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第五話:初めての成果
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双葉は、私の献身的な世話に応えるように、ゆっくりと、しかし確実に成長していった。温室の中だけは、まるで小さな春が訪れたかのようだ。
この辺境の冬は、想像以上に過酷だった。兵士たちは皆、厳しい寒さのせいで手足に酷い霜焼けを作っており、その痛みで訓練にも支障が出ているようだった。彼らが使っている薬は気休め程度のもので、根本的な改善には至らないらしい。
「これなら、私にも作れるかもしれない」
温室で順調に育っている薬草の中に、血行促進と皮膚の再生を助ける効果を持つ『フロストリーフ』があった。王都では観賞用とされることもあるが、私は莉奈としての知識で、その真の薬効を知っていた。
私はフロストリーフの葉を数枚摘み取り、離れの部屋で薬作りを開始した。乳鉢で丁寧にすり潰し、森で採取した保湿効果の高い樹液と混ぜ合わせる。配合の比率は、前世の記憶が正確に教えてくれた。
数時間後、滑らかな緑色の軟膏が完成した。見た目はあまり良くないが、効果は保証付きだ。
問題は、どうやってこれを兵士たちに渡すかだ。罪人である私が作った薬など、誰も使いたがらないだろう。
悩んでいると、見張りの騎士レオンが、痛そうに手をさすっているのが目に入った。彼の指は赤黒く腫れ上がっている。
「レオンさん、よろしければこれを使ってみませんか?霜焼けの薬です」
私はおずおずと、小さな壺に入れた軟膏を差し出した。
レオンは一瞬、警戒の色を浮かべたが、私の真剣な目を見て、何かを諦めたように息をついた。
「……毒ではないだろうな」
「まさか。私を毒殺犯にしたてあげたのは王太子殿下ですが、私は違います」
きっぱりと言い切ると、彼は少しばつが悪そうな顔をして、黙って壺を受け取った。そして、半信半疑といった様子で、自分の指に軟膏を塗り込んだ。
翌日、レオンは驚愕の表情で私の前にやってきた。
「おい、これ……!なんだこの薬は!昨日塗っただけなのに、痛みが引いて赤みも和らいでいる!」
彼の指は、昨日とは比べ物にならないほど回復していた。
「良かった。効果があったのですね」
私がほっと胸をなでおろすと、レオンは興奮した様子で言った。
「すごい、すごいぞ!なあ、他の者たちにも分けてやってくれないか!みんな酷い霜焼けに苦しんでいるんだ!」
その言葉を待っていた。私はにっこりと笑い、作り置きしていた軟膏をいくつか彼に渡した。
薬は、瞬く間に城の兵士たちの間に広まった。最初は訝しんでいた者たちも、その劇的な効果を目の当たりにして、こぞって薬を欲しがるようになった。いつしか私は、陰で「離れの薬師様」と呼ばれるようになっていた。
そして、その噂は当然、この城の主の耳にも届いた。
その日の夜、私の離れを、氷の公爵カイル・ヴァレリウスが自ら訪れた。
「お前が、兵士たちの霜焼けを治した薬を作ったというのは本当か」
月明かりに照らされた彼の青い瞳は、相変わらず冷たかった。しかし、その奥に以前のような侮蔑の色はなく、純粋な探求心のようなものが揺らめいているのを、私は見逃さなかった。
彼は私が差し出した軟膏の壺を手に取ると、蓋を開け、その匂いを嗅ぎ、指先で少しだけテクスチャーを確かめた。そして、その高い品質に気づいたのだろう。内心で目を見張っているのが、そのわずかな表情の変化で分かった。
「……ほう」
彼の口から漏れた短い感嘆の声。
それが、凍てついた公爵様の心が、ほんの少しだけ溶け始めた、最初の兆しだった。
この辺境の冬は、想像以上に過酷だった。兵士たちは皆、厳しい寒さのせいで手足に酷い霜焼けを作っており、その痛みで訓練にも支障が出ているようだった。彼らが使っている薬は気休め程度のもので、根本的な改善には至らないらしい。
「これなら、私にも作れるかもしれない」
温室で順調に育っている薬草の中に、血行促進と皮膚の再生を助ける効果を持つ『フロストリーフ』があった。王都では観賞用とされることもあるが、私は莉奈としての知識で、その真の薬効を知っていた。
私はフロストリーフの葉を数枚摘み取り、離れの部屋で薬作りを開始した。乳鉢で丁寧にすり潰し、森で採取した保湿効果の高い樹液と混ぜ合わせる。配合の比率は、前世の記憶が正確に教えてくれた。
数時間後、滑らかな緑色の軟膏が完成した。見た目はあまり良くないが、効果は保証付きだ。
問題は、どうやってこれを兵士たちに渡すかだ。罪人である私が作った薬など、誰も使いたがらないだろう。
悩んでいると、見張りの騎士レオンが、痛そうに手をさすっているのが目に入った。彼の指は赤黒く腫れ上がっている。
「レオンさん、よろしければこれを使ってみませんか?霜焼けの薬です」
私はおずおずと、小さな壺に入れた軟膏を差し出した。
レオンは一瞬、警戒の色を浮かべたが、私の真剣な目を見て、何かを諦めたように息をついた。
「……毒ではないだろうな」
「まさか。私を毒殺犯にしたてあげたのは王太子殿下ですが、私は違います」
きっぱりと言い切ると、彼は少しばつが悪そうな顔をして、黙って壺を受け取った。そして、半信半疑といった様子で、自分の指に軟膏を塗り込んだ。
翌日、レオンは驚愕の表情で私の前にやってきた。
「おい、これ……!なんだこの薬は!昨日塗っただけなのに、痛みが引いて赤みも和らいでいる!」
彼の指は、昨日とは比べ物にならないほど回復していた。
「良かった。効果があったのですね」
私がほっと胸をなでおろすと、レオンは興奮した様子で言った。
「すごい、すごいぞ!なあ、他の者たちにも分けてやってくれないか!みんな酷い霜焼けに苦しんでいるんだ!」
その言葉を待っていた。私はにっこりと笑い、作り置きしていた軟膏をいくつか彼に渡した。
薬は、瞬く間に城の兵士たちの間に広まった。最初は訝しんでいた者たちも、その劇的な効果を目の当たりにして、こぞって薬を欲しがるようになった。いつしか私は、陰で「離れの薬師様」と呼ばれるようになっていた。
そして、その噂は当然、この城の主の耳にも届いた。
その日の夜、私の離れを、氷の公爵カイル・ヴァレリウスが自ら訪れた。
「お前が、兵士たちの霜焼けを治した薬を作ったというのは本当か」
月明かりに照らされた彼の青い瞳は、相変わらず冷たかった。しかし、その奥に以前のような侮蔑の色はなく、純粋な探求心のようなものが揺らめいているのを、私は見逃さなかった。
彼は私が差し出した軟膏の壺を手に取ると、蓋を開け、その匂いを嗅ぎ、指先で少しだけテクスチャーを確かめた。そして、その高い品質に気づいたのだろう。内心で目を見張っているのが、そのわずかな表情の変化で分かった。
「……ほう」
彼の口から漏れた短い感嘆の声。
それが、凍てついた公爵様の心が、ほんの少しだけ溶け始めた、最初の兆しだった。
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