10 / 16
第09話「藁にもすがる王子と辺境からもたらされた噂」
しおりを挟む
「虚無の呪い」は、王都の機能を麻痺させた。市場は閑散とし、衛兵は持ち場を放棄し、宮廷の役人たちですら、ただ虚ろな目で宙を見つめているだけだった。
第一王子アルフレッドは、日に日に悪化していく惨状を前に、無力感に打ちのめされていた。
「医師を呼べ! 国中の賢者を集めろ! 何でもいい、この呪いを解く方法を見つけ出すのだ!」
彼は必死に命令を下すが、もはやそれに十全に応えられる者はいなかった。医師も賢者も、等しく呪いに蝕まれていたからだ。頼みの綱だった聖女セレスティアは、自室に引きこもり、誰とも会おうとしなかった。彼女もまた、自らが生み出した熱狂の反動に、心を食い潰されていた。
『何がいけなかった? 私は、民のために、国のために、最善を尽くしてきたはずだ。正義は、我にあったはずだ……』
アルフレッドは、自問自答を繰り返す。そして、彼の脳裏に、ふと、かつて自らが追放した少女の姿が浮かんだ。
氷のように冷たい瞳をした、感情のない公爵令嬢。リディア・フォン・クラインフェルト。
『あの女は、いつも、全てを見透かしたような目をしていた。まるで、我々の愚かな行動が、いずれこのような結果を招くことを、予見していたかのように……』
そんなはずはない。アルフレッドは、頭を振ってその考えを打ち消した。あれは、人の心を持たない失敗作だ。国を救える力など、あるはずがない。
しかし、その考えは、数日後にもたらされた一つの報告によって、根底から揺さぶられることになる。
北の辺境、アーデルベルト領と、僅かに交易を続けていた商人が、王都に帰還したのだ。彼は、呪いの影響をほとんど受けておらず、その目に理性の光を宿していた。
アルフレッドは、すぐにその商人を召喚した。
「北の様子を話せ。アーデルベルト領は、どうなっている?」
商人は、興奮した面持ちで語り始めた。
「王子様、信じられないことですが、あの不毛の地が、今や奇跡の土地へと変わりつつあります! 原因不明の病は癒え、枯れたはずの畑には作物が実り、人々は活気に満ち溢れています!」
「……何だと?」
アルフレッドは、耳を疑った。王都が死にかけているというのに、あの見捨てられた土地が、活気に満ちているだと?
「その奇跡の中心にいるのが、かのリディア様です。追放されてこられた、あのご令嬢が、領主様の相談役となり、次々と領地の問題を解決されているのです。領民たちは、彼女を『氷の聖女様』と呼び、心から感謝し、慕っております」
氷の聖女。その響きは、アルフレッドの胸に、重い杭のように突き刺さった。
人の心を持たないと、自分が断罪した少女。彼女が、辺境の地で、人々を救っている。
「……リディアが、一体、どうやって……」
「詳しいことは、私のような者にはわかりません。ですが、噂では、リディア様は、どんな難題も、まるで神様のように見通し、その解決策を示されるとか。彼女の瞳に見つめられると、嘘も偽りも、全て暴かれてしまうそうです」
その言葉は、アルフレッドの記憶を呼び覚ました。
謁見の間で、リディアがセレスティアの癒しの儀式を、何の感情もなく眺めていた、あの時の瞳。アルフレッドは、それを冷酷だと断じた。だが、もし、あれが冷酷さではなく、物事の本質を見抜く、あまりにも深い洞察力の発露だったとしたら?
自分は、とんでもない過ちを犯したのではないか?
真の聖女は、慈愛に満ちたセレスティアではなく、むしろ、あの氷のようなリディアだったのではないか?
