She is So Cute! ~彼女は送球人~

オフィス景

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8 思い出したくない試合 ~追想~ 2

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 一方、紫明学院のロッカールーム。

「あのキーパー、マジでバケモンだな」

「あそこまで止められまくったのってちょっと記憶にないぞ」

 前半をヒト桁で終えた試合などいまだかつてなかった。そして、シュートが撃てていないわけではないという事実が彼らを戦慄させていた。

「まあ気にするな」

 監督の大越秀一が落ち着いた口調で言った。紫明学院を全国屈指の強豪に育て上げた名伯楽である。

「あれは天才だ。それも何十年に一人ってレベルのな。俺がこれまで見てきた中でもダントツのナンバーワンだ」

 監督にそこまで言わせる中学生。改めて背筋を震わせる選手たちだったが、大越の言葉には続きがあった。

「とは言え、すごいのはヤツだけだ。おまえらが本来のハンドをやれば、それでいい」

 その言葉に選手たちは襟を正した。

「せっかく練習したんだ。その成果、思いっきり発揮してこい」

「「「「はい!!」」」」



 そんなやり取りがあって始まった後半戦ーー

 朝生中学のスローオフで始まったのだが、すぐに会場全体が変化に気づいた。

 紫明学院のディフェンスが、前半の0ー6ディフェンスから1ー2ー3ディフェンスに変わっていたのだ。

 0ー6ディフェンスは6メートルラインに一列に並んで相手の攻撃を待ち受けるシステムであり、一般的に最も採用率の高いディフェンスシステムである。

 それに対して1ー2ー3ディフェンスは、選手を三列、ピラミッド型に配置し、積極的にパスカットを狙っていく、より攻撃的なディフェンスシステムと言える。

 ただ、このシステムを使いこなすためには、相手を圧倒する運動量と選手個々の高い戦術眼と状況判断力が必要になる。非常に高度なシステムである。

 それだけに使いこなせれば、この上なく強力な武器になる。

 実際、朝生中学の選手たちは紫明学院のシステム変更にまったく対応できなかった。

「うわっ!?」

「こんなんどうすりゃーー」

 ほんの数メートルも進めず、すぐに囲まれ、ボールを奪われる。

 苦し紛れのパスを出しても、簡単にカットされる。

 ボールを奪った紫明学院の選手たちは、朝生中学の選手の帰陣よりも早くゴールに襲いかかった。

 相手監督から天才と称された健介も、ディフェンスがまったくいない状態ではさすがに苦しい。立て続けにゴールを割られ、点差が広がっていく。

 点差とともに朝生中学の選手たちの間に絶望が広がっていくのが傍目にもはっきりとわかった。攻めについては、なにがなんでも抜くという気迫が失われ、守りについては、奪われたボールへのチェイスが散漫になった。しまいには走ることをやめる者まで現れた。

 それは、勝ち目がないことを悟り、心が折れた姿だった。

 そんな中、一人気を吐く男がいた。

 健介である。

 散々撃たれまくって慣れたのか、一対一もかなりの確率で止めるようになったのだ。

 中でも圧巻だったのは、シュートを止めたリバウンドを五本連続で奪われ、そのことごとくを弾き返した場面である。

 六本目のシュートをゴールの上に弾き出し、ようやく朝生中学ボールになった瞬間、館内は大喝采に包まれた。

 この瞬間、間違いなく健介はコート上で一番の輝きを放っていた。

 しかし、光が強ければ強いほどそれによって生まれる影も濃くなるものである。

「ディフェンスもっとしっかりしろよ!   キーパーこんだけ頑張ってんだぞ!!」

 観客から声が飛ぶ。

「キーパー見殺しにする気か!」

「やる気あんのかよ!」

 実際、そう言われても仕方のないところであった。朝生中学の選手たちはリバウンドを取りにいくこともせずに棒立ちになっていたのだ。

 罵声を浴びせられた選手たちは完全に折れた。態度が不貞腐れたものになる。

 さすがにこれは相手に対しても失礼極まりない。監督はすぐにコートプレイヤー全員を交代させた。

 紫明学院の方も控え選手を投入し、その後は特に見所もないまま試合は終わった。

 最終スコアは14ー4。

 この大会を通じて、紫明学院の最少得点にして朝生中学の最多失点という結果であった。



 そして、この試合を最後に八木健介の名前はハンドボール界から消えたのであった。

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