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8、贖罪の神子side
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「……なんで、風磨は見つからないんだ!」
ドカッ‼︎と、思い切り壁を殴る。
やっと触れることが叶った矢先だった。腕の中からするりと消えてしまった感覚がまだ残っている。
「あと少しだったのにっ!」
もう一度、拳を思い切りぶつけると白い壁に赤い染みが滲む。どんなに自分を痛めつけても、掴んだ感触は戻ってこない。焦りと苛立ちばかりが募る。
高木風磨――幼稚園の頃に見つけた俺の大切な天使。
会う度に、つぶらな瞳にいっぱいの涙を溜めていた。同じ幼稚園に通っていたわけじゃない。風磨は近所にあった施設に預けられていた子で、そこで生活をしていた。
施設の小さな庭の片隅で、膝を抱えて泣いている風磨に、柵越しに声をかけたのが最初のやり取りだった。
風磨は、母親が男をつくって家を出て行ったせいで、残された父親に暴力を受けていた。容姿があまりにも母親と似ていたらしく、父親の憎しみは、全て彼に向かったようだ。
そんな状況の中でも、風磨は母親を恋しがり、恨みごとひとつ言わず、両親が迎えに来るのをずっと待っていた。
今になって思えば、どうして両親を憎まないのか不思議で、もっと風磨を知りたくなったのかもしれない。暴力は無かったが、俺も似た境遇だったからだ。
純粋で愛らしい風磨に惹かれていくのに、そう時間はかからなかった。
どうしたら、自分が風磨の一番になれるか、子供ながらに考えた。愛してると伝えれば、風磨はきっと喜んでくれると。それが最上級の告白だと、ませた女の子が教えてくれたからだ。
それなのに――。
野花を摘んで、いつもの時間に会いに行った時には、風磨は引き取られた後だった。施設にはもう居なかったのだ。
後から聞いた話では、世間体を気にした父方の祖母が、成人後の絶縁を条件に、学校だけは通わせてくれたのだとか。
そして、次に会えたのは小学校に上がった時だった。風磨は俺を覚えていなかったが、それでも思いがけない再会に、俺は声を出さずに驚喜した。
風磨はあまりにも可愛すぎるせいで、何かにつけて女子に話しかけられていた。風磨に取り入ろうとするくせに、俺にも色目を使ってくる女ども。単純で素直な風磨は、それに気づかない。
そいつらは、お前を捨てた母親と同じだぞ――と、俺は笑顔の下に苛立ちをずっと抱えていた。
だったらいっそ、俺が風磨を――俺の天使を守ってやればいい。女子はお前に相応しくないクズだと、教えてやればいいのだと気がついた。幸い、俺の見た目はそれなりに良くて、優しくすると女は簡単に風磨から乗り換えてくる。風磨が諦めると、俺はそいつらと別れる。それを何度も繰り返した。
風磨に下心を抱く男どもは、初めから俺が威嚇しておいたので、近づく奴はいなかったが。
高校はもちろん、風磨の行く大学も調べて同じところへ入った。そんな事も知らない風磨は、俺のことを腐れ縁の友人だと笑って言った。
だが、大学で厄介な、清純を装ったクソビッチな女に、風磨は捕まってしまったのだ。女は風磨に本気になり、他の男どもとは関係を絶ったが、俺は長くは続かないと踏んだ。
案の定、そいつは酔うと簡単に股を開いた。
風磨にはそれとなく忠告したが、駄目だった。
女の誕生日――。合鍵を貰った風磨が、サプライズでプレゼントを持っていくと耳にした。
その時に、初めて深いキスをするんだと意気込む風磨に、俺は北叟笑んだ。そんなのは俺がとっくに貰っている。修学旅行で、隣で寝ていた風磨から。
だから夢見る風磨に、俺はあの女の正体がわかる現場を見せてやったのだ。
扉を開ければ、俺に跨がりながら、自分じゃない相手に「愛している」と喘ぎながら言う彼女を。
逃げ出した風磨を追いかけると、雨の中ひとり佇む姿を見つけた。
街灯に照らされ、涙を流し続ける風磨に目を奪われた。それは俺が最初に見た風磨の姿と同じ、この世のものとは思えない美しさ。
雨に打たれ、絶望を露わにした風磨に俺は欲情した。
だが――。
風磨は俺を拒絶し、絶交すると言い放ったのだ。意味が解らなかった。悪いのはいつもあいつらなのに。なぜ俺から離れていくんだ?
