【完結】神子召喚に巻き込まれ、騎士団長に溺愛された可憐な(?)オッサンです。

猫野 暇

文字の大きさ
8 / 32

8、贖罪の神子side

しおりを挟む
「……なんで、風磨は見つからないんだ!」

 ドカッ‼︎と、思い切り壁を殴る。

 やっと触れることが叶った矢先だった。腕の中からするりと消えてしまった感覚がまだ残っている。

「あと少しだったのにっ!」
 
 もう一度、拳を思い切りぶつけると白い壁に赤い染みが滲む。どんなに自分を痛めつけても、掴んだ感触は戻ってこない。焦りと苛立ちばかりが募る。

 高木風磨――幼稚園の頃に俺の大切な天使。
 会う度に、つぶらな瞳にいっぱいの涙を溜めていた。同じ幼稚園に通っていたわけじゃない。風磨は近所にあった施設に預けられていた子で、そこで生活をしていた。

 施設の小さな庭の片隅で、膝を抱えて泣いている風磨に、柵越しに声をかけたのが最初のやり取りだった。

 風磨は、母親が男をつくって家を出て行ったせいで、残された父親に暴力を受けていた。容姿があまりにも母親と似ていたらしく、父親の憎しみは、全て彼に向かったようだ。

 そんな状況の中でも、風磨は母親を恋しがり、恨みごとひとつ言わず、両親が迎えに来るのをずっと待っていた。
 今になって思えば、どうして両親を憎まないのか不思議で、もっと風磨を知りたくなったのかもしれない。暴力は無かったが、俺も似た境遇だったからだ。

 純粋で愛らしい風磨に惹かれていくのに、そう時間はかからなかった。
 どうしたら、自分が風磨の一番になれるか、子供ながらに考えた。と伝えれば、風磨はきっと喜んでくれると。それが最上級の告白だと、ませた女の子が教えてくれたからだ。

 それなのに――。

 野花を摘んで、いつもの時間に会いに行った時には、風磨は引き取られた後だった。施設にはもう居なかったのだ。
 後から聞いた話では、世間体を気にした父方の祖母が、成人後の絶縁を条件に、学校だけは通わせてくれたのだとか。
 
 そして、次に会えたのは小学校に上がった時だった。風磨は俺を覚えていなかったが、それでも思いがけない再会に、俺は声を出さずに驚喜した。

 風磨はあまりにも可愛すぎるせいで、何かにつけて女子に話しかけられていた。風磨に取り入ろうとするくせに、俺にも色目を使ってくる女ども。単純で素直な風磨は、それに気づかない。

 そいつらは、お前を捨てた母親と同じだぞ――と、俺は笑顔の下に苛立ちをずっと抱えていた。
 
 だったらいっそ、俺が風磨を――俺の天使を守ってやればいい。女子あいつらはお前に相応しくないクズだと、教えてやればいいのだと気がついた。幸い、俺の見た目はそれなりに良くて、優しくすると女は簡単に風磨から乗り換えてくる。風磨が諦めると、俺はそいつらと別れる。それを何度も繰り返した。

 風磨に下心を抱く男どもは、初めから俺が威嚇しておいたので、近づく奴はいなかったが。

 高校はもちろん、風磨の行く大学も調べて同じところへ入った。そんな事も知らない風磨は、俺のことを腐れ縁の友人だと笑って言った。

 だが、大学で厄介な、清純を装ったクソビッチな女に、風磨は捕まってしまったのだ。女は風磨に本気になり、他の男どもとは関係を絶ったが、俺は長くは続かないと踏んだ。
 案の定、そいつは酔うと簡単に股を開いた。
 
 風磨にはそれとなく忠告したが、駄目だった。

 女の誕生日――。合鍵を貰った風磨が、サプライズでプレゼントを持っていくと耳にした。
 その時に、初めて深いキスをするんだと意気込む風磨に、俺は北叟笑ほくそえんだ。そんなのは俺がとっくに貰っている。修学旅行で、隣で寝ていた風磨から。

 だから夢見る風磨に、俺はあの女の正体がわかる現場を見せてやったのだ。
 扉を開ければ、俺に跨がりながら、自分じゃない相手に「愛している」と喘ぎながら言う彼女を。

 逃げ出した風磨を追いかけると、雨の中ひとり佇む姿を見つけた。

 街灯に照らされ、涙を流し続ける風磨に目を奪われた。それは俺が最初に見た風磨の姿と同じ、この世のものとは思えない美しさ。
 雨に打たれ、絶望を露わにした風磨に俺は欲情した。

 だが――。

 風磨は俺を拒絶し、絶交すると言い放ったのだ。意味が解らなかった。悪いのはあいつらなのに。なぜ俺から離れていくんだ?

