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インターハイからオリンピック
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辰巳のイライラはいまや頂点に達しようとしていた。
いまだに尋ね人が見つからないせいである。
辰巳が布告を出してから早一ヶ月が過ぎていたが、全校挙げての捜索にもかかわらず一向にはかどっていなかったのだ。手掛かりすらもない。
その間、誰よりも居心地の悪い思いを味わっていたのが慎也である。
とりあえず満里奈には外出を厳に戒め、ひたすらその存在を隠してきた。ばれたら殺されるかもとも思ったが、嫌な予感のほうが大きく、慎也はそれに従ったのであった。
破滅寸前の空気の中、青湘高校サッカー部は、一大イベントであるインターハイに突入していた。
辰巳は鬱憤を晴らすように大爆発。決勝戦に至るまでの四試合すべてでハットトリックをマークし、完全復活を強烈にアピールしていた。
「怒りが試合に向いてるうちはいいけど、試合がなくなったら恐ろしいことになるんじゃないか?」
一番八つ当たりを受ける可能性の高いサッカー部員たちは今から戦々恐々としている。せっかくの全国大会を楽しむどころではないようだ。
「そう言えば聞いたか? 明日、五輪代表の監督が視察に来るらしいぞ」
「それって辰巳を見にか?」
「それ以外にねえだろ」
「確かに決定力不足だもんなあ」
本番を一ヶ月後に控えた五輪代表は深刻な得点力不足に悩んでいた。そこへ辰巳の復活である。藁にもすがる思いでチェックが入ったのであろう。
「そうだ辰巳、オリンピックで活躍してみろよ。そうすれば向こうから現れてくれるかもしれないぞ」
誰かの意見に、部員全員が一瞬で乗った。
「おお、それはいい考えだな」
「有名になって呼びかければいいんじゃないか?」
「そうだ、それいこう」
部員たちは一致団結した。
「じゃあ明日は辰巳にボールを集めよう」
「よし、全力でサポートするぞ」
そして、辰巳はそんな協力を得て、監督の前で満額回答を出してみせた。
五戦連続――復帰した県大会決勝から数えると六戦連続となるハットトリックを達成して、青湘高校を初の全国制覇に導いたのである。
こうなると話は早い。辰巳の代表復帰はその場で決まり、即合宿へと突入することになった。
慎也をはじめとする部員たちが胸を撫で下ろしたのは言うまでもなかった。
しかし、オリンピックを終え、帰国してからも、辰巳の苛立ちは募る一方だった。
校内においては誰も目を合わせようとしない。どころか、姿を見かけただけで慌てて逃げ出す者までいる。それほど辰巳の身にまとう空気は危険極まりないものであった。
「くっそお。どうなってやがんだ」
呪詛に満ちた呟きは、耳にするだけで背筋が冷たくなった。面と向かって言われれば、気の弱い者なら失神しそうだ。
「辰巳、落ち着け。な」
慎也は責任を感じて、必死になだめようとしているのだが、ほとんど獣と化した辰巳に言葉は通じていなかった。
オリンピックでの辰巳は、再起不能と言われていたのが嘘のような大活躍を見せた。得点王には及ばなかったものの、五得点を挙げ、日本代表の銀メダル獲得に大きく貢献したのだ。
結果、辰巳は一躍国民的ヒーローとなり、マスコミへの露出も多くなった。
それが目的だったので、辰巳はここぞとばかりに魔女へのアピールを行ったのだが、そのすべては空振りに終わった。
見事なまでに無反応だったのだ。
そして辰巳の苛立ちはついに臨界点を突破しようとしていたのである。
「おい、試合だ試合。鉾先逸らすにはそれしかねえ」
辰巳の憂さ晴らしのためだけに練習試合が設定された。相手に選ばれた高校にはお気の毒としか言いようがなかったが、当日、青湘高のグラウンドには大観衆がつめかけることとなった。
辰巳が姿を現しただけでグラウンドは大騒ぎになった。黄色い声が飛び交うようなシチュエーションは、青湘高の選手たちにとっては初めての体験である。それなりに騒ぎになるだろうと思ってはいたのだが、はっきり言って、その規模は想像を遥かに超えていた。
「銀メダルの威力ってすげえなあ」
「まあ、確かにそれだけのことではあるよな」
慎也もまさか辰巳がここまでやるとは思っていなかった。辰巳が成し遂げたことについては、素直にすごいと思う。
こういうやつが将来ワールドカップに出るんだろうな。
サッカーをやる者として、ワールドカップは夢である。出れるものなら出たいとは思うが、それを現実として考えることは、今の慎也にはできなかった。
オリンピックでの活躍により、辰巳に対する注目度は、国際的にも高まっているという。本場であるヨーロッパでの評価も高いらしい。もしそこで活躍できれば、ワールドカップも夢ではなくなるのだろう。
すげえよな、ホント。
「何しけた面してやがる」
一切の手加減なく背中をどつかれて、慎也は咳き込んだ。
「がんがんセンタリング上げろよ。片っ端から決めてやるから」
「あいよ」
慎也のポジションは右のウイング。CFである辰巳にセンタリングを供給するのが役目である。
「オリンピックでもいろいろやったが、おまえのセンタリングが一番やりやすかったからな。久しぶりだし、期待してるぜ」
「え?」
思いがけない言葉であった。思わず目を丸くして、辰巳をまじまじと見つめてしまう。
「何だ?」
「いや、んなこと言われたの初めてだと思って……」
