10 / 11
番外編「影の立役者」
しおりを挟む
薄暗い酒場の片隅。ジンは、一人で祝杯をあげていた。安物のエールだが、今日の酒は格別に美味い。レイラが王宮であのアルフレッドの鼻を明かし、完全勝利を収めたという知らせは、彼が張り巡らせた情報網を通じて、誰よりも早く耳に届いていた。
(まったく、とんでもねえ女主人(ボス)に仕えちまったもんだ)
彼は思い出す。二年と少し前、リューンの裏路地で出会った、あの銀髪の少女を。すべてを失い、絶望の淵にいるはずなのに、その紫色の瞳だけは、凍てついた炎のように、決して折れない強い光を宿していた。
最初は、ただの金蔓としか思っていなかった。どこぞの世間知らずなお嬢様が、無謀な夢を見ているのだろうと。秘密の航路図を使った貿易? 笑わせる。そう高を括っていた。だが、彼女は違った。
無謀とも思える計画を、緻密な計算と大胆な行動力で、次々と成功させていく。その商才と度胸は、裏社会で酸いも甘いも噛み分けてきたジンの想像を、遥かに超えていた。彼女が見せる未来は、ジンの乾いた心に、いつしか小さな希望の光を灯していた。
もちろん、彼女の道は平坦ではなかった。ジンは、レイラに頼まれるままに、数々の汚れ仕事もこなしてきた。敵対する商会の弱みを握るための潜入調査。役人を買収するための、深夜の密会。危険な情報の収集の最中に、命を狙われたことだって一度や二度ではない。
その度に、彼は文句を言い、法外な報酬を要求した。金のためだ、と自分に言い聞かせながら。けれど、心のどこかでは分かっていた。自分を突き動かしているのは、もはや金だけではないということを。
彼女が創り出す新しい経済の流れ、古い常識を打ち破っていく様を見るのが、純粋に面白かったのだ。明日、彼女は一体何を仕掛けるのだろう。次は、どんな驚きを自分に見せてくれるのだろう。そのワクワクするような期待感が、彼を彼女の元へと繋ぎとめていた。
「会頭サマは、俺がいなきゃ何もできなかっただろうな」
ジンは誰に聞かせるともなく、そう一人ごちる。そして、誰にも見せることのない、満足げな笑みを浮かべた。そうだ、彼女が光だというのなら、自分は影だ。彼女が表舞台で華々しく舞うために、裏で泥にまみれ、道を切り拓くのが自分の役目。世間が称賛するのは、いつだって光の当たる場所だけだ。それでいい。それがいい。
表舞台に立つことのない、影の立役者であることに、彼は静かな、そして揺るぎない誇りを感じていた。
彼はエールの最後の一滴を飲み干すと、勘定をテーブルに置き、静かに立ち上がった。そろそろ事務所に戻らなければならない。あの完璧主義の女主人は、きっともう次の仕事の算段を始めている頃だろう。
「やれやれ、これじゃあ、ゆっくり酔ってもいられねえな」
悪態をつきながらも、彼の足取りは驚くほど軽やかだった。酒場の扉を開けると、夜風が心地よく彼の頬を撫でる。王都の夜空には、満月が煌々と輝いていた。それはまるで、これから始まる新しい時代を、祝福しているかのようだった。
(まったく、とんでもねえ女主人(ボス)に仕えちまったもんだ)
彼は思い出す。二年と少し前、リューンの裏路地で出会った、あの銀髪の少女を。すべてを失い、絶望の淵にいるはずなのに、その紫色の瞳だけは、凍てついた炎のように、決して折れない強い光を宿していた。
最初は、ただの金蔓としか思っていなかった。どこぞの世間知らずなお嬢様が、無謀な夢を見ているのだろうと。秘密の航路図を使った貿易? 笑わせる。そう高を括っていた。だが、彼女は違った。
無謀とも思える計画を、緻密な計算と大胆な行動力で、次々と成功させていく。その商才と度胸は、裏社会で酸いも甘いも噛み分けてきたジンの想像を、遥かに超えていた。彼女が見せる未来は、ジンの乾いた心に、いつしか小さな希望の光を灯していた。
