婚約破棄で追放された「無能」な悪役令嬢?結構です!辺境でもふもふ神獣とチート農業してたら、聖女と崇められる

黒崎隼人

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第4話「銀色の商人と、奇跡の野菜」

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 モカが家族に加わってから、私の毎日はさらに彩り豊かになった。畑仕事をしていれば、モカが害虫や畑を荒らす小動物を追い払ってくれるし、休憩時間にもふもふの毛並みに顔をうずめるのが、最高に癒やされる日課となった。
 私の野菜の評判は村の中だけでなく、少しずつ外にも広まり始めていたらしい。ある日、村に定期的にやってくるという行商人の一団が、私の家を訪ねてきた。
「あなたが、不思議な野菜を作っているというアリアさんですか?」
 隊商のリーダーらしき男性に問われ、私は頷いた。彼らは噂を聞きつけ、ぜひ私の野菜を買い付けたいのだと言う。
 願ってもない申し出だった。私の野菜で、もっと多くの人が元気になってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。私は喜んで、収穫したばかりの野菜を彼らに売ることにした。
 野菜の代金として受け取った銀貨は、今後の生活の足しになる。何より、自分の作ったものが商品として認められたことが、素直に嬉しかった。
 それからしばらく経ったある晴れた日。一台の立派な馬車が、私の家の前で止まった。こんな辺境の村には似つかわしくない、洗練されたデザインの馬車だ。
 中から降りてきたのは、一人の青年だった。陽の光を反射してきらめく銀色の髪に、知性を感じさせる涼しげな青い瞳。仕立ての良い服を着こなしたその姿は、まるで物語の王子様のようだった。
 私の家の前に立つ青年を見て、私の隣にいたモカが「グルル……」と低い唸り声を上げる。知らない人間への警戒心の表れだろう。
「大丈夫よ、モカ」
 私がモカの頭を撫でてやると、青年は優雅に微笑んでみせた。
「驚かせてしまったようだね。申し訳ない。私はリアムと申します。行商人からあなたの作る素晴らしい作物の噂を聞き、ぜひ直接お話を伺いたいと参りました」
 リアムと名乗る青年は、とても丁寧な物腰だった。彼の瞳には、純粋な好奇心と、商売人らしい鋭い光が宿っている。
「アリアと申します。どうぞ、中へお入りください」
 家の中へ案内し、ハーブティーを出すと、リアムは単刀直入に本題を切り出した。
「先日、私の商会であなたの野菜をいくつか買い取らせていただきました。その品質は、驚嘆すべきものでした。王宮に献上されるどんな高級食材よりも瑞々しく、そして何より、食べた者の体に活力を与える不思議な力がある」
 彼は、私の野菜を成分分析にかけたと正直に話した。結果、通常の野菜とは比べ物にならないほどの栄養素と、未知の魔力成分が含まれていることが判明したという。
「単刀直入に申し上げます、アリアさん。あなたの作る作物を、私の商会で独占的に取り扱わせてはいただけませんか?」
 リアムの目は真剣だった。彼は私の野菜に、計り知れない価値を見出している。
「私の商会の販路を使えば、この作物を本当に必要としている多くの人々――病に苦しむ人々や、食糧難に喘ぐ地域へ届けることができます。もちろん、あなたには正当な対価をお支払いすることをお約束します」
 彼の提案は、私にとって非常に魅力的だった。私一人では、この村の人々を助けるのが精一杯だ。でも、リアムの力を借りれば、もっと多くの人を救えるかもしれない。
「……分かりました。リアムさん、あなたを信じます。私の野菜を、よろしくお願いします」
 私の返事を聞くと、リアムは心から嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます! 必ずや、あなたのご期待に応えてみせましょう」
 こうして、私とリアムの契約が成立した。彼はすぐに村の近くに拠点を構え、私の畑から採れる作物を安定的に輸送するための体制を整え始めた。彼の仕事ぶりは驚くほど迅速かつ的確で、私は彼の商才に舌を巻くばかりだった。
 リアムは仕事の話だけでなく、色々なことを私に話してくれた。遠い国の珍しい物語、王都の流行、面白い笑い話。彼と話していると、時間が経つのを忘れてしまうほど楽しかった。
 彼は私のことを「アリアさん」と呼び、決して元公爵令嬢としてではなく、一人の農業家として対等に接してくれた。そのことが、私には何より心地よかった。
 ある日、リアムが私の畑を訪れた時、私が育てているトマトを一つ収穫して彼に手渡した。
「どうぞ、食べてみてください。採れたてが一番美味しいんです」
 真っ赤に熟した、宝石のように艶やかなトマト。リアムは少し驚いた顔をしたが、やがて受け取ると、その場で一口かじった。
 彼の青い瞳が、驚きに見開かれる。
「これは……! なんという甘さと香りだ……! 太陽の恵みを丸ごと閉じ込めたような味だ」
 夢中でトマトを食べる彼の姿を見て、私はくすくすと笑った。
「気に入っていただけて、よかったです」
「ええ、最高の味です。あなたは、本当に素晴らしいものをお作りになる」
 リアムはそう言うと、トマトで少し汚れた私の指先を、彼が持っていたハンカチで優しく拭ってくれた。その自然な仕草に、私の胸がとくんと高鳴る。
「……ありがとうございます」
 顔が熱くなるのを感じながら、私は俯いた。銀髪の商人は、そんな私の様子を、とても優しい目で見つめていた。
 この時、私はまだ気づいていなかった。リアムが私に向けている感情が、単なるビジネスパートナーへの敬意だけではないことに。そして、この出会いが、私の運命を大きく動かしていくことになるということを。
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