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第8話「絶対零度の序曲、熱力学第二法則」
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先発隊の敗北と、敵の不可解な戦術に、勇者軍の進軍は完全に停滞していた。業を煮やした勇者カインは、ついに全軍による総攻撃を決断する。小細工が通じない圧倒的な物量で、森ごと踏み潰すつもりだ。
「全軍、総攻撃! 魔王を討ち取り、神の正義を示せ!」
彼の号令と共に、数千の兵士が雄叫びをあげて森へと雪崩れ込んだ。軍の先頭で、カインは神殿から授かった秘宝中の秘宝、「聖剣アスカロン」を鞘から抜き放つ。まばゆいばかりの神聖な光が聖剣から放たれ、森を覆っていた濃霧を晴らしていく。
テコの原理で仕掛けた落石や倒木のトラップも、聖剣の力で強化された騎士たちの前には、もはや単なる時間稼ぎにしかならない。防衛線は次々と突破され、勇者軍は着実に僕たちのいる山小屋へと迫っていた。
「フィオ、エリア、リリス! 最終プランに移行する!」
斥候からの報告を受け、追い詰められた状況の中、僕は冷静に指示を出す。僕にはまだ、最後の切り札が残されていた。それは、この世界の誰も理解できない、僕がいた世界の宇宙の根本原理の一つだった。
僕は、フィオが僕の指示通りに作ってくれた、巨大な魔導装置の前に立つ。それは、周囲の環境エネルギーを吸収し、増幅するための、巨大な集積回路のような装置だ。
「これから僕がやることは、この世界の理を根底から覆しかねない、危険な賭けだ。みんな、僕を信じてくれ」
僕は覚悟を決めた目で、三人の仲間たちに告げる。三人は、黙って力強くうなずいてくれた。
【概念置換:熱力学第二法則】
僕の脳内で、宇宙の真理が美しい数式となって展開される。
「万物は、放置すれば秩序ある状態から無秩序な状態へと移行する(エントロピーは増大する)」。
熱いコーヒーが自然に冷めていくように、エネルギーは常に拡散し、均一で無秩序な状態に向かっていく。それが、この宇宙の大原則だ。
ならば、その逆もまた然り。膨大なエネルギーを外部から投入すれば、無秩序を秩序へと、強制的に変えることができるはずだ。
僕は、概念置換の力で、この法則を局地的に反転させ、そして暴走させる。
フィオの装置で増幅したエネルギーを使い、戦場となっているこの一帯のすべての「熱」という無秩序なエネルギー(分子のランダムな運動)を、一つの秩序あるエネルギーへと強制的に変換し、吸収し始めたのだ。
勇者軍の兵士たちは、突如として奇妙な感覚に襲われた。真夏だというのに、肌を突き刺すような、痛いほどの寒気が全身を走る。吐く息は一瞬で白くなり、足元の草花はパチパチと音を立てながら霜に覆われていった。
それは、魔法的な「氷結」とは根本的に違う。空間から「熱エネルギー」そのものが、根こそぎ奪われ、消失していく現象だった。
「な、なんだこれは!? 寒くて体が……動か……」
兵士たちが身にまとった鋼鉄の鎧は、熱を奪われて瞬く間に凍りつき、金属は急激な温度変化で脆くなった。関節を動かすための油は凍結し、まともに動くことすらできない。軍馬は苦しげにいななき、その場で凍り付いたかのように動けなくなった。
熱を奪われた大気は急激に収縮し、気圧差によって猛烈な突風が吹き荒れる。空からは、大気中に含まれていた水分が凍った、きらきらと輝くダイヤモンドダストが舞い落ちた。
わずか数十秒。
ほんの少し前まで雄叫びをあげて進軍していた勇者軍は、まるで時が止まったかのように、完全に静止していた。それは、熱力学が支配する絶対零度(マイナス273.15度)に限りなく近い世界。いかなる生命活動すら許さない、死と沈黙の銀世界だった。
この、神の仕業としか思えない圧倒的な光景を前に、聖剣アスカロンの神聖な加護によってかろうじて動くことができた勇者カインは、ただ一人、愕然と立ち尽くすしかなかった。
「全軍、総攻撃! 魔王を討ち取り、神の正義を示せ!」
彼の号令と共に、数千の兵士が雄叫びをあげて森へと雪崩れ込んだ。軍の先頭で、カインは神殿から授かった秘宝中の秘宝、「聖剣アスカロン」を鞘から抜き放つ。まばゆいばかりの神聖な光が聖剣から放たれ、森を覆っていた濃霧を晴らしていく。
テコの原理で仕掛けた落石や倒木のトラップも、聖剣の力で強化された騎士たちの前には、もはや単なる時間稼ぎにしかならない。防衛線は次々と突破され、勇者軍は着実に僕たちのいる山小屋へと迫っていた。
「フィオ、エリア、リリス! 最終プランに移行する!」
斥候からの報告を受け、追い詰められた状況の中、僕は冷静に指示を出す。僕にはまだ、最後の切り札が残されていた。それは、この世界の誰も理解できない、僕がいた世界の宇宙の根本原理の一つだった。
僕は、フィオが僕の指示通りに作ってくれた、巨大な魔導装置の前に立つ。それは、周囲の環境エネルギーを吸収し、増幅するための、巨大な集積回路のような装置だ。
「これから僕がやることは、この世界の理を根底から覆しかねない、危険な賭けだ。みんな、僕を信じてくれ」
僕は覚悟を決めた目で、三人の仲間たちに告げる。三人は、黙って力強くうなずいてくれた。
【概念置換:熱力学第二法則】
僕の脳内で、宇宙の真理が美しい数式となって展開される。
「万物は、放置すれば秩序ある状態から無秩序な状態へと移行する(エントロピーは増大する)」。
熱いコーヒーが自然に冷めていくように、エネルギーは常に拡散し、均一で無秩序な状態に向かっていく。それが、この宇宙の大原則だ。
ならば、その逆もまた然り。膨大なエネルギーを外部から投入すれば、無秩序を秩序へと、強制的に変えることができるはずだ。
僕は、概念置換の力で、この法則を局地的に反転させ、そして暴走させる。
フィオの装置で増幅したエネルギーを使い、戦場となっているこの一帯のすべての「熱」という無秩序なエネルギー(分子のランダムな運動)を、一つの秩序あるエネルギーへと強制的に変換し、吸収し始めたのだ。
勇者軍の兵士たちは、突如として奇妙な感覚に襲われた。真夏だというのに、肌を突き刺すような、痛いほどの寒気が全身を走る。吐く息は一瞬で白くなり、足元の草花はパチパチと音を立てながら霜に覆われていった。
それは、魔法的な「氷結」とは根本的に違う。空間から「熱エネルギー」そのものが、根こそぎ奪われ、消失していく現象だった。
「な、なんだこれは!? 寒くて体が……動か……」
兵士たちが身にまとった鋼鉄の鎧は、熱を奪われて瞬く間に凍りつき、金属は急激な温度変化で脆くなった。関節を動かすための油は凍結し、まともに動くことすらできない。軍馬は苦しげにいななき、その場で凍り付いたかのように動けなくなった。
熱を奪われた大気は急激に収縮し、気圧差によって猛烈な突風が吹き荒れる。空からは、大気中に含まれていた水分が凍った、きらきらと輝くダイヤモンドダストが舞い落ちた。
わずか数十秒。
ほんの少し前まで雄叫びをあげて進軍していた勇者軍は、まるで時が止まったかのように、完全に静止していた。それは、熱力学が支配する絶対零度(マイナス273.15度)に限りなく近い世界。いかなる生命活動すら許さない、死と沈黙の銀世界だった。
この、神の仕業としか思えない圧倒的な光景を前に、聖剣アスカロンの神聖な加護によってかろうじて動くことができた勇者カインは、ただ一人、愕然と立ち尽くすしかなかった。
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