悪役令嬢、商会を興して世界の経済を握る~追放されたので、父の遺した航路図で大商人になります~

黒崎隼人

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第7話「王宮での対決」

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 私が仕掛けた経済戦争によって、アルフレッド王子の支持基盤である貴族たちは次々と弱体化していった。王国の税収は落ち込み、彼の権威は地に堕ちた。追い詰められた王子が、常軌を逸した行動に出ることは、もはや時間の問題だった。

 そして、その日はついにやってきた。アルフレッドは、伝家の宝刀である「王権」を発動したのだ。彼は父である国王を説得(というよりは、半ば脅迫に近い形だっただろう)し、「黎明商会は、その急激な成長と独占的な手法により、王国の経済秩序を乱す不届き者である」として、商会の強制的な解体と、その全財産の没収を命じる勅令を出させようと画策した。

 かつて、彼がクロイツ家に対して行ったのと、全く同じ手口だった。歴史は繰り返す、とはよく言ったものだ。だが、今回は二年前とは状況が全く違う。

「レイ、王宮が動いた。明日の御前会議で、黎明商会の解体が正式に議題として上るらしい」

 ジンの報告は、私の耳には勝利のファンファーレのように響いた。彼の動きは、全て私の掌の上だった。

「ええ、知っているわ。そして、そのための準備も、とうに済んでいる」

 この数年、私がしてきたことは、ただ敵を経済的に追い詰めることだけではない。同時に、味方を着実に増やしてきたのだ。黎明投資組合の事業によって莫大な利益を得ている貴族は、今や数多く存在する。彼らにとって、黎明商会はもはや敵ではなく、自分たちの富を増やすための、なくてはならないパートナーだった。アルフレッドの独断専行は、彼ら自身の利益を損なう行為に他ならない。私は彼らに、どちらにつくのが賢明かを、十分に理解させていた。

 御前会議当日。重々しい雰囲気の漂う玉座の間に、王国の主だった貴族たちが顔を揃えていた。その中央で、アルフレッド王子が、まるで正義の使者のような顔で声を張り上げている。

「黎明商会なる新興商会は、正体不明の会頭のもと、非情なるやり方で市場を独占し、我が国の経済を混乱に陥れております! このような存在を放置しておくことは、国家に対する反逆に他なりません! 父上、速やかなるご決断を!」

 彼の糾弾に、しかし、会議場の空気は冷ややかだった。多くの貴族が、不快そうに顔をしかめたり、無関心に爪を眺めたりしている。彼らの反応に、アルフレッドが苛立ちを募らせた、その時だった。

「お待ちください、王子」

 玉座の間の巨大な扉が、ゆっくりと開かれる。そして、そこに現れた私の姿に、その場にいた誰もが息をのんだ。

 銀色の髪を高く結い上げ、私が身にまとっていたのは、黎明商会が誇る最高の職人たちが作り上げた、深く、そして気品に満ちた青のドレス。それは、かつて私が王都から追放された夜に着ていたドレスの色を、彷彿とさせるものだった。

「なっ……! レイラ・クロイツ! なぜ貴様がここに!」

 アルフレッドの顔が、驚愕と怒りでみるみるうちに歪んでいく。私は、もはや追放された哀れな令嬢ではない。王国の経済を支える大商会の会頭として、彼の前に堂々と進み出た。

「黎明商会会頭、レイがご挨拶に伺いました、アルフレッド『元』殿下」

「な、何を言うか! 罪人が、この神聖な場に足を踏み入れるとは!」

「罪人、ですって? 本当の罪人が、一体どちらであるのか。それを、今ここで、皆様の前で明らかにいたしましょう」

 私の合図で、控えていたジンが、羊皮紙の束を手に前へ進み出た。

「ここにありますのは、二年前にアルフレッド王子がクロイツ家を陥れた際、グランデ商会と交わした密約書の写しでございます。クロイツ家の財産を山分けにする算段が、実に詳細に記されております」

 ジンの声が、静まり返った玉座の間に響き渡る。貴族たちの間に、どよめきが広がった。

「そ、そんなもの、捏造だ!」

「では、これはどう説明されますかな?」

 ジンは、さらに別の書類を突きつける。

「こちらは、王子が国家予算を私的に流用し、自らの派閥の貴族たちへ横流ししていたことを示す、金の流れの完璧な証拠です。その額、実に国家予算の一割にも上ります。これにより、どれだけ民が苦しんでいたことか」

 全ての陰謀が、暴かれた。アルフレッドの顔は、血の気を失い、真っ白になっていた。彼に与していた数少ない貴族たちも、蜘蛛の子を散らすように彼から距離を取る。

 玉座に座る国王が、震える声で呟いた。

「アルフレッド……。全て、真なのか……」

「ち、父上、違います! こいつらの、罠です! 私を陥れるための!」

 アルフレッドは、見苦しい最後の抵抗を試みた。だが、彼の味方は、もはやどこにもいなかった。黎明商会と利害を共にする貴族たちが、次々と声を上げ始める。

「王子、あなたの行いは、あまりに目に余る!」
「国家予算の私的流用など、断じて許されることではない!」

 国王は、全てを悟ったように深く目を閉じ、そして、静かに裁定を下した。

「アルフレッドを捕らえよ。王子の位を剥奪し、北の塔に幽閉する。彼に与した者たちも、同様とする」

 衛兵たちが、呆然と立ち尽くすアルフレッドと、彼の取り巻きたちを取り押さえる。最後まで何かを喚いていたが、その声は扉の向こうへと虚しく消えていった。

 こうして、私の長く、そして静かだった復讐は、終わりを告げた。玉座の間から見える窓の外は、憎らしいほどに晴れやかな青空が広がっていた。私は、全てが終わったことを、そして新しい時代が始まることを、静かに感じていた。
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