風磨は俺をあからさまに避けるようになった。
俺は諦められず、風磨の就職先を調べ、風磨の味方になれる優位な立場に転職した。なのに結局、風魔は俺から逃げて行く。――絶望しかなかった。
だから、俺は風磨を閉じ込めることにしたのだ。風磨を、俺なしでは生きられないようにしてしまえばいい。そう決めたら心は晴れやかだった。
ようやく全てが整い、それを実行に移す日がやって来た――。
出張帰りの風磨を待ち伏せ、同じ新幹線に乗る。
いつも、風磨が好んで飲んでいたミネラルウォーター。同じ物を用意し睡眠薬を入れ、座席を離れた隙に交換しておいた。
風磨は、人より薬が効きやすい。酔い止めを飲めば翌日も眠気が残り、ボーっとしているくらいだ。
予想通り、風磨は座席に沈むように眠っていた。そのまま介抱するフリをして、俺の家に連れて帰る手筈だった。
なのにだ――‼︎
やっと風磨に触れられた瞬間、アニメに出てきそうな魔法陣みたいなのが現れたのだ。訳がわからなかった。咄嗟に荷物を抱えて眠る風磨を抱き寄せ、気づけば一緒に光に呑み込まれていた。
そして、目を開くと俺は変なヤツらに囲まれ、しっかりと掴んでいたはずの風磨の姿は無かった――。
※※※
「お食事をお持ちしました」
そう言って入ってきた神官の背後には、この国の王太子の姿があった。
「神子様、ご気分はいかがですか?」
俺よりも背が高い金髪碧眼の男は、この部屋の惨状が目に入らないのだろうか。
「……最悪だ。それより、風磨はまだ見つからないのか!」
「残念ながら、予想していた場所に探しに向かった騎士団の報告では、見つからなかったようです」
「……無能が!」
王太子は困ったお方だと微笑む。
いくら罵倒しても、人のことを軽く遇らい、何を考えているのかわからない男だ。勝手に召喚した上に、俺を神子で自分の伴侶だと言った。
「ご心配には及びませんよ。神子様を心から愛し、望みを叶えるために、私はここにいるのですから」
反吐が出る。俺のことを何も知らないくせに。
普段なら適当な笑顔で相手をうまく利用したが、今の俺にはそんな余裕は一切無かった。
「だったら、さっさと見つけてこい。どんなに顔が良かろうと、俺が欲しているのは風磨ただひとりだ」
早くしないと、風磨が手の届かない何処かへ行ってしまいそうで、怖くて堪らない。
「ご安心を。まだまだ時間はあります。それに――あなたと私はよく似ていますから」
王太子は拳を握ったままだった俺の手を取ると、傷口に唇を落とし、うっそりと昏く笑った。
ドカッ‼︎と、思い切り壁を殴る。
やっと触れることが叶った矢先だった。腕の中からするりと消えてしまった感覚がまだ残っている。
「あと少しだったのにっ!」
もう一度、拳を思い切りぶつけると白い壁に赤い染みが滲む。どんなに自分を痛めつけても、掴んだ感触は戻ってこない。焦りと苛立ちばかりが募る。
高木風磨――幼稚園の頃に見つけた俺の大切な天使。
会う度に、つぶらな瞳にいっぱいの涙を溜めていた。同じ幼稚園に通っていたわけじゃない。風磨は近所にあった施設に預けられていた子で、そこで生活をしていた。
施設の小さな庭の片隅で、膝を抱えて泣いている風磨に、柵越しに声をかけたのが最初のやり取りだった。
風磨は、母親が男をつくって家を出て行ったせいで、残された父親に暴力を受けていた。容姿があまりにも母親と似ていたらしく、父親の憎しみは、全て彼に向かったようだ。
そんな状況の中でも、風磨は母親を恋しがり、恨みごとひとつ言わず、両親が迎えに来るのをずっと待っていた。
今になって思えば、どうして両親を憎まないのか不思議で、もっと風磨を知りたくなったのかもしれない。暴力は無かったが、俺も似た境遇だったからだ。
純粋で愛らしい風磨に惹かれていくのに、そう時間はかからなかった。
どうしたら、自分が風磨の一番になれるか、子供ながらに考えた。愛してると伝えれば、風磨はきっと喜んでくれると。それが最上級の告白だと、ませた女の子が教えてくれたからだ。
それなのに――。
野花を摘んで、いつもの時間に会いに行った時には、風磨は引き取られた後だった。施設にはもう居なかったのだ。
後から聞いた話では、世間体を気にした父方の祖母が、成人後の絶縁を条件に、学校だけは通わせてくれたのだとか。
そして、次に会えたのは小学校に上がった時だった。風磨は俺を覚えていなかったが、それでも思いがけない再会に、俺は声を出さずに驚喜した。