後悔と自己嫌悪の念が、アルフレッドの心を苛む。だが、今は感傷に浸っている場合ではなかった。国が、滅びようとしている。
藁にも、すがるしかない。
「……アーデルベルト領へ、行く」
アルフレッドは、決意を固めた。自らのプライドも、王子という立場も、全てを捨てて、あの少女に頭を下げるのだ。
「王子、自ら、あの辺境へ? 正気ですか!」
側近が、慌てて止めようとする。
「正気だ。他に、手があるというのか。このまま、王都と共に、虚無に沈んでいくのを待つしか、道はないというのか!」
アルフレッドの瞳に、久しぶりに強い光が宿った。それは、絶望の淵で見つけた、最後の希望の光だった。
彼は、数人の信頼できる騎士だけを連れ、お忍びで王都を抜け出した。
目指すは、北の果て。
かつて、自らが追放した少女が待つ、アーデルベルト領。
許しを乞うためではない。ただ、国を救ってほしい。その一心で、アルフレッドは馬を走らせた。
第一王子アルフレッドは、日に日に悪化していく惨状を前に、無力感に打ちのめされていた。
「医師を呼べ! 国中の賢者を集めろ! 何でもいい、この呪いを解く方法を見つけ出すのだ!」
彼は必死に命令を下すが、もはやそれに十全に応えられる者はいなかった。医師も賢者も、等しく呪いに蝕まれていたからだ。頼みの綱だった聖女セレスティアは、自室に引きこもり、誰とも会おうとしなかった。彼女もまた、自らが生み出した熱狂の反動に、心を食い潰されていた。
『何がいけなかった? 私は、民のために、国のために、最善を尽くしてきたはずだ。正義は、我にあったはずだ……』
アルフレッドは、自問自答を繰り返す。そして、彼の脳裏に、ふと、かつて自らが追放した少女の姿が浮かんだ。
氷のように冷たい瞳をした、感情のない公爵令嬢。リディア・フォン・クラインフェルト。
『あの女は、いつも、全てを見透かしたような目をしていた。まるで、我々の愚かな行動が、いずれこのような結果を招くことを、予見していたかのように……』
そんなはずはない。アルフレッドは、頭を振ってその考えを打ち消した。あれは、人の心を持たない失敗作だ。国を救える力など、あるはずがない。
しかし、その考えは、数日後にもたらされた一つの報告によって、根底から揺さぶられることになる。
北の辺境、アーデルベルト領と、僅かに交易を続けていた商人が、王都に帰還したのだ。彼は、呪いの影響をほとんど受けておらず、その目に理性の光を宿していた。
アルフレッドは、すぐにその商人を召喚した。
「北の様子を話せ。アーデルベルト領は、どうなっている?」
商人は、興奮した面持ちで語り始めた。
「王子様、信じられないことですが、あの不毛の地が、今や奇跡の土地へと変わりつつあります! 原因不明の病は癒え、枯れたはずの畑には作物が実り、人々は活気に満ち溢れています!」
「……何だと?」
アルフレッドは、耳を疑った。王都が死にかけているというのに、あの見捨てられた土地が、活気に満ちているだと?
「その奇跡の中心にいるのが、かのリディア様です。追放されてこられた、あのご令嬢が、領主様の相談役となり、次々と領地の問題を解決されているのです。領民たちは、彼女を『氷の聖女様』と呼び、心から感謝し、慕っております」
氷の聖女。その響きは、アルフレッドの胸に、重い杭のように突き刺さった。
人の心を持たないと、自分が断罪した少女。彼女が、辺境の地で、人々を救っている。
「……リディアが、一体、どうやって……」
「詳しいことは、私のような者にはわかりません。ですが、噂では、リディア様は、どんな難題も、まるで神様のように見通し、その解決策を示されるとか。彼女の瞳に見つめられると、嘘も偽りも、全て暴かれてしまうそうです」
その言葉は、アルフレッドの記憶を呼び覚ました。
謁見の間で、リディアがセレスティアの癒しの儀式を、何の感情もなく眺めていた、あの時の瞳。アルフレッドは、それを冷酷だと断じた。だが、もし、あれが冷酷さではなく、物事の本質を見抜く、あまりにも深い洞察力の発露だったとしたら?
自分は、とんでもない過ちを犯したのではないか?
真の聖女は、慈愛に満ちたセレスティアではなく、むしろ、あの氷のようなリディアだったのではないか?
