婚約破棄 ~ガチでやられると結構キツい~

オフィス景

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37 天才

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「「……」」

 アリサとフローリアは停止ボタンでも押されたかのように、完全にフリーズしていた。

 唐突ではあったが、二人ともに共通認識を抱いていた。

 絶対に負けられない戦いが始まった、ということを。

 目を逸らしたら負け。

 それは暗黙の了解だった。

 初手を譲るようなことがあれば、今後の展開が苦しくなる。それを本能で理解した二人は、瞬きすらせずに互いを見つめた。

「あれ?」

 突然張り詰めた空気に首を傾げるケント。

 ケントの両隣から、ラリーとセイラの張り手が飛ぶ。

 鈍いのは仕方ないが、鈍すぎるのは罪だ。

「…俺、何か悪いことしちまった?」

 ラリーとセイラは揃って頷いた。

 ケントは居たたまれない空気に身を小さくした。が、始まってしまったものはどうにもできない。ただ成り行きを見守るばかりである。

「ーーはじめまして。アリサと申します」

 丁寧ではあるが感情のこもらない口調でアリサは言った。

「はじめまして。フローリアです」

 同じような口調でフローリアが答える。

「……」

「……」

 互いにきっかけが掴めず、無言のにらみ合いが続く。

「えーっと、アリサ?」

 責任を感じたケントは、なけなしの勇気を振り絞ってアリサに声をかけた。

「何?」

「俺たち、アリサが考案したっていうスイーツを食べに来たんだけど……」

 言われて、アリサはやっと一行が客であることを思い出したらしい。慌ててみんなに席を勧めた。

「ごめんなさい。すぐに準備しますね」

 アリサは一旦カウンターの奥に引っ込んだ。

 席に着いたケントだったが、正面に座ったフローリアの視線が痛くて落ち着けなかった。

「えーっと、もしかして、怒ってます?」

「怒ってませんよ。何でわたしが怒るんですか?」

「で、ですよね…きっと俺の目がおかしいんだと思います」

 蛇に睨まれた蛙のように、ケントはひたすら小さくなった。

「ーー彼女が噂のアリサさんですか」

「う、噂?」

 その単語に物騒な響きを感じて、ケントは口の端をひきつらせた。

「とっても仲がいいんですよね」

「あ、うん、仲は…いいかな……」

「学校のお友達なんですよね。うらやましいです。わたしにはそういう存在がいないので」

 言葉の割に口調は平淡だったので、ケントは答えに苦慮した。何となく、何を言っても不正解のような気がしたのだ。

 そうこうするうちに、アリサが大きなトレイを持って戻ってきた。

「どうぞ」

「アリサ、これってーー」

「自分で考えてみたんだけどーーどうかな?」

「どうかなも何も、おまえ、天才かよ!?」

 ケントの声も表情も本気の感嘆に彩られていた。

「アリサは天才だよ。歴史に名を残すレベルだと思うね」

 サンディが我がことのようなドヤ顔を見せる。

 これを独力で作り上げたというのであれば、ケントもその評価に異論はなかった。

 ケント自身は、アリサが何を作ったのかわかっている。ただそれは、実際にそれを知っていたからにすぎない。

 だが、アリサは違う。知識のない、まったく白紙の状態からこれを作り出したのだ。

 天才の所業としか言いようがない。

「…できれば味を見て欲しいんだけど」

「あ、ああ、そうだな。いただくよ」

 ケントはフォークを手に取って、アリサの作品に向かい合った。

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