赤い糸

4 おまえ、馬鹿だろ

「何で？」

　裕治は素朴な疑問を呈した。

「そんなことは知らない。女として生まれてきた。ただそれだけのことだ」

「いや、そうじゃなくて。何で男だって言ってたんだ？」

「それを求められていたからだ」

　薫は淡々と答える。

「誰に？」

「周りのみんなだ」

「って、親も？」

「私の家は知っているだろう？」

「ああ。知ってる」

　むしろ知らない者はいないだろう。薫の家は、この街にとどまらず、全国にその名を轟かせる巨大企業を経営しているのだ。

「私はひとりっこだ。自動的に後継者であることを求められたんだ」

　悲しげな口調と表情。

「…普通じゃねえ」

　裕司は率直な感想を口にした。

「うん。そうだろうな。君がそう言うのはすごくよくわかる」

　薫は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「ただ、私に選択権はなかった。そういうものかと諦めてもいた。皆の言うことに逆らってまで我を通そうとは思わなかったんだ」

「それも理解できん」

　裕治ははっきり言った。

「他のことならともかく、性別を偽るってのはどうなんだよ？　そんなの認めちまったら、おまえは一体何なんだよ。嘘つくために生まれてきたようなもんじゃねえか。それでいいのかよ!?」

　この時、裕治は深甚な怒りを覚えていた。

　本気で頭にきていた。

　自分だったらそんな理不尽には絶対に耐えられない。そんなことを言われたら、言った相手をぶん殴っているだろう。

　どいつもこいつも狂ってやがる。指示するほうも指示するほうなら、それを受け容れるほうもまともじゃねえ。

　裕治の怒りは薫本人にも向けられた。



「おまえ、馬鹿だろ」