風磨はあまりにも可愛すぎるせいで、何かにつけて女子に話しかけられていた。風磨に取り入ろうとするくせに、俺にも色目を使ってくる女ども。単純で素直な風磨は、それに気づかない。
そいつらは、お前を捨てた母親と同じだぞ――と、俺は笑顔の下に苛立ちをずっと抱えていた。
だったらいっそ、俺が風磨を――俺の天使を守ってやればいい。女子はお前に相応しくないクズだと、教えてやればいいのだと気がついた。幸い、俺の見た目はそれなりに良くて、優しくすると女は簡単に風磨から乗り換えてくる。風磨が諦めると、俺はそいつらと別れる。それを何度も繰り返した。
風磨に下心を抱く男どもは、初めから俺が威嚇しておいたので、近づく奴はいなかったが。
高校はもちろん、風磨の行く大学も調べて同じところへ入った。そんな事も知らない風磨は、俺のことを腐れ縁の友人だと笑って言った。
だが、大学で厄介な、清純を装ったクソビッチな女に、風磨は捕まってしまったのだ。女は風磨に本気になり、他の男どもとは関係を絶ったが、俺は長くは続かないと踏んだ。
案の定、そいつは酔うと簡単に股を開いた。
風磨にはそれとなく忠告したが、駄目だった。
女の誕生日――。合鍵を貰った風磨が、サプライズでプレゼントを持っていくと耳にした。
その時に、初めて深いキスをするんだと意気込む風磨に、俺は北叟笑んだ。そんなのは俺がとっくに貰っている。修学旅行で、隣で寝ていた風磨から。
だから夢見る風磨に、俺はあの女の正体がわかる現場を見せてやったのだ。
扉を開ければ、俺に跨がりながら、自分じゃない相手に「愛している」と喘ぎながら言う彼女を。
逃げ出した風磨を追いかけると、雨の中ひとり佇む姿を見つけた。
街灯に照らされ、涙を流し続ける風磨に目を奪われた。それは俺が最初に見た風磨の姿と同じ、この世のものとは思えない美しさ。
雨に打たれ、絶望を露わにした風磨に俺は欲情した。
だが――。
風磨は俺を拒絶し、絶交すると言い放ったのだ。意味が解らなかった。悪いのはいつもあいつらなのに。なぜ俺から離れていくんだ?
風磨は俺をあからさまに避けるようになった。
俺は諦められず、風磨の就職先を調べ、風磨の味方になれる優位な立場に転職した。なのに結局、風魔は俺から逃げて行く。――絶望しかなかった。
だから、俺は風磨を閉じ込めることにしたのだ。風磨を、俺なしでは生きられないようにしてしまえばいい。そう決めたら心は晴れやかだった。
ようやく全てが整い、それを実行に移す日がやって来た――。
出張帰りの風磨を待ち伏せ、同じ新幹線に乗る。
いつも、風磨が好んで飲んでいたミネラルウォーター。同じ物を用意し睡眠薬を入れ、座席を離れた隙に交換しておいた。
風磨は、人より薬が効きやすい。酔い止めを飲めば翌日も眠気が残り、ボーっとしているくらいだ。
予想通り、風磨は座席に沈むように眠っていた。そのまま介抱するフリをして、俺の家に連れて帰る手筈だった。
なのにだ――‼︎
やっと風磨に触れられた瞬間、アニメに出てきそうな魔法陣みたいなのが現れたのだ。訳がわからなかった。咄嗟に荷物を抱えて眠る風磨を抱き寄せ、気づけば一緒に光に呑み込まれていた。
そして、目を開くと俺は変なヤツらに囲まれ、しっかりと掴んでいたはずの風磨の姿は無かった――。
※※※
「お食事をお持ちしました」
そう言って入ってきた神官の背後には、この国の王太子の姿があった。
「神子様、ご気分はいかがですか?」
俺よりも背が高い金髪碧眼の男は、この部屋の惨状が目に入らないのだろうか。
「……最悪だ。それより、風磨はまだ見つからないのか!」
「残念ながら、予想していた場所に探しに向かった騎士団の報告では、見つからなかったようです」
「……無能が!」
王太子は困ったお方だと微笑む。
いくら罵倒しても、人のことを軽く遇らい、何を考えているのかわからない男だ。勝手に召喚した上に、俺を神子で自分の伴侶だと言った。
「ご心配には及びませんよ。神子様を心から愛し、望みを叶えるために、私はここにいるのですから」
反吐が出る。俺のことを何も知らないくせに。
普段なら適当な笑顔で相手をうまく利用したが、今の俺にはそんな余裕は一切無かった。
「だったら、さっさと見つけてこい。どんなに顔が良かろうと、俺が欲しているのは風磨ただひとりだ」
早くしないと、風磨が手の届かない何処かへ行ってしまいそうで、怖くて堪らない。
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