もちろん、彼女の道は平坦ではなかった。ジンは、レイラに頼まれるままに、数々の汚れ仕事もこなしてきた。敵対する商会の弱みを握るための潜入調査。役人を買収するための、深夜の密会。危険な情報の収集の最中に、命を狙われたことだって一度や二度ではない。
その度に、彼は文句を言い、法外な報酬を要求した。金のためだ、と自分に言い聞かせながら。けれど、心のどこかでは分かっていた。自分を突き動かしているのは、もはや金だけではないということを。
彼女が創り出す新しい経済の流れ、古い常識を打ち破っていく様を見るのが、純粋に面白かったのだ。明日、彼女は一体何を仕掛けるのだろう。次は、どんな驚きを自分に見せてくれるのだろう。そのワクワクするような期待感が、彼を彼女の元へと繋ぎとめていた。
「会頭サマは、俺がいなきゃ何もできなかっただろうな」
ジンは誰に聞かせるともなく、そう一人ごちる。そして、誰にも見せることのない、満足げな笑みを浮かべた。そうだ、彼女が光だというのなら、自分は影だ。彼女が表舞台で華々しく舞うために、裏で泥にまみれ、道を切り拓くのが自分の役目。世間が称賛するのは、いつだって光の当たる場所だけだ。それでいい。それがいい。
表舞台に立つことのない、影の立役者であることに、彼は静かな、そして揺るぎない誇りを感じていた。
彼はエールの最後の一滴を飲み干すと、勘定をテーブルに置き、静かに立ち上がった。そろそろ事務所に戻らなければならない。あの完璧主義の女主人は、きっともう次の仕事の算段を始めている頃だろう。
「やれやれ、これじゃあ、ゆっくり酔ってもいられねえな」
悪態をつきながらも、彼の足取りは驚くほど軽やかだった。酒場の扉を開けると、夜風が心地よく彼の頬を撫でる。王都の夜空には、満月が煌々と輝いていた。それはまるで、これから始まる新しい時代を、祝福しているかのようだった。
16
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢は、辺境の村で美食の楽園を創り、やがて王国の胃袋を掴むことになる
緋村ルナ
ファンタジー
第一王子に濡れ衣を着せられ、悪役令嬢として辺境の村へ追放された公爵令嬢エリアーナ。絶望の淵に立たされた彼女は、前世の現代農業知識と類稀なる探求心、そして料理への情熱を武器に、荒れた土地で一歩ずつ農業を始める。貧しかった村人たちとの絆を育みながら、豊穣の畑を築き上げ、その作物を使った絶品の料理で小さな食堂「エリアーナの台所」を開業。その評判はやがて王都にまで届き、エリアーナを貶めた者たちの運命を巻き込みながら、壮大な真実が明らかになっていく――。これは、逆境に負けず「食」を通じて人々を繋ぎ、自分自身の居場所と真の幸福を掴み取る、痛快で心温まる追放・ざまぁサクセスストーリーである。
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
婚約破棄された悪役令嬢、追放先の辺境で前世の農業知識を解放!美味しいごはんで胃袋を掴んでいたら国ができた
緋村ルナ
ファンタジー
婚約者である王太子に、身に覚えのない罪で断罪され、国外追放を言い渡された公爵令嬢アリーシャ。しかし、前世が日本の農学部女子大生だった彼女は、内心ガッツポーズ!「これで自由に土いじりができる!」
追放先の痩せた土地で、前世の知識を武器に土壌改良から始めるアリーシャ。彼女の作る美味しい作物と料理は、心を閉ざした元騎士や、貧しかった村人たちの心を温め、やがて辺境の地を大陸一豊かな国へと変えていく――。
これは、一人の女性が挫折から立ち上がり、最高の仲間たちと共に幸せを掴む、痛快な逆転成り上がりストーリー。あなたの心も、アリーシャの料理で温かくなるはず。
追放悪役令嬢のスローライフは止まらない!~辺境で野菜を育てていたら、いつの間にか国家運営する羽目になりました~
緋村ルナ
ファンタジー
「計画通り!」――王太子からの婚約破棄は、窮屈な妃教育から逃れ、自由な農業ライフを手に入れるための完璧な計画だった!
