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ケントが呑み込まれた地割れの縁で、フローリアはいまだに茫然自失状態から立ち直れずにいた。
「…ケントぉ……」
何度呼びかけても返事はない。悲痛な声は、底の見えない深淵に吸い込まれていくばかりだ。
「…う…うぅ……」
嗚咽が止まらない。
認めたくないだけで、本当はフローリアにもわかっていた。ケントの生存が絶望的だということは。ここでへたりこんでいることには一欠片ほどの意味もないということも。
ただどうしても諦めがつかないのだ。
ここで待っていればケントがひょっこり現れるのではないか、何事もなかったかのように笑ってくれるのではないかーーそんな未練を引きずっているのだ。
こんな終わり方、認められる訳ないじゃない。
自分たちにはもっと輝かしい未来があったはずなのだ。ケントと自分とアリサと三人で歩む未来が。
そうよ、アリサに何て言えばいいのよ……
自分たちを信じて帰りを待っているアリサにどんな顔をして会えばいいのか。フローリアはそこにも恐怖を覚えた。
…いっそのこと、あたしもここからーー
心が折れかけたフローリアが、ひどく弱気な思いに囚われかけた時ーー
地割れの縁に下から手が伸びてきた。
岩が動く音に振り返ったフローリアは、一瞬我が目を疑った。
「え……?」
フローリアが呆けている間に、今度は顔がのぞいた。
ケントかと期待したフローリアの目が輝く。
しかし、その顔を見たフローリアは、思わず悲鳴を上げてしまった。
「きゃあっ!?」
ケントとは似ても似つかぬ容貌であり、それどころか、魔物にしか見えなかったのだ。
真っ白な髪に痩せこけた頬。落ち窪んだ眼窩はまるで骸骨のようだ。
僅かの間、怯みを覚えたフローリアだったが、急激に膨れ上がった激烈な怒りが、その意識を覚醒へと導いた。
「ケントの仇!」
正確には違うのだが、そうでも思わないと自我が保てない。フローリアは自らを奮い起たせるためにあえてそう思い込んだ。
「死ねぇっ!」
剣を抜き放ち、魔物に肉迫する。弱ってはいても、その動きは皇女将軍と称されるに相応しいものだった。
慌てたのは、やっとの思いでここまで登ってきたケントである。
期待していたのは熱烈な抱擁だったのに、まさか斬りかかられるとは完全に想定外だった。
「ちょっと待て、フローリア!」
「魔物があたしの名を口にするなあっ!」
ケントの制止は、フローリアの怒りの炎に大量の油を注いだだけだった。
「くっ」
咄嗟にケントは覚えたての魔法を発動させた。
振り下ろされた剣を、ケントが手に纏った雷魔法で弾いた。
弾かれた拍子に、フローリアの手から剣が飛んだ。
「面妖な業を!」
手の痺れに顔をしかめながらも、フローリアはケントを睨みつけた。
「待て、俺だってば。ケントだよ」
「は?」
フローリアは眉根を寄せた。
「何言ってるの。ケントに似てるところなんてどこにもないわよ」
「え? 俺、見た目変わってるのか?」
そう、ケントは自分の外見が大きく変わったことを知る術がなかったのだ。
「…ケントぉ……」
何度呼びかけても返事はない。悲痛な声は、底の見えない深淵に吸い込まれていくばかりだ。
「…う…うぅ……」
嗚咽が止まらない。
認めたくないだけで、本当はフローリアにもわかっていた。ケントの生存が絶望的だということは。ここでへたりこんでいることには一欠片ほどの意味もないということも。
ただどうしても諦めがつかないのだ。
ここで待っていればケントがひょっこり現れるのではないか、何事もなかったかのように笑ってくれるのではないかーーそんな未練を引きずっているのだ。
こんな終わり方、認められる訳ないじゃない。
自分たちにはもっと輝かしい未来があったはずなのだ。ケントと自分とアリサと三人で歩む未来が。
そうよ、アリサに何て言えばいいのよ……
自分たちを信じて帰りを待っているアリサにどんな顔をして会えばいいのか。フローリアはそこにも恐怖を覚えた。
…いっそのこと、あたしもここからーー
心が折れかけたフローリアが、ひどく弱気な思いに囚われかけた時ーー
地割れの縁に下から手が伸びてきた。
岩が動く音に振り返ったフローリアは、一瞬我が目を疑った。
「え……?」
フローリアが呆けている間に、今度は顔がのぞいた。
ケントかと期待したフローリアの目が輝く。
しかし、その顔を見たフローリアは、思わず悲鳴を上げてしまった。
「きゃあっ!?」
ケントとは似ても似つかぬ容貌であり、それどころか、魔物にしか見えなかったのだ。
真っ白な髪に痩せこけた頬。落ち窪んだ眼窩はまるで骸骨のようだ。
僅かの間、怯みを覚えたフローリアだったが、急激に膨れ上がった激烈な怒りが、その意識を覚醒へと導いた。
「ケントの仇!」
正確には違うのだが、そうでも思わないと自我が保てない。フローリアは自らを奮い起たせるためにあえてそう思い込んだ。
「死ねぇっ!」
剣を抜き放ち、魔物に肉迫する。弱ってはいても、その動きは皇女将軍と称されるに相応しいものだった。
慌てたのは、やっとの思いでここまで登ってきたケントである。
期待していたのは熱烈な抱擁だったのに、まさか斬りかかられるとは完全に想定外だった。
「ちょっと待て、フローリア!」
「魔物があたしの名を口にするなあっ!」
ケントの制止は、フローリアの怒りの炎に大量の油を注いだだけだった。
「くっ」
咄嗟にケントは覚えたての魔法を発動させた。
振り下ろされた剣を、ケントが手に纏った雷魔法で弾いた。
弾かれた拍子に、フローリアの手から剣が飛んだ。
「面妖な業を!」
手の痺れに顔をしかめながらも、フローリアはケントを睨みつけた。
「待て、俺だってば。ケントだよ」
「は?」
フローリアは眉根を寄せた。
「何言ってるの。ケントに似てるところなんてどこにもないわよ」
「え? 俺、見た目変わってるのか?」
そう、ケントは自分の外見が大きく変わったことを知る術がなかったのだ。
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