She is So Cute! ~彼女は送球人~

オフィス景

文字の大きさ
5 / 12

4 コーチ

しおりを挟む
「で、何で俺はここにいるんだ?」

 問いかけてみても答えはない。かといって、この場から離脱しようとすると、あゆみが腕をしっかりとホールドしてくる。健介的には不本意な状況に置かれていた。

 ハンド部キャプテンのつぐみに部室へと連れて来られたのだが、「俺がここにいる必要はないだろう」という訴えは一顧だにしてもらえず、あゆみに引かれるままに部室まで来てしまったのだ。

「さすがに男がこの中入るのはまずいんじゃねえの!?」

 部室入口での抵抗も空回りに終わり、引っ張り込まれた健介は、なるべく周りを見ないように、視線を床に落とした。

 だが、試練はそれだけにはとどまらなかった。

 呼吸の拍子にどことなく甘酸っぱい匂いを感じて、健介は息をすることにも罪悪感を覚えた。

 頼むから帰らせてくれ……

 切実な思いだったが、誰からも顧みられることはなく、健介はひたすら身を縮こまらせて存在感を薄くすることに徹した。

「森島さんはハンド部に入ってくれるってことでいいのよね?」

「はい、よろしくお願いします!   それから、あたしのことはあゆみって呼んでください」

「森島あゆみって本名なの?」

「そうですよ」

 あゆみはにこやかに頷いた。

「好きな名前つけていいって言われたんですけど、芸名考えるの面倒だったんで」

「そんな理由かよ……」 

 実際に口に出したのは健介だったが、居合わせたメンバーは一様に苦笑していたので、皆同じ思いではあったのだろう。

「…ま、まあそれはいいわ。聞きたいのはあゆみさんのハンド経験なのよ。ポジションは?」

「逆サイです。左利きなので」

 それを聞いたつぐみの顔が輝いた。

「ああ。ついにウチにもサウスポーが」

 つぐみが喜ぶのにはそれなりの訳がある。ハンドボールという競技においては、左利きのプレーヤーが圧倒的なアドバンテージを得るポジションがあるのだが、左利きの絶対的な少なさから、サウスポーが一人もいないチームの方が多いのだ。

「ちょうど手薄なポジションだし、早速練習試合を組みましょう」

 つぐみは張り切って言った。

「あの、ひとつお願いがあります」

 そう言ってから、あゆみはちらりと健介を見た。

 …嫌な予感……

 健介は再度離脱を試みたが、あゆみのホールドは緩むことはなかった。

「何かな?   大概のことならきくよ」

 あゆみは一度大きく息を吸った。



「健介をコーチにしてください」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...