前世が農家の娘だった公爵令嬢セレスティーナは、追放先の辺境で、前世の知識と魔法を組み合わせた「魔法農業」をスタートさせる。彼女が作る奇跡の野菜と心温まる料理は、痩せた土地と人々の心を豊かにし、やがて小さな村に起こした奇跡は、国全体を巻き込む大きなうねりとなっていく。
これは、自分の居場所を自分の手で作り出した、一人の令嬢の痛快サクセスストーリー! 悪役の仮面を脱ぎ捨てた彼女が、個人の幸せの先に掴んだものとは――。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
追放令嬢のスローライフ。辺境で美食レストランを開いたら、元婚約者が「戻ってきてくれ」と泣きついてきましたが、寡黙な騎士様と幸せなのでお断りし
緋村ルナ
ファンタジー
「リナ・アーシェット公爵令嬢!貴様との婚約を破棄し、辺境への追放を命じる!」
聖女をいじめたという濡れ衣を着せられ、全てを奪われた悪役令嬢リナ。しかし、絶望の淵で彼女は思い出す。――自分が日本のOLで、家庭菜園をこよなく愛していた前世の記憶を!
『悪役令嬢?上等じゃない!これからは大地を耕し、自分の手で幸せを掴んでみせるわ!』
痩せた土地を蘇らせ、極上のオーガニック野菜で人々の胃袋を掴み、やがては小さなレストランから国をも動かす伝説を築いていく。
これは、失うことから始まった、一人の女性の美味しくて最高に爽快な逆転成り上がり物語。元婚約者が土下座しに来た頃には、もう手遅れです!
追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~
緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢アリアンナは、婚約者の王太子から身に覚えのない罪で断罪され、辺境へ追放されてしまう。すべては可憐な聖女の策略だった。
絶望の淵で、アリアンナは思い出す。――仕事に疲れた心を癒してくれた、前世日本のソウルフード「カツ丼」の記憶を!
「もう誰も頼らない。私は、私の料理で生きていく!」
辺境の地で、彼女は唯一の武器である料理の知識を使い、異世界の食材でカツ丼の再現に挑む。試行錯誤の末に完成した「勝利の飯(ヴィクトリー・ボウル)」は、無骨な騎士や冒険者たちの心を鷲掴みにし、寂れた辺境の町に奇跡をもたらしていく。
やがて彼女の成功は、彼女を捨てた元婚約者たちの耳にも届くことに。
これは、全てを失った悪役令嬢が、一皿のカツ丼から始まる温かい奇跡で、本当の幸せと愛する人を見つける痛快逆転グルメ・ラブストーリー!
「君の魔法は地味で映えない」と人気ダンジョン配信パーティを追放された裏方魔導師。実は視聴数No.1の正体、俺の魔法でした
希羽
ファンタジー
人気ダンジョン配信チャンネル『勇者ライヴ』の裏方として、荷物持ち兼カメラマンをしていた俺。ある日、リーダーの勇者(IQ低め)からクビを宣告される。「お前の使う『重力魔法』は地味で絵面が悪い。これからは派手な爆裂魔法を使う美少女を入れるから出て行け」と。俺は素直に従い、代わりに田舎の不人気ダンジョンへ引っ込んだ。しかし彼らは知らなかった。彼らが「俺TUEEE」できていたのは、俺が重力魔法でモンスターの動きを止め、カメラのアングルでそれを隠していたからだということを。俺がいなくなった『勇者ライヴ』は、モンスターにボコボコにされる無様な姿を全世界に配信し、大炎上&ランキング転落。 一方、俺が田舎で「畑仕事(に見せかけたダンジョン開拓)」を定点カメラで垂れ流し始めたところ―― 「え、この人、素手でドラゴン撫でてない?」「重力操作で災害級モンスターを手玉に取ってるw」「このおっさん、実は世界最強じゃね?」とバズりまくり、俺は無自覚なまま世界一の配信者へと成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる