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第12話「暴走する感情のアーカイブと元魔王女の情報処理」
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王城の地下は、カビ臭い、湿った空気が漂っていた。螺旋階段を降りていくと、やがて広大な空間に出た。その中央に、問題の遺物が鎮座していた。
それは、人の背丈ほどもある、黒い水晶の柱だった。表面は、まるで呼吸するかのように、鈍い光を明滅させている。王都中から吸い上げた、膨大な感情のエネルギーが、その内部で渦巻いているのが、リディアには視えた。
「これが……呪いの源……」
アルフレッドが、息を呑む。
水晶の傍らには、一人の少女が座り込んでいた。聖女セレスティアだ。彼女は、虚ろな目で水晶を見つめ、ただぶつぶつと何かを呟いている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が、聖女なんかになったから……」
彼女は、完全に心を壊されていた。自らの力が、この惨状を引き起こした一因であることに耐えきれず、現実から逃避しているのだ。
リディアが水晶に近づこうとした、その時。水晶が、ひときわ強い光を放った。
『警告! 高密度の負の感情エネルギーを検出。対象は、制御不能な暴走状態にあります』
水晶は、正の感情を吸い尽くした結果、今や、人々の心に残ったわずかな絶望や恐怖といった、負の感情を無差別に吸収し始めていた。それは、もはや国力に変換されることのない、純粋な破壊エネルギーの塊と化していた。
「リディア様、危ない!」
カイウスが叫ぶ。
水晶から、黒い靄(もや)のようなエネルギーが触手のように伸び、リディアに襲いかかった。
しかし、リディアは避けなかった。彼女は、静かにその場に立ち、自らの能力を、完全に解放した。
彼女の周囲の空間が、わずかに歪む。
かつて、彼女が「感情を喰らう魔族の女王」だった頃の、圧倒的な存在感の片鱗。
「――解析を開始します」
リディアは、暴走する負のエネルギーに、自らの意識を接続した。
普通の人間なら、触れた瞬間に精神を破壊されるであろう、憎悪、絶望、恐怖、嫉妬の濁流。それらが、一斉に彼女の内に流れ込んでくる。
だが、リディアは、それをただの「情報」として受け止めた。
膨大な、しかし、処理可能なデータとして。
『負の感情データの捕食を開始。並行して、データ構造の解析、及び無害化プロセスの構築を実行』
彼女は、かつて魔族として行っていたように、感情のエネルギーを「喰らい」始めた。しかし、それは、ただ喰らうのではない。
彼女の頭の中に、アーデルベルト領で観測した、様々なデータが浮かび上がる。
畑仕事に励む領民の、ささやかな達成感。
カイウスが向けてくれた、裏表のない信頼。
領民たちが、そっと置いていってくれた、温かいパンの味。
そして、フェンリルの隣で感じた、解析不能な、穏やかな安らぎ。
リディアは、それらの「温かい感情」のデータを、基準となるテンプレートとして設定した。そして、流れ込んでくる負のエネルギーを、そのテンプレートに照らし合わせ、分解し、再構築していく。
それは、奇跡でも、魔法でもない。
リディアだけが行うことのできる、超高度な情報処理だった。
憎悪のデータは、その構造を分解され、単なるエネルギーの波形へと変換される。
絶望のデータは、その起因となった情報を切り離され、無意味な信号へと変わる。
恐怖のデータは、その指向性を失い、拡散していく。
黒い水晶の柱は、光を失い、徐々に透明度を増していく。内部で荒れ狂っていた負のエネルギーが、リディアによって、次々と無害な情報へと変換されていくのだ。
アルフレッドも、カイウスも、ただ呆然と、その光景を見つめていた。
一人の少女が、世界の破滅に等しいエネルギーを、たった一人で受け止め、静かに無力化していく。それは、あまりにも神々しく、そして、あまりにも孤独な戦いだった。
やがて、水晶は完全に光を失い、ただの巨大なガラスの塊となった。暴走は、完全に停止した。
リディアは、ふらり、とよろめいた。さすがに、これほどの情報量を一度に処理したのは、魂に大きな負荷がかかったようだ。
「リディア!」
カイウスが、駆け寄って、その華奢な体を支えた。
彼の腕の中で、リディアは、静かに目を開けた。その瞳は、いつもと変わらず、冷静な光を宿していた。
「……処理、完了。システムは、正常にシャットダウンしました」
彼女は、まるで、複雑な計算を終えた後のように、淡々とそう告げた。
王都を覆っていた、重苦しい灰色の空気が、ゆっくりと晴れていく。
窓から差し込む光が、以前よりも少しだけ、温かく感じられた。
それは、人の背丈ほどもある、黒い水晶の柱だった。表面は、まるで呼吸するかのように、鈍い光を明滅させている。王都中から吸い上げた、膨大な感情のエネルギーが、その内部で渦巻いているのが、リディアには視えた。
「これが……呪いの源……」
アルフレッドが、息を呑む。
水晶の傍らには、一人の少女が座り込んでいた。聖女セレスティアだ。彼女は、虚ろな目で水晶を見つめ、ただぶつぶつと何かを呟いている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が、聖女なんかになったから……」
彼女は、完全に心を壊されていた。自らの力が、この惨状を引き起こした一因であることに耐えきれず、現実から逃避しているのだ。
リディアが水晶に近づこうとした、その時。水晶が、ひときわ強い光を放った。
『警告! 高密度の負の感情エネルギーを検出。対象は、制御不能な暴走状態にあります』
水晶は、正の感情を吸い尽くした結果、今や、人々の心に残ったわずかな絶望や恐怖といった、負の感情を無差別に吸収し始めていた。それは、もはや国力に変換されることのない、純粋な破壊エネルギーの塊と化していた。
「リディア様、危ない!」
カイウスが叫ぶ。
水晶から、黒い靄(もや)のようなエネルギーが触手のように伸び、リディアに襲いかかった。
しかし、リディアは避けなかった。彼女は、静かにその場に立ち、自らの能力を、完全に解放した。
彼女の周囲の空間が、わずかに歪む。
かつて、彼女が「感情を喰らう魔族の女王」だった頃の、圧倒的な存在感の片鱗。
「――解析を開始します」
リディアは、暴走する負のエネルギーに、自らの意識を接続した。
普通の人間なら、触れた瞬間に精神を破壊されるであろう、憎悪、絶望、恐怖、嫉妬の濁流。それらが、一斉に彼女の内に流れ込んでくる。
だが、リディアは、それをただの「情報」として受け止めた。
膨大な、しかし、処理可能なデータとして。
『負の感情データの捕食を開始。並行して、データ構造の解析、及び無害化プロセスの構築を実行』
彼女は、かつて魔族として行っていたように、感情のエネルギーを「喰らい」始めた。しかし、それは、ただ喰らうのではない。
彼女の頭の中に、アーデルベルト領で観測した、様々なデータが浮かび上がる。
畑仕事に励む領民の、ささやかな達成感。
カイウスが向けてくれた、裏表のない信頼。
領民たちが、そっと置いていってくれた、温かいパンの味。
そして、フェンリルの隣で感じた、解析不能な、穏やかな安らぎ。
リディアは、それらの「温かい感情」のデータを、基準となるテンプレートとして設定した。そして、流れ込んでくる負のエネルギーを、そのテンプレートに照らし合わせ、分解し、再構築していく。
それは、奇跡でも、魔法でもない。
リディアだけが行うことのできる、超高度な情報処理だった。
憎悪のデータは、その構造を分解され、単なるエネルギーの波形へと変換される。
絶望のデータは、その起因となった情報を切り離され、無意味な信号へと変わる。
恐怖のデータは、その指向性を失い、拡散していく。
黒い水晶の柱は、光を失い、徐々に透明度を増していく。内部で荒れ狂っていた負のエネルギーが、リディアによって、次々と無害な情報へと変換されていくのだ。
アルフレッドも、カイウスも、ただ呆然と、その光景を見つめていた。
一人の少女が、世界の破滅に等しいエネルギーを、たった一人で受け止め、静かに無力化していく。それは、あまりにも神々しく、そして、あまりにも孤独な戦いだった。
やがて、水晶は完全に光を失い、ただの巨大なガラスの塊となった。暴走は、完全に停止した。
リディアは、ふらり、とよろめいた。さすがに、これほどの情報量を一度に処理したのは、魂に大きな負荷がかかったようだ。
「リディア!」
カイウスが、駆け寄って、その華奢な体を支えた。
彼の腕の中で、リディアは、静かに目を開けた。その瞳は、いつもと変わらず、冷静な光を宿していた。
「……処理、完了。システムは、正常にシャットダウンしました」
彼女は、まるで、複雑な計算を終えた後のように、淡々とそう告げた。
王都を覆っていた、重苦しい灰色の空気が、ゆっくりと晴れていく。
窓から差し込む光が、以前よりも少しだけ、温かく感じられた。
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