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第7話「勇者の傷跡、作られた憎悪」
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僕の策によって、勇者軍の進軍は完全に停滞した。物理トラップと心理的な揺さぶりで先発隊を撃退し、本格的な侵攻を一時的に食い止めることには成功したのだ。しかし、僕の心は不思議と晴れなかった。勝利の昂揚感よりも、むしろ重苦しい何かが胸に渦巻いていた。
その原因は、リリスの協力者である森の偵察役(穏健派のゴブリンだった)がもたらした、勇者カインについての個人的な情報にあった。
カインは、かつて人間と魔族の領地の境界にあった、小さな村の出身だった。彼がまだほんの幼い子供だった頃、その村は残虐な一部の好戦的な魔物の群れに襲われ、彼の両親を含め、村人全員が目の前で惨殺されたという。唯一、物陰に隠れて生き残った彼を救い出したのが、偶然その地を通りかかった神殿の騎士だった。
それ以来、彼は神殿で育てられ、ただひたすらに魔族への復讐だけを胸に、血の滲むような修行を続けてきた。その類まれな剣の才能と、心の奥底に燃え盛る憎しみの炎の激しさを見込まれ、彼は神殿によって「勇者」に選ばれたのだ、と。
「彼は……僕と同じ、理不尽に大切なものを奪われた、被害者なのかもしれない」
報告を聞き終えた僕は、静かにつぶやいた。僕が前世の家族や友人を理不尽な事故で失ったように、彼もまた、理不尽な暴力によってすべてを奪われたのだ。カインのあの狂信的ともいえる正義感は、彼の深い心の傷と、神殿による歪んだ思想教育が生んだ結果だった。
彼にとって、魔族とは両親を無慈悲に奪った憎むべき敵であり、その頂点に立つ魔王は絶対悪の象徴。その認識を、今さら覆すのは並大抵のことではないだろう。
「ただ彼を打ち負かして、力でねじ伏せても、憎しみの連鎖はきっと断ち切れない……」
僕はエリアに胸の内を相談した。彼女は僕の淹れたハーブティーを一口飲むと、静かにうなずいた。
「そうね……。力で憎しみを抑えつけても、火種は残り続けるだけだわ。でも、アレンなら、きっと別の道を見つけられる。だって、力だけがすべてじゃないって、アレン自身がずっと証明してきたじゃない」
彼女の優しい励ましが、僕の迷いを少しだけ晴らしてくれた。
一方、勇者カインの陣営でも、小さな変化が起きていた。僕の「物理魔法」によって壊滅させられた先発隊の騎士たちの間で、恐怖と共に、ある種の疑念が生まれていたのだ。
「本当に、あれは悪なのだろうか?」
僕たちの攻撃は、徹底して非殺傷を貫いていた。ゴーレムは破壊したが、騎士たちは鎧を破壊され、竜巻で動けなくされただけで、誰一人として命までは奪われていない。それが、魔族を根絶やしにすることを信条とする勇者のやり方とは、明らかに異なっていたからだ。
「惑わされるな! あれは我々の慈悲の心につけ込む、ずる賢い魔王の罠だ! 次は容赦せん!」
カインは、部下たちのそんな動揺を一喝した。しかし、彼の心にも、実は微かな揺らぎが生じていた。魔法ではない未知の力。そして、敵の不可解なまでに手ぬるい戦い方。
自分が信じてきた「正義」が、本当に唯一絶対のものなのだろうか。生まれて初めて生じたその小さな疑問を、彼は両親を失った日の記憶を無理やり思い出すことで、己の激しい憎悪の炎でかき消そうとしていた。
その頃、はるか離れた王都の神殿。最高司祭は、魔法の水晶を通して戦場の様子を眺め、不快げに眉をひそめていた。
「勇者が存外、手間取っているな……。あのイレギュラー、魔王もろとも、早々に処理する必要がありそうだ」
彼の計画では、勇者と魔王は激しい戦いの末に相打ちになるか、勇者が辛くも勝利し、神殿の権威がより高まるはずだった。だが、そこにアレンという予期せぬ存在が現れたことで、計画に狂いが生じ始めている。
