5 / 8
5 旅の醍醐味は食事
しおりを挟む
戦いが終わり、剣を納める。
負傷者は出たものの、味方に死者は出なかった。
「助かりました。ありがとうございます」
護衛のリーダーさんから礼を言われた。
「いえ、自分にできることをしただけですから」
むしろモヤモヤしたものを吹き飛ばせたので、こちらが礼を言いたいくらいだ。
「それにしても見事な剣だ。誰か名のある師匠に着かれたのか?」
「ええ、まあ」
苦笑混じりに答える。なかなか王妃様直伝とは言いづらいので、ちょっと濁らせ気味に。
「そうですか。それは頼もしい限りだ」
幸いリーダーさんは深く追及する気はなかったようで、この場はこれで終わった。
そして、その後は新たな賊が出ることもなく、無事に目的地へと到着した。
「さて、どうしようかしらね」
少しこの街に滞在するか、それとも一気に国境を越えてしまうか。ちょっと悩む。
「でも、続けて馬車の旅っていうのもちょっとキツいわね」
具体的には、激しい揺れのせいでお尻が悲鳴をあげている。馬車の旅が日常になると、それに対応するためにお尻が大きくなるって聞いたことがあるけど、できればそれはご勘弁願いたい。
というわけで、少しの間この街でお尻を休めることにした。
「どうせならご飯が美味しいところがいいかな」
こんな時に頼りになるのは嗅覚だ。美味しいものの匂いを嗅ぎ分ける力には自信がある。
通りを歩き始めていくらもいかないうちに鼻がピクッと反応した。
香ばしい香りが鼻をくすぐる。空腹が刺激され、自然とその方向に吸い寄せられる。
そこは、表通りから少し外れた小さな宿だった。
華やかさには欠けるが、清潔感には溢れている。そんな佇まいにあたしは好感を持った。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
扉をくぐると、女将さんとおぼしき女性が声をかけてきた。優しそうな笑顔がチャーミングな女性である。
「はい」
「お食事はどうします? こちらでもご用意できますし、素泊まりにして街で食べてもらうこともできますが」
「美味しそうな匂いに惹かれて来たので、ぜひこちらで」
「あら、それはありがとうございます。ご期待に沿えるように頑張りますね」
通された部屋はベッドがあるだけの簡素なものだったが、特に不満はなかった。
夕食の時間まで少し街を見て回ろうと思っていたのだけれど、自分で思っていた以上に疲れていたらしい。ちょっとベッドに横になったら、そのまま意識を手放してしまった……
目を覚ましたのは、階下から漂ってくるいかにも美味しそうな匂いのせいだった。
「ああ、もう夕食時なのね」
結構な時間眠ってしまったようだ。ただ、そのおかげで頭は非常にすっきりしていた。お腹も空いた気がする。
まだ早いかなと思いつつも腹の虫を抑えられず、食堂へと下りていく。
「ああ、ちょうど準備できたところだよ」
テーブルに並んだメニューは分厚いステーキによく煮込まれたシチュー、見るからに新鮮そうなサラダだった。もちろん王宮の料理に比べれば見劣りするのだが、そもそも比べるものではない。十分に美味しそうだ。
「運が良かったね。ちょうどボアが食べ頃になっててね」
「え? これボアの肉なんですか?」
ボアは割とポピュラーな魔物である。お肉を食べるとは知らなかった。
「ちょっと臭みがあるって言われるけど、ウチの特製ソースで食べればそんなの気にならないからね。ぜひ食べてみて」
「はい!」
ちょっとだけ怖さはあったが、そもそも料理の匂いに惹かれて選んだ宿である。尻込みする場面ではない。
野菜から食べるのが健康的だと聞いたことがある。でもここはボアステーキからだろう。
ナイフの入りは想像していたよりも遥かにスムーズだった。
「え?」
思わず声が出るレベル。
続けて溢れる肉汁に視覚が刺激され、間髪入れずに香ばしい匂いが嗅覚を直撃してくる。
期待が最高潮に高まったところで、切り分けたステーキを口に運ぶ。
「~~~~~!」
あまりに美味しいと語彙は失われるものらしい。
これでも侯爵令嬢だ。それなりにいいものを食べ、舌も肥えている。それでもこのステーキは衝撃的だった。
感想を言うよりも二口目を優先してしまう。
二口目も感動は薄れなかった。
これは本物だと悟った後はもう止まらなかった。多分家でやったらマナー的に怒られそうな勢いで、あたしはすべての料理をきれいに食べ尽くした。
大満足していると、突然店の入口が乱暴に蹴り開けられた。
「おうおう、今日こそはここを立ち退いてもらうぜ!」
現れたのはどうみてもならず者。詳しい事情はわからずともこいつらに理はないなと思わせるチンピラだった。
…何よ、こいつ……
せっかく美味しいものを食べていい気分だったのを台無しにするような無礼者に、正直イラッときた。
負傷者は出たものの、味方に死者は出なかった。
「助かりました。ありがとうございます」
護衛のリーダーさんから礼を言われた。
「いえ、自分にできることをしただけですから」
むしろモヤモヤしたものを吹き飛ばせたので、こちらが礼を言いたいくらいだ。
「それにしても見事な剣だ。誰か名のある師匠に着かれたのか?」
「ええ、まあ」
苦笑混じりに答える。なかなか王妃様直伝とは言いづらいので、ちょっと濁らせ気味に。
「そうですか。それは頼もしい限りだ」
幸いリーダーさんは深く追及する気はなかったようで、この場はこれで終わった。
そして、その後は新たな賊が出ることもなく、無事に目的地へと到着した。
「さて、どうしようかしらね」
少しこの街に滞在するか、それとも一気に国境を越えてしまうか。ちょっと悩む。
「でも、続けて馬車の旅っていうのもちょっとキツいわね」
具体的には、激しい揺れのせいでお尻が悲鳴をあげている。馬車の旅が日常になると、それに対応するためにお尻が大きくなるって聞いたことがあるけど、できればそれはご勘弁願いたい。
というわけで、少しの間この街でお尻を休めることにした。
「どうせならご飯が美味しいところがいいかな」
こんな時に頼りになるのは嗅覚だ。美味しいものの匂いを嗅ぎ分ける力には自信がある。
通りを歩き始めていくらもいかないうちに鼻がピクッと反応した。
香ばしい香りが鼻をくすぐる。空腹が刺激され、自然とその方向に吸い寄せられる。
そこは、表通りから少し外れた小さな宿だった。
華やかさには欠けるが、清潔感には溢れている。そんな佇まいにあたしは好感を持った。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
扉をくぐると、女将さんとおぼしき女性が声をかけてきた。優しそうな笑顔がチャーミングな女性である。
「はい」
「お食事はどうします? こちらでもご用意できますし、素泊まりにして街で食べてもらうこともできますが」
「美味しそうな匂いに惹かれて来たので、ぜひこちらで」
「あら、それはありがとうございます。ご期待に沿えるように頑張りますね」
通された部屋はベッドがあるだけの簡素なものだったが、特に不満はなかった。
夕食の時間まで少し街を見て回ろうと思っていたのだけれど、自分で思っていた以上に疲れていたらしい。ちょっとベッドに横になったら、そのまま意識を手放してしまった……
目を覚ましたのは、階下から漂ってくるいかにも美味しそうな匂いのせいだった。
「ああ、もう夕食時なのね」
結構な時間眠ってしまったようだ。ただ、そのおかげで頭は非常にすっきりしていた。お腹も空いた気がする。
まだ早いかなと思いつつも腹の虫を抑えられず、食堂へと下りていく。
「ああ、ちょうど準備できたところだよ」
テーブルに並んだメニューは分厚いステーキによく煮込まれたシチュー、見るからに新鮮そうなサラダだった。もちろん王宮の料理に比べれば見劣りするのだが、そもそも比べるものではない。十分に美味しそうだ。
「運が良かったね。ちょうどボアが食べ頃になっててね」
「え? これボアの肉なんですか?」
ボアは割とポピュラーな魔物である。お肉を食べるとは知らなかった。
「ちょっと臭みがあるって言われるけど、ウチの特製ソースで食べればそんなの気にならないからね。ぜひ食べてみて」
「はい!」
ちょっとだけ怖さはあったが、そもそも料理の匂いに惹かれて選んだ宿である。尻込みする場面ではない。
野菜から食べるのが健康的だと聞いたことがある。でもここはボアステーキからだろう。
ナイフの入りは想像していたよりも遥かにスムーズだった。
「え?」
思わず声が出るレベル。
続けて溢れる肉汁に視覚が刺激され、間髪入れずに香ばしい匂いが嗅覚を直撃してくる。
期待が最高潮に高まったところで、切り分けたステーキを口に運ぶ。
「~~~~~!」
あまりに美味しいと語彙は失われるものらしい。
これでも侯爵令嬢だ。それなりにいいものを食べ、舌も肥えている。それでもこのステーキは衝撃的だった。
感想を言うよりも二口目を優先してしまう。
二口目も感動は薄れなかった。
これは本物だと悟った後はもう止まらなかった。多分家でやったらマナー的に怒られそうな勢いで、あたしはすべての料理をきれいに食べ尽くした。
大満足していると、突然店の入口が乱暴に蹴り開けられた。
「おうおう、今日こそはここを立ち退いてもらうぜ!」
現れたのはどうみてもならず者。詳しい事情はわからずともこいつらに理はないなと思わせるチンピラだった。
…何よ、こいつ……
せっかく美味しいものを食べていい気分だったのを台無しにするような無礼者に、正直イラッときた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
何か、勘違いしてません?
シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。
マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。
それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。
しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく…
※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる