出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた

黒崎隼人

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第7話「王都からの使者と聖女の願い」

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「……お断りします」

 俺の口から出たのは、自分でも驚くほど冷たい拒絶の言葉だった。
 ひざまずいていたエリアナが驚いたように顔を上げる。その鋭い瞳が信じられないという色を浮かべて、俺を射抜いた。

「な……なぜだ! 理由を聞かせてもらおうか!」

 エリアナの声には焦りと怒りが混じっていた。
 無理もないだろう。王女の命がかかっているのだ。一介の農民にこんなにべもなく断られるとは夢にも思わなかったに違いない。

「理由も何も、俺は賢者じゃない。ただの農民です。王女様を救うなんて大それたこと、俺にできるはずがない」

 半分は本心だ。
 俺の野菜が病に効くのは事実だが、それはあくまで結果論。原因不明の病にまで効果がある保証なんてどこにもない。
 そしてもう半分は、面倒事に巻き込まれたくないという自己保身だった。

 王族と関わるなんてごめんだ。
 下手に首を突っ込んで失敗すれば、どんな咎めを受けるか分からない。成功したとしても王宮に召し抱えられ、自由を奪われるかもしれない。
 俺が望んでいるのは、この辺境の地での静かで穏やかなスローライフなのだ。

 俺の頑なな態度にエリアナは歯噛みした。

「ぐっ……しかし、テル村の者たちは貴殿の野菜で救われたと証言している! 試してみる価値はあるはずだ!」

「噂が広まって人が押しかけてくるのは迷惑なんです。悪いけど、帰ってください」

 俺はそう言って彼らに背を向けた。
 これ以上、関わり合いになるつもりはない。

 その時だった。
 エリアナたちの後ろに控えていた神官服の人物が、静かに一歩前へ進み出た。
 深くフードをかぶっていて顔は見えない。小柄で華奢な体つきをしている。おそらく女性だろう。

「お待ちください」

 鈴が鳴るような、澄んだ声だった。
 俺は思わず足を止めて振り返る。

 その人物はゆっくりとフードを外した。
 現れたのは息を呑むほど美しい少女だった。
 プラチナブロンドの柔らかな髪が風にさらさらと流れる。透き通るような白い肌に、慈愛に満ちた翠色の瞳。
 その姿はまるで教会に飾られている聖女の絵画が、そのまま抜け出してきたかのようだった。

 いや、彼女こそが本物の『聖女』なのだろう。
 その身から放たれる、清らかで神聖なオーラがそう告げていた。

 少女は俺に向かって、深々とスカートの裾をつまんで一礼した。

「突然の訪問、お許しください。わたくしは、セレスティア・ルーン・クロービスと申します。クロービス大神殿にて聖女の任を拝命しております」

「聖女様……」

 エリアナたちが敬意を込めてつぶやく。
 やはりこの少女が聖女様本人らしい。そんな高貴な方が、なぜこんな辺境にまで。

 聖女セレスティアは、その翠色の瞳でまっすぐに俺を見つめてきた。
 その瞳には一点の曇りもなく、ただひたすらに純粋な祈りが込められている。

「カイ様。わたくしたちがあなたの静かな生活を乱していることは、重々承知しております。ですが、どうか……どうか、リリアーナ王女をお救いください」

 その声は震えていた。
 彼女は必死に涙をこらえているようだった。

「リリアーナ様はわたくしにとって、実の姉妹のような存在なのです。幼い頃からいつもわたくしを支え、励ましてくださいました。その方が今病に苦しみ、日に日に弱っていくのをただ見ていることしかできない……。この無力さが、どれほど辛いことか……」

 セレスティアの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 その涙はまるで真珠のように、きらりと光った。

「わたくしの聖なる力もリリアーナ様には届きません。もはや神に祈ることしかできないのです。そんな時、あなたの噂を耳にしました。『辺境に、神の奇跡を宿した作物を作る聖者がいる』と」

『聖者って……話がさらにデカくなってる!』

 俺は内心で頭を抱えた。

「カイ様、もしあなたの力が本当に神の御業なのだとしたら……どうか、そのお力をお貸しください。この通り、お願いいたします」

 セレスティアはその場で静かにひざまずいた。
 聖女が、一介の農民である俺に土下座をしようとしている。
 その姿にエリアナたちも息を呑んだ。

「ちょっ、聖女様! おやめください!」

 俺は慌てて駆け寄り、彼女の肩を支えた。
 華奢な肩は小さく震えている。

 俺の手に彼女の涙がぽたりと落ちた。
 その温かさに俺の心は、ぐらりと揺らいだ。

 面倒事は嫌だ。自由に生きたい。
 その気持ちに嘘はない。
 でも目の前で、こんなにも美しい少女が涙を流して助けを求めている。
 彼女の瞳は嘘偽りのない、純粋な想いで満ちていた。

 前世の俺は自分のことで精一杯で、他人を助ける余裕なんてなかった。
 でも今の俺には力がある。
 この『絶対農域』という規格外の力が。

 この力はスローライフのためにだけ使うものなのか?
 目の前の、か弱くも健気な少女の涙を、見過ごしてしまっていいのか?

『……ああ、くそっ!』

 俺は心の中で悪態をついた。
 我ながらお人好しが過ぎる。
 こんな綺麗な涙を見せられて、断れるわけがないじゃないか。

 俺は大きく、深いため息をついた。
 そして覚悟を決めて口を開く。

「……分かりました。ただし、条件があります」

 その言葉にセレスティアは、はっと顔を上げた。
 その涙に濡れた瞳に、希望の光が灯る。

「本当、ですか……!?」

「ええ。ただし俺は王都には行きません。俺の野菜が本当に効くかどうかも分からない。だからまず、あなたが俺の作ったものを食べてその効果を確かめてください」

 俺は自分の領域を指さした。

「ここで俺が作った料理を振る舞います。それであなたの言う『神の奇跡』とやらが本物かどうか、ご自身で判断してほしい。それでもし効果があると感じたなら、その時に王女様のために野菜を提供しましょう。これなら文句はないでしょう?」

 これが俺にできる最大限の譲歩だった。
 王都に行けば何をされるか分からない。だがここなら俺の領域だ。いざとなればルプスもいる。

 俺の提案に、セレスティアは一瞬きょとんとした顔をした。
 エリアナも意外そうな表情を浮かべている。
 もっと尊大な態度で、見返りを要求されるとでも思っていたのだろうか。

 やがてセレスティアの顔に、ふわりと花の咲くような笑みが浮かんだ。
 それは今まで見たどんなものよりも美しい、心からの笑顔だった。

「はい! ありがとうございます、カイ様! そのご提案、謹んでお受けいたします!」

 こうして俺は聖女様一行を、自分の領域へと招き入れることになった。
 ログハウスに案内するとエリアナたちはその簡素な作りに驚いていたが、セレスティアは興味深そうに畑に実る色とりどりの野菜を眺めていた。

「すごい……どの野菜も、生命力に満ちあふれています……」

 俺はキッチンの釜戸に火を入れながら、少しだけ誇らしい気持ちになった。

「さて、と。何を作りましょうかね」

 聖女様をもてなす初めての料理。
 俺は腕によりをかけて、この世界で一番美味いものを作ってやろうと密かに意気込むのだった。
 これが俺の運命を大きく変える、新たな出会いの始まりだということも知らずに。
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