偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人

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第5話「祭りの夜と小さな奇跡」

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 ミモザ村は、年に一度の収穫祭で賑わっていた。
 広場には色とりどりの飾りがつけられ、村人たちの手作り料理が並んだ屋台が軒を連ねる。
 陽気な音楽と人々の楽しげな笑い声が、村全体を包み込んでいた。

「わあ、すごい……!」

 店の窓からその様子を眺めていたリナは、思わず感嘆の声を漏らした。
 王都の豪華絢爛な祭りとは違う、素朴で温かい雰囲気がそこにはあった。

「楽しそうだな。僕たちも行ってみないか?」

 ベッドの上から、すっかり足のギプスが取れたリオネスが言った。
 まだ完治ではないが、松葉杖を使えば歩けるまでに回復していた。

「だ、だめです! 人混みに行ったら、王子様に何が起こるか……!」

 想像しただけで恐ろしい。
 祭りの屋台が将棋倒しになるとか、広場のやぐらが崩れるとか、そんな光景しか目に浮かばない。

「大丈夫だって。リナが一緒にいてくれれば、きっと何も起こらないさ」

「そういう問題では……!」

「お願いだ、リナ。君と一緒に、祭りを歩いてみたいんだ」

 子犬のようにしょんぼりと頼まれてしまえば、リナに断ることはできない。

「……少しだけ、ですよ」

 ため息混じりに頷くと、リオネスはぱあっと顔を輝かせた。

 夕暮れ時、リナはリオネスに付き添って、恐る恐る祭りの広場へ足を踏み入れた。
 リオネスが転ばないように、人にぶつからないように、リナは彼の少し前を歩き、道を確保する。
 その姿は、まるで王子を守る小さな騎士のようだった。

「リナ、あれ、なんだろう?」

 リオネスが指さしたのは、リンゴ飴の屋台だった。
 真っ赤な飴が、ランプの光を浴びてキラキラと輝いている。

「食べたいんですか?」

「うん。王宮では、なかなかああいうものは食べられないからな」

 子供のようにはしゃぐリオネスに、リナは苦笑しながらリンゴ飴を二本買った。
 もちろん、彼に直接手渡したりはしない。
 一本を彼が持っていた松葉杖の柄に引っ掛け、もう一本を自分で持った。

「ありがとう」

 リオネスは嬉しそうにリンゴ飴にかぶりついた。
 その無防備な横顔を見ていると、リナの胸がとくんと鳴った。

 王子様なのに、なんだか、普通の男の人みたい。

 不運で、ちょっとわがままで、でも、太陽みたいに明るい人。
 知れば知るほど、彼から目が離せなくなっている自分に、リナは気づいていた。
 二人は村をゆっくりと散策した。
 射的の屋台では、リオネスが構えた途端にコルク銃が暴発したが、なぜかその弾が棚の絶妙な一点に当たり、全ての景品が落ちてくるという奇跡が起きた。
 村の子供たちに景品を分け与え、感謝されるリオネスを見て、リナはなんだか誇らしい気持ちになった。

「ほら、やっぱり君は幸運の女神様だ」

「……偶然です」

 そっぽを向きながらも、リナの口元は自然と綻んでいた。
 祭りのクライマックスは、広場の中央で焚かれる大きな焚き火を囲んで、村人たちが踊る収穫の踊りだ。
 リナとリオネスは、少し離れた場所からその輪を眺めていた。
 パチパチと火の粉が舞い、人々の楽しげな歌声が夜空に響く。
 炎の光が、リオネスの横顔を赤く照らしていた。

「……綺麗な、光景だな」

 ぽつりと、リオネスが言った。

「王宮の舞踏会も豪華で素晴らしいが、僕はこっちの方が好きだ。みんなが、心から笑っている」

 その声には、どこか寂しげな響きがあった。

「王子様は……お城での生活が、お嫌いですか?」

 リナが尋ねると、彼は少し驚いたように目を見開き、それから苦笑した。

「嫌い、というわけじゃない。ただ、窮屈に感じることはあるかな。僕の体質のせいで、周りにたくさん迷惑をかけてしまうから」

 彼の不運は、式典を台無しにするだけではない。
 時には国の重要な交渉事を破談にしかけたり、大事な魔道具を壊してしまったりすることもあったという。
 そのたびに、彼は父である国王や臣下たちから厳しく叱責されてきた。

「だから、兄上――第一王子――は完璧なんだ。僕と違って、何をやらせてもそつなくこなす。皆、兄上こそが次期国王にふさわしいと思っているよ」

 自嘲するように言う彼に、リナはかける言葉が見つからなかった。
 彼もまた、自分と同じように、生まれ持った体質に苦しんできたのかもしれない。

「でも」

 と、リオネスは顔を上げ、リナを真っ直ぐに見つめた。

「君と一緒にいると、不思議と心が安らぐんだ。僕の不運さえも、なんだか面白い出来事に思えてくる。リナ、君は僕にとって、特別なんだ」

 炎に照らされた彼の青い瞳が、真剣な光を宿している。
 リナは、その瞳から視線を逸らせなかった。

「あ……」

 何かを言おうとして、言葉に詰まる。
 その時だった。
 踊りの輪から外れた村の小さな女の子が、バランスを崩してこちらへ倒れ込んできた。

「危ない!」

 リナは咄嗟に、女の子をかばうように身を乗り出した。
 だが、それより早く、リオネスが動いていた。
 彼は松葉杖を巧みに使い、倒れてくる女の子をひょいと支えたのだ。

「大丈夫かい、お嬢さん?」

「う、うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 女の子はにっこり笑うと、母親の元へ駆けて行った。
 リナは、目の前の光景が信じられなかった。

 今……王子様が、人に触れた……?

 いつもなら、彼が何かをしようとすると、必ず何らかの不運が起きるはずなのに。
 今回は、何も起きなかった。
 それどころか、彼は見事に女の子を助けてみせた。

「……すごい。今の、すごかったです!」

「え? そうかな?」

 きょとんとするリオネスに、リナは興奮気味に言った。

「すごいです! まるで計算されたみたいに、完璧な動きでした!」

「君に褒められると、嬉しいな」

 照れたように笑うリオネス。
 その時、リナははっきりと気づいた。
 彼と一緒にいる時、確かに不運は起きる。
 けれど、それは決して、誰も不幸にしない。
 むしろ、最終的には良い結果に繋がることさえある。
 そして、私自身も。
 彼と一緒にいる時だけは、自分が呪われているという恐怖を、少しだけ忘れられる。

 もしかして……本当に、私のせいじゃ、ないのかも……。

 焚き火の暖かさと、隣にいる彼の体温が、リナの凍てついた心をゆっくりと溶かしていく。
 祭りの夜に起きた小さな奇跡。
 それは、リナの心に、確かな希望の光を灯したのだった。
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