とか使えるの?」

「うん!風のまほうがとくいだよ!」

むいは風魔法、フィーは治癒魔法やサポート魔法を一番得意としている。

他にも使える属性はあるが、適性がなく使い勝手が悪いものもあるらしい。魔法は相性が悪く人によって使い勝手が悪い魔法が存在するらしい。
属性は火、水、風、地の基本属性と、光、闇、氷、無、植物、の特殊属性がある。

「基本は自分の得意な属性を知る所から始めるんす。そこから得意属性を伸ばしていって、苦手な属性もコツを掴めば意外と上手くできるようになったりするんすよ。今日はもう遅いっすし明日の朝にでも早速調べてみるっすか?」

「うん!」

「了解っす。じゃあ今日はもう明日に備えて寝るっすか?
あ、でも寝室は1つしかないから僕達と一緒に寝ることになるけど大丈夫っすか?」

寝る用意をするため動き出そうと立ち上がったフィーが首をかしげながら問いかける。
それに碧は少し言いづらそうに頬をかきながら答える。

「…あー、えっと俺は寝ないからソファー借りててもいいかな?」

「誰かがいると眠れないとかなら僕とむいが此処で寝るっすよ。ミドリくんは色々あって疲れてるんっすからちゃんとベットで寝た方がいいと思うっす」

「あ、そうじゃなくて俺、寝られないんだ。元いた世界では不眠症って呼ぶんだけどこの世界だとなんて言ったらいいのかな…」

「ふみんしょーってのが何かはわかんないっすけど、眠れない病があるって昔おばばに聞いたことある気がするっす。」

「俺暗い所が嫌いで…ちょっと色々あって、眠れなくなっちゃったんだ。輝璃達が居ない時は今まで薬とかで無理やり何とかしてたりもしたんだけど、この世界来た時には持ってなかったから…」

「…それって大丈夫なの?倒れちゃったりしないんすか?」

「ミドリ、具合わるい?だいじょうぶ?」

碧の話を聞いてフィーとむいが心配そうに見つめてくる。
そう言えば輝璃や雪、龍斗や奈那さんに話した時もみんな同じ顔してたなぁ、と思い出し少しおかしくなり笑ってしまった。

「普段生活してる時は問題ないんだ。でも1年に1回、決まった日に急に倒れるらしいんだよね。今までは龍斗とか輝璃とかが一緒にいてくれたから大丈夫だったんだけど…。あ、龍斗は俺の叔父さんで、輝璃は俺の親友なんだ」

「そうだったんすか…その倒れる日っていつ頃なんすか?」

「えっと、ルーティアって今、何の月?」

「3の月っす」

「じゃあまだ大丈夫だと思う。輝璃達から俺が倒れるのは6の月って聞いてるから」

輝璃達から聞いている、というのは碧には倒れた時の事はあまり覚えてないからだ。

「ミドリねないの?じゃあむいもねない!一緒におきてる!」

「ダメだよ、夜は肌寒くなるだろうしむいはちゃんとベットで寝て?俺はもう慣れてるし」

「じゃあ暖かければ一緒でも問題ないってことっすね?」

フィーが言うと同時にポンっと音がして、驚いた碧が向いた先にいたのはさっきまでのむいの様な白銀のオオカミだった。
ただ、むいよりも一回りくらい大きい。

狼の姿これなら暖かいと思うっすよ』

不意にフィーの声が聞こえてきた。いや、聞こえてきたと言うよりは脳に直接言葉が入ってくる感覚と言った方が近いかもしれない。

「…フィー?」

混乱したまま名前を呼ぶと『はいっす』と目の前のオオカミから返事が来る。前脚をあげて手を上げるような素振りをしていて物凄く可愛い。

『名前貰って人間に変化した後は自分の意思で人にもオオカミにもなれるようになるんすよ』

「むいも!むいもなれるよ!」

はいはい!と嬉しそうに手を上げるむいからもポンっと音がして煙から出てきたのはオオカミの姿になったむいだった。

『できたよ!えらい?えらい?』

出来たことを褒めて欲しい むいが目を期待に輝かせながらトタトタと近づいてくる。碧が戸惑いつつその頭を優しく撫でるとむいは気持ちよさそうに目を細めていた。

『これなら僕らも寒くないしミドリくんも暖かくなれていい事たくさんっすね!』

フィーとむいが自分の為に気を使ってくれていることに気づき、なんだか嬉しくてふわりと笑みを浮かべる。

「…じゃあ、お願いしようかな?」

そう言うと碧の座っていたソファーの右隣にフィー、左隣にむいがきて碧を両隣から包むようにペタン座る。2人のふわふわした毛が手にあたる。そのふわふわの毛が気持ちよくて右手でフィーのことを撫で始める。

『んふふ…くすぐったいっすけどなんか落ち着くっすねぇ』

『あ!ずるいずるい!むいも!ミドリ、むいにも!』

フィーだけを撫でていたのが不服らしくむいがグリグリと頭を碧の頬に押し当ててくる。フィーと顔を見合わせ笑いながらむいの頭にも手を伸ばして撫でると満足そうな顔をしていた。

その表情は動物や可愛い物好きの碧の心を鷲掴みにし、碧はしばらくわしゃわしゃと2人を撫で続けふわふわの毛並みを堪能した。


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