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第8話「隻眼の鬼神は、私の犬?」
辺境での生活もすっかり板についてきたある夜のこと。
私とアンナが夕食を終え、いつものようにギンのもふもふを堪能していると、不意に村の入り口の方角から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
「こんな夜更けに、誰かしら?」
アンナが訝しげにつぶやく。
行商人が来る時間ではない。まさかゴブリンの襲撃?
私たちが身構えていると、蹄の音は私たちの小屋の前でぴたりと止まった。
ギィ、と重々しい鎧の擦れる音。
次の瞬間、月明かりを背に一人の長身の男が姿を現した。
「……誰?」
思わず息をのむ。
黒い軍服に身を包み、腰には長剣を携えている。月光に照らされた髪はギンと同じ美しい銀色。そして何より印象的なのは、左目を覆う黒い眼帯だった。
残された右目は、まるで射抜くような鋭い光を放つ黄金の瞳。
その男が放つ圧倒的な威圧感に、私は金縛りにあったように動けなかった。アンナは私の後ろに隠れて小さく震えている。
男は私たちを一瞥すると、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その時だった。
今まで私の足元で大人しくしていたギンが、むくりと体を起こした。そしてその男に向かって、グルル、と低い唸り声を上げる。
『ギンが、威嚇してる……?』
初めて見るギンの敵意むき出しの姿に、私は戸惑った。
しかし男の方は全く動じない。彼はギンの前に立つと、静かに口を開いた。
「……騒がしいぞ、俺」
男がそう言った、瞬間。
信じられないことが起こった。
私の目の前で、巨大な銀狼の体が眩い光に包まれたのだ。
「きゃっ!」
思わず目を覆う。
光が収まった時、そこにギンの姿はなかった。
代わりに立っていたのは――先ほどまでそこにいた、眼帯の男、ただ一人。
「…………え?」
理解が追いつかない。
何が起こったの? ギンはどこへ消えたの?
混乱する私の前で、男は気まずそうに、こほんと一つ咳払いをした。
「驚かせたようですまない。改めて自己紹介を。俺はこのヴォルフガング辺境領を治める、カイゼル・フォン・ヴォルフガングだ」
カイゼル・フォン・ヴォルフガング。
その名を聞いて、私の脳裏に乙女ゲームのキャラクター情報が稲妻のように閃いた。
ヴォルフガング辺境伯。
アークライト王国最強と謳われる騎士団の長にして、その圧倒的な強さから『隻眼の鬼神』と敵国からも恐れられる英雄。そして――
獣人。狼の血を引く、半人半獣の一族。
ゲームでは攻略対象者の一人ではあったものの、ほとんど本編には絡んでこない謎多きサブキャラクター。
「あなたが、辺境伯……? じゃあ、ギンは……」
「見ての通りだ。あれは俺のもう一つの姿だ」
カイゼルと名乗った男は、観念したようにそう言った。
つまり私が森で助けたのはただの狼ではなく、この国の英雄様だったと。
そしてここ数週間、私が「ギン」と名付けて犬のように可愛がり、もふもふしていた相手は、このいかつい美丈夫だったというわけだ。
『……嘘でしょ?』
頭がくらくらする。
恥ずかしさで、顔から火が出そうだ。
「おすわり」とか「お手」とか、色々やらせてしまった気がする……。
「……怪我の、手当てをしてくれたそうだな。それから、毎日美味い飯を食わせてくれたことにも感謝する」
カイゼルは少し照れたように視線を逸らしながら、ぶっきらぼうにそう言った。
その仕草が、なんだか獲物を褒めてほしそうにしていたギンの姿と重なる。
「あ、いえ、そんな……! こちらこそ、毎日獲物を届けていただいて……」
「気にするな。あんたが助けてくれなければ、俺はあのまま森で朽ち果てていたかもしれん。……それに、あんたの作る飯は今まで食ったどんな料理よりも美味かった」
まっすぐな黄金の瞳でそう言われて、私の心臓がどきりと大きく跳ねた。
いかつい見た目に反して、なんだか純粋な人なのかもしれない。
「あの……一つ、お聞きしても?」
「なんだ」
「どうして、今まで正体を明かしてくださらなかったのですか?」
私の問いに、カイゼルは少しの間沈黙した。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……人間に戻るのが、億劫だっただけだ」
「へ?」
「狼の姿でいる方が気が楽でいい。それに……あんたに撫でられるのは、悪くなかった」
最後に、とんでもない爆弾を落として彼はそっぽを向いてしまった。
よく見ると、その耳がほんのりと赤く染まっている。
『この人、もしかして……ただの、もふもふ好きの人見知り……?』
『隻眼の鬼神』という恐ろしげな二つ名とのあまりのギャップに、私はもはや笑うしかなかった。
こうして私の用心棒の正体は、この国の英雄様であることが判明した。
そしてこの日から私のスローライフは、予想だにしなかった甘くて過保護な方向へと、舵を切ることになるのだった。
私とアンナが夕食を終え、いつものようにギンのもふもふを堪能していると、不意に村の入り口の方角から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
「こんな夜更けに、誰かしら?」
アンナが訝しげにつぶやく。
行商人が来る時間ではない。まさかゴブリンの襲撃?
