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第十二話:未来のための研究
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カイル様との距離が縮まり、私の心は満たされていた。辺境での生活は、穏やかで、愛おしい。この幸せが、ずっと続けばいいと心から願っていた。
しかし、行商人たちがもたらす王都の噂は、回を重ねるごとに深刻さを増していた。
「『黒咳病』は、ついに王都全域に広がり始めたらしい。死者も出ているとか」
「聖女様の魔法では、咳を一時的に止めるのが精一杯で、治すことはできないそうだ。貴族も平民も、身分に関係なく病に倒れている」
その話を聞き、私の決心は固まった。
私を追放した王太子や、陥れたリリアがどうなろうと知ったことではない。だが、何も知らずに苦しんでいる民を見捨てることは、私にはできなかった。それに、この病がヴァレリウス公爵領にまで及ばないという保証はどこにもない。
備えあれば憂いなし。今、私にできることをしておこう。
その日から、私は密かに『黒咳病』の特効薬開発を再開した。
幸い、カイル様が取り寄せてくれた多くの資料の中に、私が王都で進めていた研究記録の写しがあった。そして、特効薬の鍵となる最も重要な材料――『龍の涙』と呼ばれる希少な鉱石を含んだ土壌でしか育たない薬草、『星詠みの花』の種も、奇跡的に手に入れることができた。
「この薬草は、極めて特殊な環境でしか育たない。成功する確率は低いが、やるしかない」
私は温室の一角を隔離し、『星詠みの花』を栽培するための特別な区画を作った。龍の涙の代わりとなる魔力濃度の高い鉱石を砕いて土に混ぜ、温度と湿度を厳密に管理する。それは、これまでのどの研究よりも困難を極めた。
夜も昼もなく研究に没頭する私の姿に、カイル様は気づいていた。
「エリアーナ、何をそんなに根を詰めているんだ?」
ある夜、研究室で資料と格闘している私に、彼は静かに声をかけた。
私は隠すのをやめ、彼に全てを打ち明けた。王都で流行している黒咳病のこと。かつて自分がその特効薬を研究していたこと。そして、最悪の事態に備え、今その薬を作ろうとしていること。
全てを聞き終えたカイル様は、黙って私の手を取った。
「そうか……。君は、君を捨てた者たちのために、そこまでするのか」
彼の声には、怒りと、そしてそれ以上に深い愛情がこもっていた。
「罪のない民のためです。そして、カイル様、あなたと、この領地を守るためでもあります」
私の言葉に、彼は強く頷いた。
「分かった。ならば、私も全力で協力しよう。何が必要だ?どんな困難な材料でも、私が必ず手に入れてみせる」
彼の力強い言葉が、私の心を支えてくれた。
私とカイル様、二人三脚での特効薬開発が始まった。それは、まだ見ぬ未来の脅威から、私たちの大切な居場所を守るための、静かで、しかし決死の戦いだった。
凍てつく辺境の地で、小さな希望の種が、再び芽吹こうとしていた。
しかし、行商人たちがもたらす王都の噂は、回を重ねるごとに深刻さを増していた。
「『黒咳病』は、ついに王都全域に広がり始めたらしい。死者も出ているとか」
「聖女様の魔法では、咳を一時的に止めるのが精一杯で、治すことはできないそうだ。貴族も平民も、身分に関係なく病に倒れている」
その話を聞き、私の決心は固まった。
私を追放した王太子や、陥れたリリアがどうなろうと知ったことではない。だが、何も知らずに苦しんでいる民を見捨てることは、私にはできなかった。それに、この病がヴァレリウス公爵領にまで及ばないという保証はどこにもない。
備えあれば憂いなし。今、私にできることをしておこう。
その日から、私は密かに『黒咳病』の特効薬開発を再開した。
幸い、カイル様が取り寄せてくれた多くの資料の中に、私が王都で進めていた研究記録の写しがあった。そして、特効薬の鍵となる最も重要な材料――『龍の涙』と呼ばれる希少な鉱石を含んだ土壌でしか育たない薬草、『星詠みの花』の種も、奇跡的に手に入れることができた。
「この薬草は、極めて特殊な環境でしか育たない。成功する確率は低いが、やるしかない」
私は温室の一角を隔離し、『星詠みの花』を栽培するための特別な区画を作った。龍の涙の代わりとなる魔力濃度の高い鉱石を砕いて土に混ぜ、温度と湿度を厳密に管理する。それは、これまでのどの研究よりも困難を極めた。
夜も昼もなく研究に没頭する私の姿に、カイル様は気づいていた。
「エリアーナ、何をそんなに根を詰めているんだ?」
ある夜、研究室で資料と格闘している私に、彼は静かに声をかけた。
私は隠すのをやめ、彼に全てを打ち明けた。王都で流行している黒咳病のこと。かつて自分がその特効薬を研究していたこと。そして、最悪の事態に備え、今その薬を作ろうとしていること。
全てを聞き終えたカイル様は、黙って私の手を取った。
「そうか……。君は、君を捨てた者たちのために、そこまでするのか」
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私の言葉に、彼は強く頷いた。
「分かった。ならば、私も全力で協力しよう。何が必要だ?どんな困難な材料でも、私が必ず手に入れてみせる」
彼の力強い言葉が、私の心を支えてくれた。
私とカイル様、二人三脚での特効薬開発が始まった。それは、まだ見ぬ未来の脅威から、私たちの大切な居場所を守るための、静かで、しかし決死の戦いだった。
凍てつく辺境の地で、小さな希望の種が、再び芽吹こうとしていた。
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