「まあいい。どちらにせよ、仕上げの準備は整いつつある」
彼は水晶から目を離すと、神殿の地下深く、禁断の儀式が行われる祭壇へと歩を進めた。
世界の裏側で、本当の悪意が、静かにその牙を研いでいたことを、まだ誰も知らなかった。
その原因は、リリスの協力者である森の偵察役(穏健派のゴブリンだった)がもたらした、勇者カインについての個人的な情報にあった。
カインは、かつて人間と魔族の領地の境界にあった、小さな村の出身だった。彼がまだほんの幼い子供だった頃、その村は残虐な一部の好戦的な魔物の群れに襲われ、彼の両親を含め、村人全員が目の前で惨殺されたという。唯一、物陰に隠れて生き残った彼を救い出したのが、偶然その地を通りかかった神殿の騎士だった。
それ以来、彼は神殿で育てられ、ただひたすらに魔族への復讐だけを胸に、血の滲むような修行を続けてきた。その類まれな剣の才能と、心の奥底に燃え盛る憎しみの炎の激しさを見込まれ、彼は神殿によって「勇者」に選ばれたのだ、と。
「彼は……僕と同じ、理不尽に大切なものを奪われた、被害者なのかもしれない」
報告を聞き終えた僕は、静かにつぶやいた。僕が前世の家族や友人を理不尽な事故で失ったように、彼もまた、理不尽な暴力によってすべてを奪われたのだ。カインのあの狂信的ともいえる正義感は、彼の深い心の傷と、神殿による歪んだ思想教育が生んだ結果だった。
彼にとって、魔族とは両親を無慈悲に奪った憎むべき敵であり、その頂点に立つ魔王は絶対悪の象徴。その認識を、今さら覆すのは並大抵のことではないだろう。
「ただ彼を打ち負かして、力でねじ伏せても、憎しみの連鎖はきっと断ち切れない……」
僕はエリアに胸の内を相談した。彼女は僕の淹れたハーブティーを一口飲むと、静かにうなずいた。
「そうね……。力で憎しみを抑えつけても、火種は残り続けるだけだわ。でも、アレンなら、きっと別の道を見つけられる。だって、力だけがすべてじゃないって、アレン自身がずっと証明してきたじゃない」
彼女の優しい励ましが、僕の迷いを少しだけ晴らしてくれた。
一方、勇者カインの陣営でも、小さな変化が起きていた。僕の「物理魔法」によって壊滅させられた先発隊の騎士たちの間で、恐怖と共に、ある種の疑念が生まれていたのだ。
「本当に、あれは悪なのだろうか?」
僕たちの攻撃は、徹底して非殺傷を貫いていた。ゴーレムは破壊したが、騎士たちは鎧を破壊され、竜巻で動けなくされただけで、誰一人として命までは奪われていない。それが、魔族を根絶やしにすることを信条とする勇者のやり方とは、明らかに異なっていたからだ。
「惑わされるな! あれは我々の慈悲の心につけ込む、ずる賢い魔王の罠だ! 次は容赦せん!」
カインは、部下たちのそんな動揺を一喝した。しかし、彼の心にも、実は微かな揺らぎが生じていた。魔法ではない未知の力。そして、敵の不可解なまでに手ぬるい戦い方。
自分が信じてきた「正義」が、本当に唯一絶対のものなのだろうか。生まれて初めて生じたその小さな疑問を、彼は両親を失った日の記憶を無理やり思い出すことで、己の激しい憎悪の炎でかき消そうとしていた。
その頃、はるか離れた王都の神殿。最高司祭は、魔法の水晶を通して戦場の様子を眺め、不快げに眉をひそめていた。
「勇者が存外、手間取っているな……。あのイレギュラー、魔王もろとも、早々に処理する必要がありそうだ」
彼の計画では、勇者と魔王は激しい戦いの末に相打ちになるか、勇者が辛くも勝利し、神殿の権威がより高まるはずだった。だが、そこにアレンという予期せぬ存在が現れたことで、計画に狂いが生じ始めている。
「まあいい。どちらにせよ、仕上げの準備は整いつつある」
彼は水晶から目を離すと、神殿の地下深く、禁断の儀式が行われる祭壇へと歩を進めた。
世界の裏側で、本当の悪意が、静かにその牙を研いでいたことを、まだ誰も知らなかった。
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