私たちが身構えていると、蹄の音は私たちの小屋の前でぴたりと止まった。
ギィ、と重々しい鎧の擦れる音。
次の瞬間、月明かりを背に一人の長身の男が姿を現した。
「……誰?」
思わず息をのむ。
黒い軍服に身を包み、腰には長剣を携えている。月光に照らされた髪はギンと同じ美しい銀色。そして何より印象的なのは、左目を覆う黒い眼帯だった。
残された右目は、まるで射抜くような鋭い光を放つ黄金の瞳。
その男が放つ圧倒的な威圧感に、私は金縛りにあったように動けなかった。アンナは私の後ろに隠れて小さく震えている。
男は私たちを一瞥すると、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その時だった。
今まで私の足元で大人しくしていたギンが、むくりと体を起こした。そしてその男に向かって、グルル、と低い唸り声を上げる。
『ギンが、威嚇してる……?』
初めて見るギンの敵意むき出しの姿に、私は戸惑った。
しかし男の方は全く動じない。彼はギンの前に立つと、静かに口を開いた。
「……騒がしいぞ、俺」
男がそう言った、瞬間。
信じられないことが起こった。
私の目の前で、巨大な銀狼の体が眩い光に包まれたのだ。
「きゃっ!」
思わず目を覆う。
光が収まった時、そこにギンの姿はなかった。
代わりに立っていたのは――先ほどまでそこにいた、眼帯の男、ただ一人。
「…………え?」
理解が追いつかない。
何が起こったの? ギンはどこへ消えたの?
混乱する私の前で、男は気まずそうに、こほんと一つ咳払いをした。
「驚かせたようですまない。改めて自己紹介を。俺はこのヴォルフガング辺境領を治める、カイゼル・フォン・ヴォルフガングだ」
カイゼル・フォン・ヴォルフガング。
その名を聞いて、私の脳裏に乙女ゲームのキャラクター情報が稲妻のように閃いた。
ヴォルフガング辺境伯。
アークライト王国最強と謳われる騎士団の長にして、その圧倒的な強さから『隻眼の鬼神』と敵国からも恐れられる英雄。そして――
獣人。狼の血を引く、半人半獣の一族。
ゲームでは攻略対象者の一人ではあったものの、ほとんど本編には絡んでこない謎多きサブキャラクター。
「あなたが、辺境伯……? じゃあ、ギンは……」
「見ての通りだ。あれは俺のもう一つの姿だ」
カイゼルと名乗った男は、観念したようにそう言った。
つまり私が森で助けたのはただの狼ではなく、この国の英雄様だったと。
そしてここ数週間、私が「ギン」と名付けて犬のように可愛がり、もふもふしていた相手は、このいかつい美丈夫だったというわけだ。
『……嘘でしょ?』
頭がくらくらする。
恥ずかしさで、顔から火が出そうだ。
「おすわり」とか「お手」とか、色々やらせてしまった気がする……。
「……怪我の、手当てをしてくれたそうだな。それから、毎日美味い飯を食わせてくれたことにも感謝する」
カイゼルは少し照れたように視線を逸らしながら、ぶっきらぼうにそう言った。
その仕草が、なんだか獲物を褒めてほしそうにしていたギンの姿と重なる。
「あ、いえ、そんな……! こちらこそ、毎日獲物を届けていただいて……」
「気にするな。あんたが助けてくれなければ、俺はあのまま森で朽ち果てていたかもしれん。……それに、あんたの作る飯は今まで食ったどんな料理よりも美味かった」
まっすぐな黄金の瞳でそう言われて、私の心臓がどきりと大きく跳ねた。
いかつい見た目に反して、なんだか純粋な人なのかもしれない。
「あの……一つ、お聞きしても?」
「なんだ」
「どうして、今まで正体を明かしてくださらなかったのですか?」
私の問いに、カイゼルは少しの間沈黙した。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……人間に戻るのが、億劫だっただけだ」
「へ?」
「狼の姿でいる方が気が楽でいい。それに……あんたに撫でられるのは、悪くなかった」
最後に、とんでもない爆弾を落として彼はそっぽを向いてしまった。
よく見ると、その耳がほんのりと赤く染まっている。
『この人、もしかして……ただの、もふもふ好きの人見知り……?』
『隻眼の鬼神』という恐ろしげな二つ名とのあまりのギャップに、私はもはや笑うしかなかった。
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