後悔と自己嫌悪の念が、アルフレッドの心を苛む。だが、今は感傷に浸っている場合ではなかった。国が、滅びようとしている。
藁にも、すがるしかない。
「……アーデルベルト領へ、行く」
アルフレッドは、決意を固めた。自らのプライドも、王子という立場も、全てを捨てて、あの少女に頭を下げるのだ。
「王子、自ら、あの辺境へ? 正気ですか!」
側近が、慌てて止めようとする。
「正気だ。他に、手があるというのか。このまま、王都と共に、虚無に沈んでいくのを待つしか、道はないというのか!」
アルフレッドの瞳に、久しぶりに強い光が宿った。それは、絶望の淵で見つけた、最後の希望の光だった。
彼は、数人の信頼できる騎士だけを連れ、お忍びで王都を抜け出した。
目指すは、北の果て。
かつて、自らが追放した少女が待つ、アーデルベルト領。
許しを乞うためではない。ただ、国を救ってほしい。その一心で、アルフレッドは馬を走らせた。
33
あなたにおすすめの小説
「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします
紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド
どこにでも居る普通の令嬢レージュ。
冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。
風魔法を使えば、山が吹っ飛び。
水魔法を使えば大洪水。
レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。
聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。
一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。
「その命。要らないなら俺にくれないか?」
彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。
もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!
ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。
レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。
一方、レージュを追放した帝国は……。
地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。
黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!
追放された薬膳聖女は氷の公爵様を温めたい~胃袋を掴んだら呪いが解けて溺愛されました~
黒崎隼人
恋愛
冤罪で婚約破棄され、極寒の辺境へ追放された伯爵令嬢リリアナ。「氷の公爵」と恐れられる魔導師アレクセイの城に送られるが、そこで彼女を待っていたのは、呪いにより味覚を失い、孤独に震える公爵だった!?
「……なんだ、この温かさは」
前世の知識である【薬膳】で作った特製スープが、彼の凍りついた心と胃袋を溶かしていく!
料理の腕で公爵様を餌付けし、もふもふ聖獣も手なずけて、辺境スローライフを満喫していたら、いつの間にか公爵様からの溺愛が止まらない!?
一方、リリアナを追放した王都では作物が枯れ果て、元婚約者たちが破滅へと向かっていた――。
心も体も温まる、おいしい大逆転劇!
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
スキル『農業』はゴミだと追放されたが、実は植物の遺伝子を書き換える神スキル【神農】でした。荒野を楽園に変えて異世界万博を開催します!
黒崎隼人
ファンタジー
「そのスキル『農業』?剣も魔法も使えないクズはいらん、失せろ!」
勇者召喚に巻き込まれて異世界へ転生した植物オタクの青年カイルは、地味なスキルを理由に王都を追放され、死の荒野へと捨てられた。
しかし、誰も知らなかったのだ。
彼のスキルが、ただの農業ではなく、植物の遺伝子さえ書き換え、不毛の大地を瞬く間に聖域に変える神の力【神農】であることを。
荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。
やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!?
一方、カイルを追放した王国は深刻な食糧難に陥り、没落の一途をたどっていた。
「今さら戻れと言われても、この野菜は全部、俺とソフィアのとフェンのものですから」
最強の農民が送る、世界を揺るがす大逆転・万博ファンタジー、ここに開幕!
追放悪役令嬢、辺境の荒れ地を楽園に!元夫の求婚?ざまぁ、今更遅いです!
黒崎隼人
ファンタジー
皇太子カイルから「政治的理由」で離婚を宣告され、辺境へ追放された悪役令嬢レイナ。しかし彼女は、前世の農業知識と、偶然出会った神獣フェンリルの力を得て、荒れ地を豊かな楽園へと変えていく。
そんな彼女の元に現れたのは、離婚したはずの元夫。「離婚は君を守るためだった」と告白し、復縁を迫るカイルだが、レイナの答えは「ノー」。
「離婚したからこそ、本当の幸せが見つかった」
これは、悪女のレッテルを貼られた令嬢が、自らの手で未来を切り拓き、元夫と「夫婦ではない」最高のパートナーシップを築く、成り上がりと新しい絆の物語。
【完結】アラフォー聖女、辺境で愛されます。~用済みと追放されましたが私はここで充実しています~
猫燕
恋愛
聖女エレナは、20年間教会で酷使された末、若い新聖女に取って代わられ冷淡に追放される。「私の人生、何だったの?」と疲れ果てた彼女が流れ着いたのは、魔物の呪いに苦しむ辺境の村。咄嗟に使った治癒魔法で村人を救うと、村の若者たちに「聖女様!」とチヤホヤされる。エレナの力はまだ輝いていた――。追放されたアラフォー聖女が、新たな居場所で自信と愛を取り戻す、癒やしと逆転の物語。
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる