異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第6話 執権軽薄病

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「執権軽薄病?」

 実験計画法だよ! 聞き慣れない言葉なのだろうけど、お前ら今の政権になんか不満でもあるんか。

「計画的に実験をやる、ということだ。特に今の場合は、有効な因子がまるで分かっていないから、直交表というのを使うつもりでいる。それは因子と水準次第だがな」

「あと、ダジャレ禁止な」

 じじいが何か言いかけてぐぐぐぐと口をつぐんだ。今回は先制したのは俺のほうだった。ざまぁかんかん。

「よく分からんが、とりあえず現場を案内しよう」

 ソウに案内され俺はめっき室と書かれた部屋に入る。生暖かい空気がもわぁぁぁんと立ちこめるその部屋は、最近新築したらしい真新しい建築材でできていた。しかし置いてある槽や治具工具の類いは極めて古めかしい。あ、これなんか穴が開いてるぞ。

「もしかして、めっきをするようになったのはごく最近か?」
「……鋭いな。どうして分かった?」
「めっきするために専用の部屋を作ったが、ノウハウがないのでとりあえずよそで不要となった古い設備をもらってきた、という感じが満載だ」

「その通りだよ。ウチの主力である武器や防具の注文は、このところ減る一方でな。なんとか売り上げを確保しようと社長がめっきに目をつけたんだ。ただ、めっきそのものは本を見ればやり方が書いてあるが、商品化するほどのノウハウまでは書いていない。それを考えずに社長が独断で突っ走った結果がこれだ」

 あのじじいのやりそうなことだ、気の毒なソウ氏。しかし俺だってめっきについてはまるで素人だ。通り一辺倒の知識しかない。

 じじいと違うのは、こういうときに使える「手法」をいくつか持っているという点だけだ。

 そのひとつが実験計画法だ。別名・田口メソッドのひとつである。詳細については、その筋の専門書にまかせるとして、これは実に有意義な手法なのだ。

 これを使えば、目的とする特性値(この場合はめっきの密着度としよう)に対して、どの工程(めっきや前処理など)のどの水準(浸漬時間や濃度など)がどの程度有効なのかを、データで明確にすることができるのだ。

 ただし、その理屈については、全然知らない。

 _(._・)/コケッ ←ここまで読んできた読者

 俺が知っているのは、①こういう風に計画を立てて、②その通りに試験をしてデータを取り、③得られたデータを解析すれば、必要な情報が得られるということだけだ。

 車を運転するのに、エンジンの内燃機関についての詳細を知っている必要はあるまい。DVDを鑑賞するのに、照射するレーザーの波長を調べる人もいないだろう。それでも日常生活になんの支障も生じない。車は走るしDVDも再生するのだ。バカボンのパパも言うではないか。

 これで良いのだ。

 さて、言い訳が済んだところで、調査調査っと。

「……ところで設備はこれだけか?」

 そこには30×30cmで高さが1mほどの溶液が入った槽(というより四角くて細長いバケツに近い)が、長いテーブルの上に5つ並べて置かれているだけだった。

「そうだ。この2つが前処理槽で、真ん中がめっき槽、次が後処理槽で最後が洗浄槽だ」
「金めっきってシアンを使うんだよな?」
「もちろん」

「いや、もちろんって。そのシアンを処理する設備が見当たらないんだが。これだとシアンが流れ放題じゃないか。どうやって処理してるんだ?」
「何を言ってる。シアンを垂れ流すなんて、そんな危険なことするわけないだろ。これもさっき言ったように覚醒魔法で処理するんだよ」

 シアンは猛毒だ。しかし電解金めっきには必須の物質でもある。元の世界のめっき工場は、どこでもこのシアン処理施設に膨大なコストを使っていた。

 それをここでは魔法で処理……。なんてお気楽極楽な世界だこと。あっちの世界に持って帰りてぇ。それだけでも大もうけできるのになぁ。

「覚醒魔法は、その物質が元々持っていた特性を呼び出す魔法だ。シアンなんか分解すればただの水素と炭素と窒素だ。洗浄液は覚醒魔法で分解して再利用だよ」

 異世界パネェっす。

「あ、紹介しておこう。ウチの専属魔法師のアチラと製造課長のコウセイさんだ」

 あ、ども。と言いながら適当に挨拶をする。人としゃべるの嫌い。作業者なんだから作業をやってくれればいいや。

「初めましてアチラです。こっちにいてもアチラです。あはははは。ユウさんの噂は聞いてますよ。どんな問題でもたちどころに解決してしまうんですってね。期待してます」

 なんて人懐っこいやつだ。こういう風に来られると、それを拒否するほどの人間嫌いというわけではない。しかし俺の噂だと? どんだけ尾ひれがついてんだ。てか、尾ひれしかない魚だぞ、それ。

「アチラはまだ11才だ。ユウよりひとつ年下だな。だけど、ここの作業と魔法に関しては誰よりも詳しいから、何でも聞いてくれ」

 試験するときは、こいつに言えばいいと。え? 魔法師なの、この子。

「どうも、私はコウセイだ。この工房の責任者をしている。何か必要なものがあったら言ってくれ。社長からは何でも便宜を図るようにと言われてる」

 社長から言われているだと? 社長ってあのじじいだよな。何か企みでもあるんか。あるんだろうな。あるに違いない。警戒しておこう。

「じゃあ、コウセイさん、一通りここの工程を説明してあげて」
「はい、分かりました若。といっても槽はこれだけしかありませんが、最初からひとつずつ行きましょう」

 若? あ、ソウのことか。若社長の意味かな。

 最初の槽はツンという鼻につく匂いのする液体が入ったいた。それが何かすぐ分かるほど特徴的な酸っぱい匂いだ。

「最初が塩酸槽だ。酸化した表面皮膜を取るのが目的だ。今の濃度は10%に調整してある」
「これが前処理だよね。温度管理は?」
「常温で」

 何もしてないってか。

「じゃあ、条件としては浸漬時間を変えるぐらいかな?」
「そうだな。だけど1分もやると下地が荒れて、かえってめっきが着かなくなるので、30秒くらいがせいぜいかと」
「ふむふむ。夏場と冬場で温度はどのくらい違う?」
「空調があるので、ここは常時30±2度になっている」

「おお、空調があるんだ。それも魔法で?」
「待てよユウ。魔法でそんなことできるわけないだろ。あんたはどんだけ記憶なくしてんだよ」

 そういえば、俺は記憶喪失ってことにしたんだったな。そんな不自然な設定を簡単に信じてくれるここの人たちって……。

「魔法で空調とは恐れ入ったな。そんな理屈に合わないことできるわけないだろ、わはははは。発想が俺たちと違うな、あははは」

 コウセイさんにくっそ笑われた。理屈に合わないって、そもそも魔法が理屈から離れた現象じゃないのかよ。

「で、次が洗浄槽だ。付着した塩酸をここで落とす」
「ふむふむ。これはただの水だよな?」
「これがウチのノウハウで、魔法水を使っている」

 ほらまた出てきたよ、摩訶不思議工程。何だよ魔法水って。

「この辺りは地下水の豊富な土地だから、通常はくみ上げた水をそのまま使うんだが、それに回復魔法をちょろっとかけるんだ」

 こら待て。水を回復させてどうするよ。それは人にかけるものじゃないのか。

「水に回復魔法をかけるとどんな効能が?」
「人が飲めば体力が回復する」
「なるほど。いや、そうじゃない。知りたいのはこの工程でそれをやる意味だ」

 誰からも返事がない。ただの置物かよ。

「なんとなくそのほうが、よく汚れが落ちるかなって」

 アチラが言った。かなって何だよ、かなって。

「まあ、まだ試験段階なので、やってみたってだけなんだ。悪くならないなら良いだろ、みたいな?」
「たった今、ウチのノウハウって言っていたようだったが?」
「で、次が」

 スルー?!

「めっき槽だ。シアン化金カリウムを使っている。この調整だけは俺が担当だ。なにしろ金は高いしシアンは劇物だからな。まだ見習いにはまかせられない」

 この世界でも金が高い金属だということはよく分かった。

「電流密度は?」
「dm2(デシ平方メートル)辺りで0.2アンペアで設定している」
「温度管理は?」
「常温で」

 そればっかりか。

「pH(ペーハー)は?」
「多分中性ぐらい」

 測ってないんいかい。ここの技術水準が分からない。なんだか苦労しそうだ。

「まあ、いいや。電極には何を使ってる?」
「白金を」
「下地はチタンか?」
「ん? いや、無垢の白金を使ってるよ。白金は安いからな」

 またかよ。白金が安いなんて元の世界では考えられ……待てよ?

 そういえば、不況になると白金は安くなるという、株の世界での格言があったな。

 金は装飾品にも使われるから需要が大きくは変わらない。そのため価格の変動は少ない。だが、白金は主に工業用(車の排ガス浄化触媒が有名だろう)だから不況時にはそのニーズが減り価格が下がるということだった。

 ということは? こちらでは白金を使うような工業が発達していないってことか?

「金とどのくらい価格が違うんだ?」
「金と比べられるはずないだろ。白金なんてこの地上でふんだんにある金属だぞ。二桁は安い」

 あぁぁぁぁ、もう。俺の中の常識がぶっ飛んで行く。白金がふんだんにある世界かよ。あっちに輸出してぇぇ。

「は、白金がふんだんにあるのか」
「鉄よりは少し少ないかなってレベルだ。だから、ちょっと高級なスプーンとかフォークなんかは、白金製が多いぞ。重いのを我慢すれば銀よりも安いし酸化しにくいからな」

 もういや、こんな世界。

「で、次に後処理をして洗浄だ。後処理はいろいろ試しているが、良い結果がまだ出たことがない。めっきそのものに問題もあるだろうが、それも含めて試行錯誤の連続だ。何か質問はあるか?」

「とりあえず言いたいことがひとつある」
「何だ?」

「腹が減った」

 ぐぅぅぅぅ。とカラスが鳴いた。
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