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第8話「未来への航路」
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王宮での対決から数日後、クロイツ家の名誉は正式に回復され、不当に没収された財産の全てが私の元へと返還された。王都の民は、アルフレッド元王子の悪政を暴き、国を救った英雄として、私の名を称えた。国王は、私の功績を称え、公爵位を与え、王国の要職につくよう要請してきた。それは、誰が見ても破格の待遇だった。
しかし、私はその申し出を、丁重に、しかしきっぱりと断った。
「陛下。私に貴族の地位は不相応でございます。私は、どこまでいっても商人の娘。私の生きる場所は、きらびやかな王宮ではなく、喧騒に満ちた市場にございます」
私が望むのは、誰かに与えられた地位や名誉ではない。自らの才覚と努力で道を切り拓く、自由な商人として生きること。それこそが、父が私に望んだことであり、私自身が掴み取りたい未来だった。
国王は私の決意の固さを知り、深く頷くと、代わりに私を「王国経済顧問」という特別な役職に任命した。それは、貴族の身分を持たず、しかし王国の経済政策に直接助言できる、前例のない立場だった。
私は、クロイツ商会を再興した。かつての従業員たちも、喜んで私の元へ戻ってきてくれた。だが、新しいクロイツ商会は、もはや復讐のための道具ではなかった。私は、黎明商会で得たノウハウと、クロイツ商会が持つ伝統と信用を融合させ、王国の未来のために、その力を役立てることを決意した。
まず着手したのは、国内産業の育成だった。これまでの王国は、他国からの輸入品に頼りすぎていた。私は、黎明投資組合の資金を使い、国内の優れた技術を持つ工房や、新しい農作物の開発に積極的に投資した。北の地では、カシミヤの生産を一大産業へと育て上げ、西の痩せた土地では、灌漑技術を導入して綿花の栽培を成功させた。
これにより、多くの人々が新たな職を得た。特に、これまで日の目を見なかった貧しい地域に、次々と雇用が生まれた。私の政策によって、王国の富は、一部の貴族や商人に集中するのではなく、広く民に行き渡るようになった。王国は、かつてないほどの経済的な繁栄を迎える。いつしか人々は、敬意と親しみを込めて、私のことを「王国の心臓(キングス・ハート)」と呼ぶようになっていた。
私の隣には、いつもジンの姿があった。彼は情報屋を廃業し、私の補佐官として、クロイツ商会と黎明商会の両方を取り仕切るようになっていた。
「やれやれ、あんたのおかげで、すっかり真っ当な人間になっちまった。裏路地で小銭を稼いでた頃が懐かしいぜ」
軽口を叩きながらも、彼の目は、生き生きとした輝きに満ちていた。彼もまた、私と共に歩むこの道に、未来を見出しているのだろう。
復讐を終えた私の心は、驚くほど晴れやかだった。あれほど憎んだアルフレッドのことも、今では遠い過去の出来事のように感じられる。憎しみは、何かを生み出す力にはなる。だが、憎しみが消えた後には、空虚さしか残らないと誰かが言った。けれど、私の心は空っぽではなかった。そこには、リューンの人々との出会い、商会を育て上げた達成感、そして、これから築いていく未来への希望が、温かく満ちていた。
私は、過去を乗り越えたのだ。誰かに与えられた「悪役令嬢」という役を演じるのではなく、自らの手で「レイラ・クロイツ」という一人の人間の物語を、新たに掴み取ったのだ。
窓の外に広がる王都の街並みは、活気に満ち、人々の笑顔で溢れている。この景色こそが、私が本当に手に入れたかったものなのかもしれない。私は深く息を吸い込み、未来へと続く、新しい航路に思いを馳せるのだった。
しかし、私はその申し出を、丁重に、しかしきっぱりと断った。
「陛下。私に貴族の地位は不相応でございます。私は、どこまでいっても商人の娘。私の生きる場所は、きらびやかな王宮ではなく、喧騒に満ちた市場にございます」
私が望むのは、誰かに与えられた地位や名誉ではない。自らの才覚と努力で道を切り拓く、自由な商人として生きること。それこそが、父が私に望んだことであり、私自身が掴み取りたい未来だった。
国王は私の決意の固さを知り、深く頷くと、代わりに私を「王国経済顧問」という特別な役職に任命した。それは、貴族の身分を持たず、しかし王国の経済政策に直接助言できる、前例のない立場だった。
私は、クロイツ商会を再興した。かつての従業員たちも、喜んで私の元へ戻ってきてくれた。だが、新しいクロイツ商会は、もはや復讐のための道具ではなかった。私は、黎明商会で得たノウハウと、クロイツ商会が持つ伝統と信用を融合させ、王国の未来のために、その力を役立てることを決意した。
まず着手したのは、国内産業の育成だった。これまでの王国は、他国からの輸入品に頼りすぎていた。私は、黎明投資組合の資金を使い、国内の優れた技術を持つ工房や、新しい農作物の開発に積極的に投資した。北の地では、カシミヤの生産を一大産業へと育て上げ、西の痩せた土地では、灌漑技術を導入して綿花の栽培を成功させた。
これにより、多くの人々が新たな職を得た。特に、これまで日の目を見なかった貧しい地域に、次々と雇用が生まれた。私の政策によって、王国の富は、一部の貴族や商人に集中するのではなく、広く民に行き渡るようになった。王国は、かつてないほどの経済的な繁栄を迎える。いつしか人々は、敬意と親しみを込めて、私のことを「王国の心臓(キングス・ハート)」と呼ぶようになっていた。
私の隣には、いつもジンの姿があった。彼は情報屋を廃業し、私の補佐官として、クロイツ商会と黎明商会の両方を取り仕切るようになっていた。
「やれやれ、あんたのおかげで、すっかり真っ当な人間になっちまった。裏路地で小銭を稼いでた頃が懐かしいぜ」
軽口を叩きながらも、彼の目は、生き生きとした輝きに満ちていた。彼もまた、私と共に歩むこの道に、未来を見出しているのだろう。
復讐を終えた私の心は、驚くほど晴れやかだった。あれほど憎んだアルフレッドのことも、今では遠い過去の出来事のように感じられる。憎しみは、何かを生み出す力にはなる。だが、憎しみが消えた後には、空虚さしか残らないと誰かが言った。けれど、私の心は空っぽではなかった。そこには、リューンの人々との出会い、商会を育て上げた達成感、そして、これから築いていく未来への希望が、温かく満ちていた。
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