 風磨は俺をあからさまに避けるようになった。
 
 俺は諦められず、風磨の就職先を調べ、風磨の味方になれる優位な立場に転職した。なのに結局、風魔は俺から逃げて行く。――絶望しかなかった。

 だから、俺は風磨を閉じ込めることにしたのだ。風磨を、俺なしでは生きられないようにしてしまえばいい。そう決めたら心は晴れやかだった。
 

 ようやく全てが整い、それを実行に移す日がやって来た――。

 出張帰りの風磨を待ち伏せ、同じ新幹線に乗る。
 いつも、風磨が好んで飲んでいたミネラルウォーター。同じ物を用意し睡眠薬を入れ、座席を離れた隙に交換しておいた。
 風磨は、人より薬が効きやすい。酔い止めを飲めば翌日も眠気が残り、ボーっとしているくらいだ。

 予想通り、風磨は座席に沈むように眠っていた。そのまま介抱するフリをして、俺の家に連れて帰る手筈だった。

 なのにだ――‼︎
 
 やっと風磨に触れられた瞬間、アニメに出てきそうな魔法陣みたいなのが現れたのだ。訳がわからなかった。咄嗟に荷物を抱えて眠る風磨を抱き寄せ、気づけば一緒に光に呑み込まれていた。

 そして、目を開くと俺は変なヤツらに囲まれ、しっかりと掴んでいたはずの風磨の姿は無かった――。
 
 
 
 ※※※



「お食事をお持ちしました」

 そう言って入ってきた神官の背後には、この国の王太子の姿があった。

「神子様、ご気分はいかがですか?」

 俺よりも背が高い金髪碧眼の男は、この部屋の惨状が目に入らないのだろうか。

「……最悪だ。それより、風磨はまだ見つからないのか!」
「残念ながら、予想していた場所に探しに向かった騎士団の報告では、見つからなかったようです」
「……無能が!」

 王太子は困ったお方だと微笑む。
 いくら罵倒しても、人のことを軽く遇らい、何を考えているのかわからない男だ。勝手に召喚した上に、俺を神子で自分の伴侶だと言った。

「ご心配には及びませんよ。神子様を心から愛し、を叶えるために、私はここにいるのですから」

 反吐が出る。俺のことを何も知らないくせに。
 普段なら適当な笑顔で相手をうまく利用したが、今の俺にはそんな余裕は一切無かった。
 
「だったら、さっさと見つけてこい。どんなに顔が良かろうと、俺が欲しているのは風磨ただひとりだ」

 早くしないと、風磨が手の届かない何処かへ行ってしまいそうで、怖くて堪らない。
 
「ご安心を。まだまだ時間はあります。それに――あなたと私はよく似ていますから」

 王太子は拳を握ったままだった俺の手を取ると、傷口に唇を落とし、うっそりと昏く笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」

過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件

水凪しおん
BL
「君といる未来こそ、僕のたった一つの夢だ」 製薬会社の研究員だった月宮陽(つきみや はる)は、過労の末に命を落とし、魔法が存在する異世界で15歳の少年「ハル」として生まれ変わった。前世の知識を活かし、王立セレスティア魔法学院の薬草学科で特待生として穏やかな日々を送るはずだった。 しかし、彼には転生時に授かった、薬草の効果を飛躍的に高めるチートスキル「生命のささやき」があった――本人だけがその事実に気づかずに。 ある日、学院を襲った魔物によって負傷した騎士たちを、ハルが作った薬が救う。その奇跡的な効果を目の当たりにしたのは、名門貴族出身で騎士団副団長を務める青年、リオネス・フォン・ヴァインベルク。 「君の知識を学びたい。どうか、俺を弟子にしてくれないだろうか」 真面目で堅物、しかし誰より真っ直ぐな彼からの突然の申し出。身分の違いに戸惑いながらも、ハルは彼の指導を引き受ける。 師弟として始まった二人の関係は、共に過ごす時間の中で、やがて甘く切ない恋心へと姿を変えていく。 「君の作る薬だけでなく、君自身が、俺の心を癒やしてくれるんだ」 これは、無自覚チートな平民薬草師と、彼を一途に愛する堅物騎士が、身分の壁を乗り越えて幸せを掴む、優しさに満ちた異世界スローライフ&ラブストーリー。

処理中です...