「おまえはもっと自信持て。その性格でずいぶん損してるぞ。女口説くときみたいにガンガンやれや」
もう一度背中をはたいて、辰巳はアップのためにグラウンドの真ん中へ進んでいった。
いまだに尋ね人が見つからないせいである。
辰巳が布告を出してから早一ヶ月が過ぎていたが、全校挙げての捜索にもかかわらず一向にはかどっていなかったのだ。手掛かりすらもない。
その間、誰よりも居心地の悪い思いを味わっていたのが慎也である。
とりあえず満里奈には外出を厳に戒め、ひたすらその存在を隠してきた。ばれたら殺されるかもとも思ったが、嫌な予感のほうが大きく、慎也はそれに従ったのであった。
破滅寸前の空気の中、青湘高校サッカー部は、一大イベントであるインターハイに突入していた。
辰巳は鬱憤を晴らすように大爆発。決勝戦に至るまでの四試合すべてでハットトリックをマークし、完全復活を強烈にアピールしていた。
「怒りが試合に向いてるうちはいいけど、試合がなくなったら恐ろしいことになるんじゃないか?」
一番八つ当たりを受ける可能性の高いサッカー部員たちは今から戦々恐々としている。せっかくの全国大会を楽しむどころではないようだ。
「そう言えば聞いたか? 明日、五輪代表の監督が視察に来るらしいぞ」
「それって辰巳を見にか?」
「それ以外にねえだろ」
「確かに決定力不足だもんなあ」
本番を一ヶ月後に控えた五輪代表は深刻な得点力不足に悩んでいた。そこへ辰巳の復活である。藁にもすがる思いでチェックが入ったのであろう。
「そうだ辰巳、オリンピックで活躍してみろよ。そうすれば向こうから現れてくれるかもしれないぞ」
誰かの意見に、部員全員が一瞬で乗った。
「おお、それはいい考えだな」
「有名になって呼びかければいいんじゃないか?」
「そうだ、それいこう」
部員たちは一致団結した。
「じゃあ明日は辰巳にボールを集めよう」
「よし、全力でサポートするぞ」
そして、辰巳はそんな協力を得て、監督の前で満額回答を出してみせた。
五戦連続――復帰した県大会決勝から数えると六戦連続となるハットトリックを達成して、青湘高校を初の全国制覇に導いたのである。
こうなると話は早い。辰巳の代表復帰はその場で決まり、即合宿へと突入することになった。
慎也をはじめとする部員たちが胸を撫で下ろしたのは言うまでもなかった。
しかし、オリンピックを終え、帰国してからも、辰巳の苛立ちは募る一方だった。
校内においては誰も目を合わせようとしない。どころか、姿を見かけただけで慌てて逃げ出す者までいる。それほど辰巳の身にまとう空気は危険極まりないものであった。
「くっそお。どうなってやがんだ」
呪詛に満ちた呟きは、耳にするだけで背筋が冷たくなった。面と向かって言われれば、気の弱い者なら失神しそうだ。
「辰巳、落ち着け。な」
慎也は責任を感じて、必死になだめようとしているのだが、ほとんど獣と化した辰巳に言葉は通じていなかった。
オリンピックでの辰巳は、再起不能と言われていたのが嘘のような大活躍を見せた。得点王には及ばなかったものの、五得点を挙げ、日本代表の銀メダル獲得に大きく貢献したのだ。
結果、辰巳は一躍国民的ヒーローとなり、マスコミへの露出も多くなった。
それが目的だったので、辰巳はここぞとばかりに魔女へのアピールを行ったのだが、そのすべては空振りに終わった。
見事なまでに無反応だったのだ。
そして辰巳の苛立ちはついに臨界点を突破しようとしていたのである。
「おい、試合だ試合。鉾先逸らすにはそれしかねえ」
辰巳の憂さ晴らしのためだけに練習試合が設定された。相手に選ばれた高校にはお気の毒としか言いようがなかったが、当日、青湘高のグラウンドには大観衆がつめかけることとなった。
辰巳が姿を現しただけでグラウンドは大騒ぎになった。黄色い声が飛び交うようなシチュエーションは、青湘高の選手たちにとっては初めての体験である。それなりに騒ぎになるだろうと思ってはいたのだが、はっきり言って、その規模は想像を遥かに超えていた。
「銀メダルの威力ってすげえなあ」
「まあ、確かにそれだけのことではあるよな」
慎也もまさか辰巳がここまでやるとは思っていなかった。辰巳が成し遂げたことについては、素直にすごいと思う。
こういうやつが将来ワールドカップに出るんだろうな。
サッカーをやる者として、ワールドカップは夢である。出れるものなら出たいとは思うが、それを現実として考えることは、今の慎也にはできなかった。
オリンピックでの活躍により、辰巳に対する注目度は、国際的にも高まっているという。本場であるヨーロッパでの評価も高いらしい。もしそこで活躍できれば、ワールドカップも夢ではなくなるのだろう。
すげえよな、ホント。
「何しけた面してやがる」
一切の手加減なく背中をどつかれて、慎也は咳き込んだ。
「がんがんセンタリング上げろよ。片っ端から決めてやるから」
「あいよ」
慎也のポジションは右のウイング。CFである辰巳にセンタリングを供給するのが役目である。
「オリンピックでもいろいろやったが、おまえのセンタリングが一番やりやすかったからな。久しぶりだし、期待してるぜ」
「え?」
思いがけない言葉であった。思わず目を丸くして、辰巳をまじまじと見つめてしまう。
「何だ?」
「いや、んなこと言われたの初めてだと思って……」
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